揺れる髪と踊る漆黒のリボンは篝火の明かりを受けて艶めかしく輝いて見えた。
オレの目と鼻の先で呪文の詠唱を始めたリナの、細い身体が徐々に宙へと浮かび上がる。
離陸の時は、まったくの無音。
それが少しばかり憎らしい。
いざとなれば、いつでも彼女は一人で飛んでいってしまえるのだと示されている気がして。
「ガウリイ、ほら!」
くったくなく笑いながら、柔らかな手が差し伸べられた。
今日の彼女はグローブをつけていないから、白い手の平とほっそりとした指も全部見えている。
「・・・ああ」
重ねたオレの手指は彼女よりも色が濃くて節くれだっている。
当然だ、オレは男で彼女は女。
「ちゃんとつかまってなさいよ?」
彼女に導かれ、オレの足も宙に浮いた。
腕力でなら彼女を抱きあげてやるのは簡単だし、望まれれば空に向かって放り上げることも出来る。
けれど、彼女のやるような、重力から解き放って思うがまま、
蝶や鳥のように空を駆け回らせてやることはできない。
下界がどんどん遠く、小さくなっていく。
手の中には温かくて柔らかな命綱。
彼女が望めば、今すぐにでもオレの命は消えてなくなる。
「ねぇ、あっち見て! すごく綺麗!!」
嬉しげに叫んだリナは、オレがこんな事を考えているなんて微塵も思っていないんだろうな。
などと考えながら示された方を向いてみると。
そこには、闇の中に無数に浮かぶ煌きがあった。
「ね、綺麗でしょ? あの一個一個が誰かの為に灯された明かりなのよ。
・・・・・・人が、ちゃんと存在している証拠」
目を細めて囁く彼女は、こんな時いつも眩しそうな、泣き出すのを堪えるような表情をしていて。
オレは、ただ「綺麗だよな」と答えるだけにした。
気の利いたことなんて言えそうになかった。
彼女もまた自らの限界を再認識しているのだろうと判ってしまったから。
天の星々と地の星々の狭間で、二人。
オレとリナとの二人だけで、取り残されたようにも
どちらの世界にも誘われているようだとも感じられて。
しっかりと手を繋いだままで、オレとリナは二人きりで、
どちらの輝きにも属さない静かな宙空に留まっていた。