ヒタッ。

夜の街道に湿った足音が一つ。

「ん〜♪ おっぴょっ♪」

浮かれた声が、また一つ。

「ぴょっ♪ ぴょぴょぴょっ♪
んふ〜v これですね、これなのですね。
これですべてはばっちり、きゅんきゅんらぶりーはーとをげっと。
なのですね、こわいですね、おそろしいですね〜」

ひたひたっ、ひたっ。

どうやら、足音の主はスキップを始めたようだ。



「かーちゃん、こわいよぉぉぉ」

「しっ、声を出すんじゃありません」

ある家では怪しい声に怯えた幼子が、毎夜母親にしがみつき。

「なんだありゃ? 酔っ払いか?」

「見るな。・・・命が惜しければ、な」

通りに面した家々では、大人達が「とにかく一切、係わり合いになるな」と
沈鬱な顔を突き合せて、互いに念を押しあう。

好奇心旺盛な子供達には母親が口すっぱく
「悪い事をすると『あれ』がやってくるのよ」と
特におどろおどろしい口調で言い含め。

「本気だな? 本気で『奴』をとっ捕まえたらここの飲み代
一切合財がチャラになるんだな!?」

「ああ、できるもんならな」

酒場では、血気盛んな若者達が酒の肴にしては
お調子者が数人、暗い夜道に消えてゆき・・・。

翌日。

「だから言わんこっちゃないんだよ。
『触らぬアレにたたりなし』ってな」

路地の片隅に折り重なり顔面蒼白目も虚ろ。
得体の知れぬ粘液に塗れた姿で発見されて、
全員纏めて魔法医の元に担ぎ込まれる始末。



遡る事、3ヶ月前。

長年街の住人を恐怖のどん底に陥れていた
通称「クリスマスの悪夢」は、旅の魔道士とその連れの活躍により
めでたく収束を迎えたはずだった。

だが、今。

再び。

再び『奴』が、姿を現したのである。

前回と違う点。

それは『奴』がけっして建物内に足を踏み入れてこないという事実。

そして、こちらから積極的に奴に関わろうとしなければ、
直接的な被害に合う事はない点だった。

しかし、夜な夜な現れる怪人(?)物の存在が
観光を主な収入源としている街にとって、ありがたくないのは
誰が考えても容易に判る事であり。

「どうにかできるのは彼らしかいない」と、
彼らが近隣の魔道士協会を通じ、彼女らに書簡を送った事も
また当然の展開であったろう。



魔道士 リナ=インバース。

 剣士 ガウリイ=ガブリエフ。



再びこの街を訪れる事など、露ほどにも思っていなかった二人であるが。

魔道士協会経由で、しかも名指しとあっては
もはや、リナには断ると言う選択は残されていなかった。





「・・・また、ここに戻ってくるなんてね」

季節は巡って、春。

漁港では今が旬の「かいなご」漁が最盛期を迎え、かいなごを煮詰めた
名産の「とげ煮」を炊き上げる甘辛い香りが街中に漂っていて。
鼻をくすぐる香りに反応したリナのお腹が『ぐー』と鳴いた。



うららかな。

本当に、どこから見ても平凡かつ平和な風景だった。

土産物を抱えて、ゆったり散策を楽しむ観光客。

歓声をあげ、狭い路地を駆け回る子供たち。

商店の女将さん達は、店先で威勢の良い声を張り上げ
あの手この手で客の興味を惹いては、自慢の品を勧めている。

まったくもって、極めて普通に見える街の風景。

が。

夜には宿の扉という扉に
『門限となりましたので施錠させていただきます。
開錠は明朝6時の予定となっておりますので、ご了承くださいますよう』
との掛札が取り付けられ。

「なんで旅行に来てまで門限なんて!!」とごねる客には
詫びの言葉と袖の下がそっと手渡され。
「あと数日で準備が整いますのでどうかご勘弁を」と
思わせぶりなセリフで締めくくられる。

その光景を少し離れたテーブルに陣取り、華麗なるナイフ捌きで
『本日のお勧め 桜鯛の塩釜焼き』を堪能しつつチラリと確認。
「ね、あんな事してたら儲けなんて出ないんじゃないですか?」
あたしは小声で目の前の人物に話しかけた。

「ええ。 そろそろイベントの準備だなんだって言い訳も苦しくなってきましてね。 
とにかく奴を何とかしない事には商売あがったりですよ。
せっかくのシーズンだってのに、このままじゃあお客さんに逃げられちまいます」
がっくりと肩を落としているのは、この宿の主人で
今回の依頼主、レーベント=フラグナンさん。

「前の時に、ちゃんと頼んどいたんだがなぁ」
ぱくりとソースを絡めたマカシダコのカルパッチョを一口。
フォークを加えたまま、ガウリイが首をかしげている。

「だいたいね。あんたが前の事件を覚えてるって事が異常事態なのよ」

ていっ!!

