世の中不景気不景気と叫ばれて久しい昨今、例に違わず
あたしのお財布の中身も景気が良いとはとても言えない状況だけど。

円滑なる人間関係維持の為には避けられない出費、
というものがあるわけで。

そんなこんなで、あたしは某ショッピングモールのバレンタイン
チョコ特設販売会場に出かけてきているわけだ。

赤を基調としたハートとリボンが溢れ鮮やか、かつ雑多な雰囲気の場内には、
可愛いキャラクター物から高価な限定品までが所狭しと陳列されていて。

各ブースにはお目当ての品を手に入れようと人の波が押し寄せて、
ここだけを切り取って見せれば『不景気』なんてどこ吹く風かと言われそうだ。

前もってメモしておいた順に会場内を巡り、目的の品を着々と購入していく。

あたしが品物を選ぶ基準は
『美味しくて手頃なお値段』と、『贈る人と共通点を感じる』こと。

たとえばゼミで一緒のゼルガディスには
ダークビターチョコかけオレンジピールスティック。

お世話になっているミルガズィア教授には、包み一つ一つに
小粋なアドリブジョークが印刷されている袋入りお徳用チョコ。

用務員に身を窶しつつ、校内の平和を守っているそうな
フィリオネル学長にはダンベル型のミルクチョコを。
最近は味だけじゃなく形にも拘った品が多くて楽しい。

更に数点必要な量を買い足してから、
いよいよ自分用のチョコ選びに取り掛かった。

毎年この時期にしか手に入らない高級チョコの数々。

入手困難なものは前もって予約をしてあるから、あとは受け取りに
行くだけでいいのだけれど、新規開拓も恒例の楽しみだったりするわけで。

最初に言い出したのが誰だったのかは忘れたけど、バレンタインデーの
翌日には女の子だけで集まって、その年の一押しチョコを持ち寄って食べるのだ。

下手な義理チョコ選びより気を抜けないのは言うまでもない。



さて。

あれも買ったし、これも買った。

残るは・・・あと一品のみ。

先月ありえない形で出会って、そのままなし崩しに同居(?)
している自称福の神、ガウリイに渡すものだけ。

まぁ、あいつの場合味にとやかく文句をつけるタイプじゃないし、
量があればいいんだろうけど。

一緒にご飯を食べている時みたいに、嬉しそうで美味しそうな
笑顔が見られたら、きっとあたしも嬉しくなっちゃうんだ。

さてと、どんなのを贈ろうかな・・・。

「ただいま」

「お帰り、リナ!」

ドアを開ければ、迎えてくれる人がいる。
優しい笑顔で、エプロンつけておたまを持って・・・って?

「ガウリイ、あんた何やってんの?」

とりあえず、ブーツを脱いで荷物を置いて・・・っと。
奥からふんわり漂ってきた何かが焦げているような匂いは。

「ちょっと、何やってんの!?」

「わっ! リナ、待てって」

制止しようとするガウリイの腕の下をかいくぐり、
キッチンに飛び込んだあたしが見たものは。

焼き魚に、お味噌汁にお漬物。

炊飯器からはシュンシュン蒸気が吹き出ていて、
お箸の並んだテーブルの上には小皿に乗った玉子も二つ。

味付け海苔も忘れずに。

「いつもリナに作ってもらってるからな」

照れ臭そうにしているガウリイが、妙にいぢらしく見えたのは
惚れた欲目という奴なのか。

旅館の朝食メニューっぽいのもご愛嬌、日頃包丁を握らない彼が
作ってくれたものに文句を言っちゃあ罰が当たるってものだ。

「んじゃこれ、食事のお礼」

テーブル越しに、ガウリイに向かってスーパーの袋を突き出して
彼が受け取ったのを確認してから席を立った。

「食ってもいいのか?」

「もちろん」

お風呂の準備をしつつ、横目でちらりと様子を窺うと
大きな手が、髪と同じ色のパッケージをチマチマ剥いている。

ガウリイが幸せそうに笑ったのを確認してから、あたしはお風呂場に向かった。

金貨型チョコは、どうやら気に入ってもらえたらしい。
狙い通りに彼の笑顔が見られたから、今年のバレンタインは成功だ。

さて、来月のホワイトデーはどうなるかしら?

彼と過ごす一年が実り多いものでありますようにと祈りつつ、
あたしは熱めのお湯に足を浸した。