夢を見るたび、あたしは同じ手を見つける。

薄がりの中から現れる、大きくて優しい温かな手は
緩々と旋毛の辺りを撫でてくれたり、睫毛に掠ってくすぐったい前髪を除けてくれたり。
姉ちゃんにお仕置きをされて泣きながら寝入った時には、
慰めるようにあたしの手を握っていてくれたりもする。

指の太さから男の人の手だと気づいたけれど、
それが誰の手なのかは判らなかった。

父ちゃんならもっと指が長いし、隣のバートンのだったら甲に傷がある。
テリーは爪に噛み跡があるから違うだろうし。


毎夜現れるわけではないその手には、幾つかタコのようなものがあって。
だからといってざらざら荒れているわけでもなく。

あたしが夢と現の狭間を彷徨っている時にだけ、
暫しの間現れては去っていくこの手。

持ち主は一体どんな人なんだろう。

どうして知らない人の手がこんなにも親しげにあたしの夢を訪れるの?
どうして彼は姿を見せてくれないのか。

彼があたしの夢を訪れる理由を知りたいと思う以上に、
この手の持ち主がどんな人物なのかを知りたくて知りたくて。

なのに、願いは叶わないまま時は過ぎていった。



その日は、裏庭の木陰で身体を休めるうちに眠り込んでしまったらしい。

今日もひらりと現れた手は、あたしの口の端から
眠る前に齧ったトーストの欠片を硬い親指の腹で拭って、
そのままあたしのほっぺたに寄り添って停止した。

もう一方の手は、鳥のように肩の上に止まっている。

夢なのに不思議と感じる体温と微かに漂う革の匂い。
ちらりと肩に乗った手の指先に目を向けると、
清潔に整えられた椎型の爪が柔らかな光を放っている。

綺麗に整えられた爪と硬い感触指の腹から、あたしは
この手の持ち主が肉体労働者、それも武芸を嗜む人の手だと見た。

手指の皮の分厚さと使い込まれた革の匂い、そしてりっぱな剣だこ。
たぶん傭兵か、騎士ってとこじゃないかな?

そんな手がどうして夢の中であたしにちょっかいをかけてくるのか、
理由はわからないままだけど。

この手は、あたしに危害を加えたりしない。

何の根拠もないけれど、そんな妙な確信があった。

夢から覚める直前。

彼の指先から付け根近くまでだけが浅く日に焼けているのを見つけた。

つまり普段外にいる、もしくはいた人の手。
以前よりも古びた感のあるグローブは、端の方がほつれ始めている。

国や領主お抱えの騎士団に所属している場合は、主にガントレットを着用するから
こんな風にはならない筈だし。

以上の材料から導き出された結論。

この手は男性、それもフリーの傭兵か剣士。
肌の質感からみてまだ若い男の人。

「あなたがどこの誰だか知らないけど、
もしかしたら旅の空で会えるかもしれないわね」

そっと肩の手を外して、握手を交わした。

あたしは明日、この土地を離れ世界を見て回る。

あたし達の間に縁が結ばれているのであれば、
旅の空の下ですれ違うこともあるかもしれないから。

たとえ彼が生者でなくとも、きっと。
きっと会える、そんな予感がするんだ。



ひっくり返した左手の親指付け根にV字型の傷を見つけたあたしは
「目印はこれね」と微笑んで、夢の世界を後にする。

しばらくの間、慌しさや慣れない生活で疲れ果てて夢を見る暇もなくなるだろう。

だから、あんたとはしばらくお別れよ。

もしも本当に会えたなら、ご飯のひとつでも奢りなさいよね!






「あれ? いつそんなとこ怪我してたの!? 
もっと早くに言ってくれればリカバリィかけたのに」

「ん?・・・ああ、これはリナと会う前のだからなぁ」

夜も更けた頃、あたしはガウリイの部屋のベッドに腰掛けていた。

腿の上に裁縫道具を広げて、糸の色を慎重に選ぶ。

修繕品はガウリイ愛用の指空きグローブ。
いい加減生地がくたびれて綻びてきているのに
「このこなれた感じがいいんだ」って交換に応じようとしないから、
せめて修繕くらいさせろって言ったのだ。

「すまん、ありがとな」
照れたように笑う彼。

今の今までつけていたグローブをガウリイからひっぺがして・・・その時。

彼の親指の付け根に、V字の傷を見つけた。

「・・・ガウリイ、これ」

この形、この手触り。

一日だって忘れた事なんてなかった。

どうしてあたしは、今の今まで気づかなかった!?

「そいつは治さなくていい傷なんだ。
昔・・・ちょっとな。こいつが目印だって約束したんだ。
だから・・・消しちまったら、判らなくなるだろ?」

懐かしげな目をして傷痕に触れるガウリイの手のひらに、
あたしは自分の手を重ねて言ってみた。

「ね。じゃあ、ご飯奢ってよね」って。

「え? え、おい、まさか!?」

驚き顔であたしを見たガウリイと、飛び切りの笑顔を返したあたし。

「やっと会えた、ってのも変かしら。 
どうしてあんなことしてたのかとか、聞きたい事がたくさんあるの。だからさ」

今夜は、眠らなくてもいいわよね?





その夜、あたし達はその頃の思い出と共に、
不思議な夢の体験を語って、笑って、過ごしたのだった。








移動にあたって少量の加筆修正を行いました。
(2009.9.14)
朝読み直したら矛盾発見、即時訂正っ!!


















夢に現れていた頃のガウリイは、実生活で安らげない状況だったのかな
なんて、書きながら考えていました。
最初は夢の中で同じように泣いている子を見つけて、
思わず手を差し伸べたのかな。
きっとそれは、自分が一番望んだもので、でもそれは叶わぬ望みで。
疲れて眠る夢の底で出会った女の子は、撫ぜてやると
嬉しそうに笑うし、無邪気に懐いてもくれる。
一時の癒しになったんじゃないかな。
リナが旅立つのと同時期位にガウリイもまた家を出て
夢を見る間もなくなってたりとか。