隙を見てフォークを突き出し一切れゲットぉ!!

「ああっ!! オレのタコがっ!!」

しゃきーん!!

しかし、こちらも不意を突かれてしまった。

「ああっ!!あたしの塩釜焼き〜!!」

「そっちが先に手ぇ出してきたんだろ」

「だからって、そんなにたくさん取らないでったら!」

すわ、戦闘開始か。

両手に得物を握り立ち上がった所で、慌てた依頼主に
「お料理ならサービスしますから!!」と止められてしまった。

『お食事はゆっくり味わって楽しむもの、それも奢りだと
一際美味しく感じるのは人として当然の事であり、
奢られた側は全力を持ってその好意に応えるべし』

「じゃあ、遠慮なくご馳走になりますね」

あたしは笑顔で礼を述べつつ、話に耳だけ傾けながら
目の前のお料理を切り取り切り分けひたすら口に運び続けたのだった。






「・・・で。今回の出没ポイントとかは把握してますか?」

食後の香茶を啜りながら、広げられた地図を前に
あたしはレーベントさんに確認を取った。

「今回はだいたいこの筋と、それからこっちの路地で3人。
この通りとこの通り、それからこっちの道にも出るらしいです。
姿を見た者はおりませんが、通りに面している住人達から
「不気味な声や足音を聞いた」という証言が取れています」

「なぁ、どうせなら手っ取り早く魚人の長老の所に
出かけた方が良くないか?」

ガウリイは簡単に言ってくれるけど。

「彼らにも対面とかプライドってもんがあるでしょう?
証拠もなしに「あんたのとこの魚人が街で迷惑かけてるんですけど」って
怒鳴り込んで、もし魚人違いだったりしたらどうすんのよ!」
正直、問答無用でそうしたいのをグッと堪えて却下。

「まずは証拠をつかむなり犯人を捕まえて、それから
乗り込まなきゃ根本的解決にはならないわよ」

面倒な事この上ないが、今後魚人族と係わらないという保障はどこにもないし
一旦できた人脈(魚人脈?)は、できる事なら良好なまま維持しておきたい。

「じゃあ、そろそろ出かけますか!」

こんな馬鹿な騒ぎは今夜で全部終わらせてやる。

念の為にしっかりと装備を整えて、
あたしとガウリイは夜の街へと踏み出したのである。





カツ。 コツ。 コツーン。

石畳に響く二人分の足音は、静寂なる街並みに吸い込まれて。

きょろりとめぐらせた視線の先にも、怪しげな影は微塵も見えず
無論嫌な感じとか、不穏な気配もなにもなかった。

「なぁ、本当に出るのか?」

眠そうな顔でぼやくガウリイに「出なけりゃ大金出してまで
あたし達に依頼なんて出してこないわよ。
協会を通してあの額って事は、直で依頼受けてたらもっと
がっぽり依頼料貰えてたのに」
あたしもぼやきで返してしまった。

とりあえずさっきレーベントさんに聞いた「出没地区」を重点的に回って
そこで発見できなかったら次は、3人が襲われたという路地にでも
足を伸ばしてみようか。

緩く流れる夜風を、心地良く頬に感じながら
頭の中で色々計画を練っていると。

急に、ガウリイが腕で『待った』をかけた。

「・・・いる?」

「いや。・・・一瞬感じて、すぐに消えた」

相手にだけ聞こえるレベルで交わすやり取り。

あたしも神経を研ぎ澄ませて『奴』の気配を探るが、
野生の勘の持ち主であるガウリイが捉えられないものを
あたしが捉えられるわけもなく。

「とにかく『いる』って事だけは確定したわね。
ガウリイ、奴がどっちに行ったか判る?」

「確証はないんだが・・・たぶんこっちだと思う」

ゆっくりとした足取りで向かったのは、広場の方角だった。

「いないわね」
「おかしな気配は感じないな」

中央に噴水を配した、どこの街にでもあるような広場には
普段住民たちが憩えるようなベンチが数台置かれ、
等間隔に置かれた花壇には幾輪かの花。

休憩をかねてベンチに腰掛けて、ザッと地図を広げる。
「こことここはさっき通ったけど。んで、怪しい気配を感じたのがここで
現在地がここ。このまま回ってない地区を見回るのが良いか
それとももういっぺんこっちを・・・」

「・・・そのまま、喋っててくれ」

不意に。

あたしに指示を出しながら、何気ない風にポケットに手を突っ込んで。

びししっ!!!

