雹零水晶






今回、あたしが盗賊たちからせしめたお宝の中に、ちょっと珍しいものが混じっていた。

ちいさなガラス瓶に詰め込まれた結晶は無色透明で、軽く振ると
シャラシャラ乾いた音を立てる。

ショートソードで封蝋をはぎ取って、中身が零れない様ゆっくりと蓋を外す。

ふわりと立ち昇る爽やかな芳香を胸いっぱいに吸い込み、あたしはうっとりと目を細めた。

大して高価ではないものの、一般には中々出回らない品だ。

これを原料として使用したものなら数多く巷に溢れているだろうが、
純粋な結晶は専門業者か製造者でなくては手に入らないはずなんだけど。

確か山一つ越えた先の村がこれの有名な生産地だったような気もして。

・・・・・・出所はともかく。

ま、精々有効利用させていただきますか♪



「・・・あっちぃなぁ・・・」

恥も外聞もない、所謂下穿き一枚のだらしない格好で唸っているのは
自称保護者の肩書きを未だ返上しない男、ガウリイ=ガブリエフ。

本気で保護者だなんだと言い張りたいのなら他称被保護者の前で
そういう格好するのを先ず止めろとか思ったり思わなかったり。

「『心頭滅却すれば火もまた涼し』って知らないの?
 そんなだらしない格好を年頃の美少女の前でしないでったら!!」

とりあえず感じたままの感想を述べて、さっさと視線をそらす。

「そういやいっつも先に文句垂れるリナが何も言わないなんて、こりゃあ明日は雨かぁ?」
バタバタと手団扇で自分を扇ぎながら唸ってる男に
「失礼発言ありがと、じゃあいっそ氷漬けにしてあげましょうか?」
ニッコリ笑ってフリーズ・ブリットの詠唱に・・・。

くん。

「なんか、いい匂いがするぞ? お前さん、いつから香水つけるようになったんだ」

い、今、近寄られたの気付けなかった・・・。
いきなり距離を詰められ項の辺りに鼻を突きつけられて。

びくうっ!!?って、思いっきり驚いてしまった拍子に、
胸ポケットから例の小瓶が転がり落ちる。

「ちょ! いきなり匂いなんてかがないでよ!!」

身を離して抗議してみたけど、既に奴の視線は例の瓶に移っていて。

「・・・なんだ、これ」

つっと指先を瓶に向けて尋ねる彼の目には、良いもん独り占めしてるだろ?
という疑念の光が宿ってて。匂いに勘付かれた以上隠し通す事はたぶん不可能。

「・・・しょうがないわね。 これ、あんまり量がないから知られたくなかったのに」

「やっぱり一人だけ涼んでたんだな!?」

「ま、あ、言われればそうなんだけど。こういうのって好みがあるから聞かなかっただけよ」

「リ〜ナ〜、オレにも試させてくれ〜」

べったりと熱い身体を押し付けられて堪らず逃げを打つ。

汗まみれのまんまでひっついてくるな〜!!

「じゃあ、これ持ってお風呂にいってらっしゃい。
お湯の中に少しだけ落とせば効果あるから」

「おうっ!」

瓶を拾い、嬉しそうに風呂に向かうガウリイの背中を見つめながら
あたしはにんまりほくそえんだ。



「・・・うううっ・・・さむい・・・こごえる・・・たすけてくれ・・・」

しばらく後、全身をスッポリと毛布で覆って。
いや、部屋中の布と言う布を集めて作った塊みたいな格好でガウリイが震えていた。

滅多に見られない情けない姿にほんの少し憐れを誘われたが、
人の言う事をちゃんと聞かないでいるからこうなるわけで。

「だから、少しだけって言ったでしょ?」

ロクに身体も拭かず、かろうじて腰にタオルを巻いたままの格好で
風呂場から飛び出してきたもんだから、床もシーツもびしょびしょだ。

「少しって、ホントに少ししか入れてないんだぞ!? 
何で湯なのに氷水みたいに冷たいんだよー!!」

涙目訴えられても困るんだけど。

こらこら、睨まないでってば。

それにしてもこうもあっさりひっかかるとはv

たまにはこういうガウリイを見たかったのよね〜。

「だから、そういうものなんだってば」

とりあえず古式に倣って鍋焼きうどんを食べさせようかと、足を外に向けた時だった。

熱い手に捕まえられて、濡れたシーツに巻き込まれた。

「ウウッ・・・寒い・・・」

「『寒い』じゃないっ!! あたしを巻き込むな〜!!」

熱い腕と熱い身体が密着してる。

彼自身、肌は粟立ち身は震え、痛いほどの寒いを感じていても、
実際普段より体温は上がっている。

そんな状態で人にぎゅうぎゅう抱きついてくるもんだから暑苦しいったら!

「ここまで強烈だなんて言ってなかっただろ!」

「だから「少し」って言ったじゃない!」

「ど、どの位効果持つんだ!?」

「知らないわよ! そんなに寒けりゃ温かい物でも食べなさいよ!!」

「食ったくらいで治るのか!?」

「試すだけ試してみれば!?」

鍋焼きうどんでもおでんでも!!

罰ゲームっぽいのはこの際我慢してちょうだい!!

「・・・なら、食わせてもらうからな」

ボソッと唸ると、そのままガウリイは行動を開始し。

古式ゆかしい儀礼は完全に無視され、結局なし崩し的に
付き合わされてしまったのは言うまでもない。