本当に唐突な話で悪いんだけど」って。

久し振りに王宮を訪れたリナが、めったに見られないような
困り顔で聞くもんだから、私も真剣に「どうしたの?」と乗ったのに。

「その・・・男の方が純情。っていうか、ロマンチストだって本当?」ときた。
リナが、ねぇ・・・。

「それは個人差が大きいとは思いますが」

「が?」

「一般的には女性よりも男性の方がロマンチストが多い。とは聞きますね」

ま、あくまで一般論だけど。
特に恋愛に関して言えば女性は一旦相手を見切ったらそれでお終い。
男性は折にふれ過去の恋人を思い出してはあれこれ思いを馳せるらしい。

「・・・あたし、まずったかもしんない」

げんなり顔でテーブルに撃沈したリナ。
何があったのかと聞いても中々復活してくれない。
美味しいお菓子で釣っても最新の魔道書で釣ってもダメ。
なにやらあうあう呻きながら頭を抱えて落ち込んでいるらしい。
あのリナが、である。

なんだか凄く珍しいものを見ているんじゃなかろうかと、
ようやく私が気づいた頃に、新たな来客を告げる女官の声が。

「こんなとこにいたのか」

聞き慣れた声と共に入室してきたのは、こちらもお久し振りのガウリイさん。
最後に会った時よりも、少しだけがっちり。・・・じゃないわね。
もしかして、なんだか太りました? 
ビール腹程じゃないけど、お腹の辺りが妙に膨らんでる気が。

「お久し振りです」と挨拶してから、ようやく私は気がついた。
リナは、ガウリイさんが一緒だとも別行動だとも一言も言わなかったのだ。

「よ、アメリア。元気そうだな、ゼルも一緒か?」

「ガウリイさんもお元気そうで何よりです。 
ゼルガディスさんは所用で席を外していますが元気は元気です。 
まだ人の身体を取り戻す方法は見つかっていないんですけれど」

「ところで、こっちにリナが来てないか?」

「え?」

ふとテーブルを見ると、さっきまでいたはずのリナがいない。
バリケードよろしく、リナの周囲に積み上げたお菓子もろとも影形もなく。

「・・・さっきまで、いたんですよ?」

もしかしてケンカでもしました? と、表情だけで聞いてみる。
ガウリイさんならこれで伝わる筈。
返答は、横に振られた首。
じゃあ、どうしてリナがガウリイさんを避けるようなマネを?

「あのな。アメリア、ちょっと相談に乗ってくれんか?」

口調は深刻そうに、しかし表情は楽しげだし、おまけに立てた指を
口元に当てて『秘密』のゼスチャまで。

「・・・私でよければ」
応えて私も声音はやや硬めに、そしてウインクで『了解』の合図を。

「実はなぁ・・・。オレ、どうしたもんだか悩んでるんだよ」

さっそく始まったらしい茶番にさて、どこかで聞き耳を
立てているだろうリナがどう反応するか。

「ガウリイさんが悩みごとだなんて、珍しいですよね。
・・・雪でも降るんじゃないですか?」
ちなみに今の季節は春。降ってもまぁ、おかしくはない。

「そういうんじゃなくて。 その、リナの事でな」

ガウリイさんの口から名前が出た瞬間、テーブルの下からかすかな物音が。
床近くまで垂れたテーブルクロスもかすかに揺れて。

「リナの・・・ですか?」

いぶかしんでいるように聞こえただろうか。
わざとらしくならないよう気をつけながら、そっと指を向けて『ここ』と知らせると
ガウリイさんも無難な返事をしながら親指を立て、そのままピコピコ動かして
私にテーブルの向こう側に回るよう合図をしてきた。

「詳しいお話は落ち着いて伺ってもよいですか?」

ガウリイさんに椅子を勧めつつ、私も対面に座る為を装って
先ほどまでリナの座っていた場所に移動。
感覚を研ぎ澄ませれば、確かに感じるリナの気配。
動揺しているのか、確実にさっきよりも気配が濃くなっている。

「そうだな。 ちょっと長い話になるかも知れんが、いいか?」

スッと椅子を引いたと思ったら、ガウリイさんは
いきなりテーブルクロスの下に手を突っ込んで。

「前振りもなくオレの唇を奪って逃げちまった奴の処遇についてだなぁ」

「ばか!! 離してっ!!」

往生際悪くジタバタ暴れるリナの襟首を掴んでずるりと引っ張り出しちゃった。



・・・唇を奪って、逃げた?

