「やめられないとまらない」とはよく言ったもので。
お皿に盛られた鶏肉の山がドンドコドンドコ消えていく。

このお店の唐揚げは以前から冷めても美味しい、揚げたてはもっと美味しくて
一度食べたらクセになると湾岸諸国連合ガイドブックにも取り上げられていて、
じゃあ一度試してみようと冷やかし半分期待半分で入店したのが1時間ほど前。

大きな門構えのお店はビアホールも併設していて、とにかく喧騒が絶えない盛況ぶり。
あたし達は開店と同時に入店したから注文の品が届くまでの間しか待たされることはなかったけど、
後から後から詰めかけるお客にあっという間に店内は満席、空いたテーブルは
すぐに片付けられて次の客を迎えている。

厨房の方からはひっきりなしにホール係と料理人達のやりとりやら調理音やら
グラスのかちあう音やらが聞こえてきて、たまにはガイドブックもアテになるのね〜
なんて考えつつ、更に大き目の塊に手を伸ばした。

「おーい、鶏カラあと10人前追加。 あとビールと、こいつには薄めの蜂蜜酒を」

ちょうど脇を通りかかったホール係のおじいちゃんに追加注文を出したガウリイも、
あたしと同じく手指の先を脂でべとつかせている。
ぺろっと親指の先を舐めて、また次の唐揚げに手を伸ばして。

「美味いな! 幾らでも入っちまいそうだ!!」
幸せそうに骨に引っついている軟骨を齧り取りながら笑うガウリイのもう一方の手には、
しっかりと握られている大振りのジョッキが。
多分中身は半分以下って所だろう。
このお店は唐揚げと並んで自家製麦酒もかなり評判が良いらしい。

「かんぱーい!!」

ほら、今も隣のテーブルに陣取ったグループが手に手にジョッキを掲げて歓声をあげた。

あたしは残念ながら麦酒よりも蜂蜜酒の方が好きなので注文してもらったんだけど。
評判になっているのなら一口位試しといた方がいいかな? とか思い始めてる。
ガウリイのを分けてもらおうか。別に全部呑むわけじゃなし、ここの支払いはあたしがするし。
ま、お財布を共有しているんだからワリカンって事になるんだけど。




「いや〜、食った食った!」

「さすがに、もう入んないわよ! 久し振りにこれでもか!!って位に食べたわね♪」

すっかり膨らんだお腹を抱えて、食後の軽いデザートにレモンシャーベットを突付きつつ、
あたしもガウリイも上機嫌で寛いでいたんだけど。

ずっと騒がしかったお隣さんが急に静かになっちゃったもんで、こっそり横目で様子を伺っていると、
一組の男女が神妙な面持ちで立ち上がり。
仲間達に一礼をして「今日は僕達の為に集まってくれてありがとう・・・」とやり始めた。

この様子に気づいた他のテーブルも徐々に静まっていき、
「今日、皆の祝福を受けて僕達は夫婦としての一歩を踏み出します。今日は本当にありがとう!」
と締めた瞬間、フロア中に拍手と二人を祝う歓声が巻き起こった。

「若い二人の為に、乾杯!!」

「人生の墓場にようこそ!!」

「いいか、夫婦円満の秘訣は広い心で女房の尻に敷かれてやる事だぞ!!」

「頑張れよ、お二人さん!!」

店中の人々が口々に祝福の弁を述べながら、威勢良くジョッキを掲げ傾け祝福に沸いた。



幸せに頬を染めた二人は、やんやと囃し立てながら見ず知らずの彼らを
祝福するお調子者達に見送られて店を去り。

ちょうど頃合かなと、流れに乗ってあたし達も店を出た。

すっかり暗くなった空には綺麗な満月が昇り、柔かく過ぎ行く風は
酔いに火照った肌を冷ますのにちょうどいい。

「ちょっと飲みすぎたか? ほら、遠慮しないで寄りかかれよ」

少しだけふらついたのをしっかり見られていたらしい。

ちょっとばかり恥ずかしかったので、小さく舌を出してから「じゃ、遠慮なく」って
でっかい身体に寄り添って体重を傾ける。

「相変わらずぬくいよなー」

首筋を掠めて背中に回った手が『もっとおいで』とあたしを誘いにかかるけど。
あたしは自分よりも少しだけ冷たい手を取って、そのまま持ち上げてほっぺに押し当てすりすりした。

「ガウリイの手、冷たくて気持ちいい・・・」

わざと上目遣いで彼を見上げる。

綺麗な青い瞳はあたしと同じく酔いが回っているらしく、普段よりもとろんと眠たげ。

「今日はもうでかけるんじゃないぞ〜」

ふにゃんと力の抜けた声で、でもしっかりと釘をさしてくるあたり自称保護者も健在らしい。



でも。



「行くったら行くわよ」と一息に言い切って、
あたしはスルリと彼の庇護下から抜け出した。

数歩先に駆けてから振り返ると、不満げな顔のガウリイと視線がぶつかったけど、
ひるんだりしないんだからね!

「こんな日にまで盗賊いぢめに行くことないだろ」

潜めた声には僅かに怒気が混じっていて、こんなささやかな事象すら、彼への愛しさを増幅させるのだ。

「だれが、盗賊いぢめって言った?」

「へっ!?」

思わせぶりに言ったあたしと、予想が外れてきょとんとした顔であたしを見つめるガウリイ。

数瞬、沈黙が二人の間を通り過ぎ。

先に口を開いたのは、あたしだった。

「行くわよ。 止めたって聞いてやんない、だって、あたしが行くのは」

「どうしても出かけるってんならオレも行く」

あたしの言葉を途中で遮って、同行を申し出たガウリイはやっぱりちょっと不服顔。
でも、それでもあたしの希望を優先してくれるんだ彼は。

「ううん、あんたは出かけちゃだめよ。だって、あんたが部屋にいなきゃ行く意味なくなっちゃうもの」

スッと息を吸い込んで、笑って放った一撃は果たして、正しく届いたようで。

効果はテキメン威力抜群だった、らしい。

一気に喜色満面、疾風のような素早さでガウリイはあたしを抱き寄せ抱き上げると、
「じゃあ、一緒に帰るってのはどうだ?」って、笑って頬を摺り寄せてきた。

あたしはあたしで「いいわね」とだけ応えて、笑んで緩んだ頬に不意打ちキスを仕掛けてみたりして。

まったく、ノリとタイミングって怖いわよね。

ずっと言いたくてでも言えなかった気持ちは胸の奥に仕舞っていたはずなのに。

今、こうもあっさり言ったり行動できただなんて、まるで魅了の魔法でもかけられたみたい。

それとも祝福の魔法?

「ちょっとくさいセリフ、言ってもいいか?」

お返しのキスをおでこに一つ、頬にも一つ、それからあたしの手を取り手の甲に唇を寄せて。

お前の居場所は、ずっとオレの傍だ」と囁いた。

「じゃあ、あんたの居場所は一生あたしの傍だからね!」
束縛の誓いを笑顔で受けて、あたしも彼に誓いを立てる。

誰に祝福されなくても、承認されなくても構わない。

今、この夜はあたしたちの為のもの。

誰ともすれ違わないまま宿へと向かうあたし達の、二人繋いだ手の下で。
今日お揃いで誂えたブレスレットが揺れていた。