軽く乾いた着弾音は少し離れた場所からした。

「やった?」

「・・・いまいち自信がない」

「なによ、あんたらしくもないわね」

お互いに顔は地図に向けたまま、意識だけを拡散させて
奴の気配を探リ出そうと・・・。

「いた。 噴水の中だ」

それは好都合っ!!

「フリーズ・アロー!!」
出現した氷の矢は、真っ直ぐに噴水へと向かい。

きぃぃぃぃぃん!!

「ぴょっ。 お・おまえ。 いきなりこうげきしてくるとは
ひどいやつ、なんだな」

水の中から出現した氷の塊にぶつかり消えて。
その後ろから姿を現したのは。

「ら。らんぼうなむすめっこは、もてない、んだな」

「シュガワラ!! あんた、まだ懲りてなかったの!?」

当初の予想通り、でっかい魚の身体にひょろっこい手足を
引っ付けただけにも見える、魚人族。

通称「クリスマスの変態」
「こよなく卵を愛する魚人」
「球体に総てを捧げた魚人」
しかしてその実体は!!
魚卵萌えの布教を目論む迷惑魚人、シュガワラ!!

「お、おでは・・・」

もーじもーじと手遊びをしながらチラチラと死んだ魚のような目で
こちらを窺うシュガワラ。

「あんたの話を聞く気はないからね!! いけっ、ガウリイ!!」

合図と同時か一瞬早く、地面を蹴りシュガワラに肉薄する!!
ガウリイの両手ががっしりとシュガワラの肩(?)を取り押さえ。

「うわっ!?」

・・・そのまま、逆に押し倒された。


「ここであったがうんのつき、なんだな」

「ガウリイっ!!」

まずい、あの体勢から呪文で攻撃を喰らったら
ガウリイでも無傷じゃすまない!!

「・・・お前は」

「ぴょっ。おでのこと、おぼえててくれたのか?」

んや?
なんか、様子がおかしい。

「お前、あの時の奴じゃないな」

「お、おで。 ずっとおまえのこと、さがしていた」

スッと、シュガワラの手が背びれに回され。

「ガウリイっ!!」

ショートソードを手に、慌てて駆け寄ったあたしの目の前で。

「おっぴょ♪ おで、おまえにひとめぼれ・・・なんだなっ♪」

「ひとめぼれ、って?」

まっすぐに見つめ合う、一人と。一匹。

「こんなきもちはじめてなんだな。だな。
ぴょっ♪ だから、これをやるんだな。
さぁ、はやくあけてみろ。そでから、すっかりめろめろになれ。
めろめろ、ぞっこんらぶなんだなだな。 おっぴょっ♪」



くらげと魚人のメロドラマが展開していた。



「ちょっと待て!! それはなんか絶対違うぞ!!」

まるであたしの思考を読んだかのように
思いっきり、心底嫌そうに叫んだが、あたしは静かに首を振り
「あんたたち、いつの間に愛を育んでたの? しかも熱烈電撃プロポーズ。
 ・・・すごく残念だけど。あたし、あんたたちの幸せの為に身を引かせてもらうわね」
よよよ・・・と両手で顔を隠して泣いてるふり。

「ぴょ〜っ♪ おでたちしあわせになるんだな♪だなっ♪
おまえ、らんぼうものかとおもったら、とってもいいやつ、なんだな。
ぴょっ、あんしんしろ。いまからおでたち、らぶらぶばかっぷる」

「ちがうっ!! 断じて、違うっ!! だいたい、オレもお前も男だろーが!!」
青ざめた顔で全力否定するガウリイに
「じゃあガウリイはシュガワラがメスだったらいーんだ」
思いっきり棒読みで突っ込みを入れるあたし。

「おで、おす。おまえ、おす。 にんげんとぎょじん。
もともとたまごうまれない。せいべつ、ぜーんぜん、
まったくいっこうに、かんけいないんだな。これが。
ぴょっ。 これぞまさーに、しんじつのあいなんだな。ぴょぴょぴょ♪」