ガウリイさんが、じゃなくて、リナが!?

「恥ずかしいこ・・・う、むっ!」

「・・・こんな風にな。急に寄って来たと思ったらガッ!と両頬掴まれて、だぜ?
リナとする初めては、それなりにムードとか大事にしてオレがリードする筈だったのに
あんな、けんかでも売られてるみたいなのがファーストキスだなんて」

残念そうにしてみせてるけど、ガウリイさん? 
その、いきなり人の目の前でリナの唇奪っといて言いますか、そんな事。

私にキスシーンを見られたのが恥ずかしいのか、
リナは茹蛸みたいに真っ赤になったまま硬直中。

私は私で、夢にまで見た二人がデキた瞬間を目撃して、万歳三唱寸前。

なのに、ガウリイさんったら。

「それに、たった一回のキスだけで孕まされちまったし」

更なる爆弾発言に「「どえぇぇえぇっ!?」」と、二人してひっくり返る位驚いた。

「ほら、もうこんなに育っちまって」

なぁ、なんて優しくお腹に話しかけながら、そっと膨らんだ腹を
撫で撫でしながら「ほら、あれがお母さんですよ?」って!?

「ちょっ、えっ!? は? うそ! え、ええっ!?」

普段だったら即、雷光のつっこみが炸裂する状況なのに
リナったらパニくっちゃって。

「あんたおんなっ!? いやまて、キスで子供って、え? あれ? いや」

「ああ、嘘だぞ♪」

サラッと言って笑ったと思ったら、ガウリイさんはいきなり上着を捲りあげると、
中から何か長いものを取り出して、狼狽したままのリナの頭に乗せた。

「キスで子供なんてできないわよ! それ以前にいきなりなにすん・・・」

やっとからかわれたと気づいて反撃を繰り出そうとしたリナだったけど。

「だけど、お前さんを愛しいと思う気持ちはどんどん育ってる。
今までだって愛してたけどあのキスは反則だ。もうお前さんを絶対に手放せん。

だから、責任とって結婚してくれ」

これがトドメの一撃となり。
彼女は、完全に沈黙してしまった。






「で、どうなったんだ?」

騒ぎが落ち着いた頃、ようやく帰って来たゼルガディスさんに甘えながら、
私は顛末をできるだけ臨場感たっぷりに聞かせようと・・・したら、
簡潔に話せって怒られてしまった。

「自分から不意打ちキスを仕掛けておいて、急に恥ずかしくなって
「もうガウリイの顔見られない!!」って逃げたリナを追いかけて来たガウリイさんが、
逃亡を阻止しつつリナを落とすにはこっちも不意打ちしかないって、
ない知恵絞って考えたのがあの作戦なんだそうです」

キスだけであれほど恥ずかしがるのなら、求婚などまず
冷静に聞いてもらえないだろうって。
でも、あれはちょっとセンスも情緒もなさ過ぎだわ!

「で、リナの反応は?」

「それがですね」

私はきっと「こういう場面で質の悪い冗談かますんぢゃないっ!!」って
攻撃呪文の一つでもぶっ放すかと思ったのに。

彼女は真っ赤な顔のまま俯いて、小さな小さな声で「うん」とだけ答えたのだ。

「ま、旦那も旦那だがリナもリナだな」

とっとと素直になればいいものを、と、私の髪を撫でながら、
ゼルガディスさんは可笑しそうに肩を震わせていて。
私はゼルガディスさんに撫ぜられるの気持ちいいなーなんて、猫みたいにくつろぎながら
二人がどんな顔で現れるだろうと想像してつい、一緒になって笑ってしまった。