あたしの髪を一筋、掬いあげてはパラリと零す大きな手。

何がそんなに面白いのか、端正な顔は柔かく微笑んでいて
見ているこっちまで妙に幸せな気持ちが湧いてくる。

なのでつい、彼のしたいようにさせていたのだけれど
そろそろ出かける時間が近づいてきていて。

『あたし、行かなきゃ』言おうと口を開きかけた瞬間、
耳の上に手を突っ込まれた。

ゆったりと髪を梳く手の感触にゾクリと身体が震えてしまう。

指の間をツルツルと髪が通り過ぎる感覚は嫌いじゃないし、
こうやって誰かに髪に触れられるのも嫌いじゃない。

でも、彼があたしと同意見だというのであればあたしよりも
もっと長い自分の髪でやればいいのに。

彼の髪は普段からお手入れって程ケアなんてしていない。

いつも体と一緒に石けんでがしゃがしゃ洗ってお湯で流して終わり。

あたしみたいに香油でマッサージしたりレモンを絞ったお湯で
濯いだりなんて事ももちろんしていない。

なのに、毛先には枝毛もないし頭頂部には天使の輪がきらりと
光を弾いてて悔しい程羨ましく思ってるってのは言ってないけど。

ガウリイの手があたしの髪を梳きながら後頭部に回リ込むと
そこで動きを止めた。

頭皮からじんわり伝わる体温はあたしよりも少し高めでこれまた
心地良いんだけど、このままだと何となく立ち上がりにくくて困る。

わっしゃわっしゃ。

頭をマッサージするみたいに、でっかい手が蜘蛛の足みたいに動きだした。

「わひゃあっ!?」

一気に背筋に走ったゾクゾク感に喉からみょうちくりんな声が飛び出したけど、
そんなのお構いなしにガウリイは笑顔のまま手を動かし続けている。

「ちょっ、いきなりなにすんのよっ!!」

やっとの思いで彼の手を振り払い、立ち上がりながら両手で髪を整えてっと。

乱されまくった所為でずれちゃったバンダナを一旦外して締め直しして、
そのまま窓辺に置いといた書類を手に「じゃああたし、今から協会に顔
出してくるから。お昼は一人で食べちゃってよね」

捕まらないように・・・と、あえてやや距離を取りつつ
ドアへと向かって歩いたんだけど。

やっぱりというか、あっさり彼に捕獲されてしまった。



「今日は日が悪いから止めといた方がいいぞ〜」

妙に篭った声が腰の辺りから響いてきてる。

人の身体に唇を密着させながら喋らないでったら!!

くすぐったさに身を捩った拍子に手が滑って、抱えていた書類が
バラバラと床に散らかってしまった。

「がうっ・・・りっ! ひぁ、邪魔しないで、ったら!!」

太い腕がみるみるあたしの自由を奪うのと並行して、身を起こし
覆いかぶさってきた金色に視界すら奪われてしまう。

ここまで来ちゃうともう、腹を括って観念するしかない。

ガウリイがあたしの意向を無視してこういう行為を仕掛けてくる時には、
何がしかの法則があるらしいから。

目を閉じたのと同じタイミングで、遠くから雷の音が響いてきた。

なるほど、確かにこれは日が悪いわね・・・。

柔らかな感触が鼻筋に触れるとそのまま上へとずり上がって、
バンダナのすぐ下で止まると。

温かな吐息を連れた舌先が布の下に潜り込もうと、
もそもそ悪戦苦闘を始めだす。

「ね、バンダナが邪魔?」

「ん」

とうとう狭い領域に侵入を果たした舌がバンダナを持ち上げると、
硬い歯が布を咥えて上にずらしにかかった。

パラ・・・と微かな音が床から立って、『ああ、落ちちゃった』とぼんやり思う。

さっきから背中辺りで遊んでたり、髪をまさぐってる手達に懐柔されて
どんどん思考力が奪われていって。







さぁぁぁ・・・。

静かな水音と遠雷が重なりだして、空気が湿り気を帯びていく中。

せっかく逃れた筈の甘い罠に再び掛かってしまったあたしは
結局一歩も外には出られなかった。