尾びれを振り振り、浮かれて今にも歌い出しそうなシュガワラは
背中から取り出したものを、そっとガウリイの頭に乗せた。

乗せちゃったよ、おひ。

「おまえ。おで、シュガワラちがう。あんなあくしゅみじゃない。
っぴょ♪ ぷれぜんと、これがさいてきとなかまにきいた。
さあ。よろこべ、わらえ、いさぎよーくよめになるんだっぴょっ♪」

自信満々なシュガワラ(?)が、ガウリイへの
プレゼントと称してのっけたのは。

でれ〜んとした流線型。
ウエット感溢れる外見。
濁った赤と緑に黄色い点のアクセントも毒々しい。

カチューシャのようにでっかい『なまこ』だった。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「たべてよし、めでてよし、かざってよしのすぐれもの。
おでからのあいのあかし。えんりょせずうけとるがいい」

絶句するあたし達の事などお構いなしに、ふんぞり返る魚人。

「・・・・・・な」

ようやく、ガウリイが言葉を発したと思ったら、
ゆらーりと腕を揚げ。

むんずっ!!っと、頭上のなまこを掴んで。

ちからいっぱい。



投げた。



哀れ、投げられたナマコはというと。

ひるるるるるる〜っと、夜空に見事な弧を描いてそのまま
ちゃっぽんvと、噴水に無事着水。

「ああっ!!なにをするー」

「なにするぢゃねぇ!! ふざけるな!!」

奴にとって予想外の反応だったのか、ぽかんと大口を開けたまま
呆然としている魚人に、すかさずガウリイの蹴りが決まった!! 

「あうっ、おで、ほんきのほんき。
ふざけてない、あいらびゅー、あいにーじゅ。あいうぉんちゅー」

衝撃でひっくり返りながらも、けなげ(?)に愛を囁き続ける魚人の姿は
なんというか・・・夢に出たら確実に魘される事請け合い。

「オレは、男に惚れられる筋合いは、ないっ!!」

珍しくも全身を怒りにプルプル震わせながら、きっぱり言い切った。
種族の違い以前にまず性別ってのがなんともガウリイらしいが、
それ以前に問題がすり替わってない?

話は済んだようだしと。手持ちの縄で魚人を拘束し、
嫌がるガウリイを宥めすかして。
あたし達は、その足で魚人の住む海へと向かったのである。







「おお、これはこれはガウリイ殿。
お久しぶりでございますなぁ」

幸いな事に魚人の長はまともな人(魚?)物で、
あたしは内心思いっきり胸を撫で下ろした。

「おではあいつをよめにもらうんだっぴょー!!
ひとめぼれなんだっぴょ!! うんめいなんだっぴょー!!」

仲間にズルズル引っ立てられながらも、ガウリイへの愛を叫び続ける
魚人は『ルンバ』という名前らしい。

「あ奴も、昔はまともだったのですが・・・。
シュガワラの件の折にガウリイ殿を見初めてしまったようで、
いやはや、本当にどうお詫びを申し上げたら良いか」

こちらが気の毒に思えるほど、平身低頭で謝罪する魚人の長に
これまでの経緯を話して丁重に街まで同行を願い。

徹夜で起きていたレーベントさん始め街の役員さんも交えて
どうやって事件の再発防止と被害額の補填をするか話し合った結果。

魚人達は棲みかを沖合いの小島周辺まで移動する事。

シュガワラ、ルンバの両名は長の許しが出るまで海底の掃除。
もちろん、脱走防止に監視がつく事は言うまでもない。

更に、観光客向けに期間限定魚人のラインダンスショーを
無償提供する事で、事件は無事円満解決となった。

あたしはあたしで無事依頼料を受け取り、かつ、魚人達から
迷惑料として幾ばくかのお宝を受け取って。
お蔭で懐も温か、しっかり幸せ気分なんだけど。

ただ一人、ガウリイだけは今回の件がよっぽどショックだったらしく
「何が悲しくて男に惚れられにゃならんのだ」と
なかなか落ち込みから回復できずにいる。









              






こちらのLOVE 魚人アイコンさんは
期間限定VDフリー素材としてDUSTBIN ひーこ様宅より
お持ち帰りさせていただきました。
ひーこ様、阿呆な話に使ってしまって申し訳ありません!!
でも書いてる方はけっこう楽しんで書いてました。ごめんなさい!!(土下座)