クリスマス






「どーしてもこの町に立ち寄りたいのっ!!」

次の目的地を決める時にリナが妙に拘った町は、
一歩城壁の内側に入った所から、いろんな色で溢れ返っていた。



一番目立つのは、赤。

次に目立つのが金と銀。

そして緑と白が続く。

町のあちこちにモールやリース、リボンにキラキラ輝く星の形の飾り
などが飾られていて、にぎやかな事この上ない。

道端にも、重そうに飾り付けられた植木が並んでいたりする。

街の雰囲気もどこか浮かれたような印象を受けるし、よくよく
周りを見渡せば何故かカップルばかりが目に付くし。

何か近々祭りでもあるんだろうか?
ついキョロキョロしてしまうオレに
「そんな挙動不審な行動しないの!!」とリナのお叱りが飛んだ。



「今日はここに泊まるのよ♪」
散々歩き回った後、オレ達が辿り着いたのはいつも泊まるのより上等な宿。

「リナ、いいのか?こんな高そうなとこ」

「いいのっ!! この時期この町で予約なしで宿を探そうと思ったら、
ここ位の所じゃないと空いてないのよ」

受付の前でひそひそ話すオレ達に、
「あの、お部屋はお一つでよろしいですね?」と宿の主人。

「おいおい、リナ。いいのか?」

「いーのよ」

普段ならおもいっきり取り乱すのに、今日に限って妙にリナの態度は
落ち着いているし。

「まぁ、ご覧の通りもう空きは一部屋しかございませんしね」
苦笑交じりに主人が言って指差す所には。

部屋の鍵を掛けるホルダー達が寂しそうに並んでいた。

鍵の掛かっているのは一つだけ。

「じゃ、よろしく」
あっさりと話は決まって、今夜はリナと同じ部屋に泊まる事になった。










案内された部屋は意外と広く、ベッドのほかにソファもあって
これならまぁ・・・と思っていると。

「ガウリイ、これあげる♪」
いきなりリナがこっちに何かを放り投げた。

「うおっと、と、と」落とさないようにキャッチしたのは小さな包み。
「なんだこれ?」

「いいから開けてみて」

包みを開くと中から出てきたのは・・・剣の磨き粉?

「それ、ガウリイにプレゼント♪ これ以上斬妖剣の切れ味を
良くする事は出来ないけど、磨けば綺麗にはなるでしょ?」

「・・・リナ。お前、何か企んでないか?」

どバキッ!!

「痛ってーな!! スリッパ投げなくてもいいじゃないか!!」

「人が珍しく好意で買ってあげたものに対してそういう事言うからでしょ!」

いや、かなり珍しい現象だったから驚いただけで・・・。

「へいへい。ま、ありがたく戴くよ。ありがとな、リナ」

ちょうど手持ちのものが切れそうだったから助かるな、と感謝しつつ
包みに磨き粉の袋をしまおうとしたら、カサリと音がした。

まだ何か入っているのか?と探ると、出てきたのは紙の束。

一枚目には『グラス亭、シャンパン5本 支払済み』の文字。

二枚目には『チキタ鶏肉店 地鶏の丸焼き5羽 支払済み』

三枚目には『ブレッドビゴ バゲット10本 支払済み』・・・。

その下にも延々と買い物リストと支払済みの文字が続く。

「なぁ、これって・・・?」

「えっ!?良い物貰ったお礼に俺が取りに行ってやる!?
ありがと♪ ガウリイってやっぱり頼りになるぅ!!」

「あ、あの・・・」
いや、オレは何も言っちゃいないんだが(汗)。

「この町に着いてからついつい色々買いすぎちゃって困ってたのよ♪
代金はぜーんぶ払ってあるから、あとは取りに行くだけなの♪
でもリナちゃんの細腕じゃ、何度も往復しなきゃ持ってこれないし♪
じゃ、さっさと取りに行ってきてね♪」

に〜っこりと微笑みながら期待に満ちた目でオレを見つめるリナ。



しまった!!



さっきのプレゼントは荷物運びを頼むための罠だったのか!!

「リ、リナ? オレ、ここに書いてある店の場所知らないんですけど・・・?」

「さっきあれだけ周りをキョロキョロしてたんだから、何とかなるわよ。
それより早く取りに行かないと日が暮れちゃうわよっ!!」



結局リナに追い立てられるように宿を飛び出したオレは、リストの商品を集めに
回る羽目になったのだ・・・。










「一体どれだけ買い込んだんだ、あいつは・・・」
リストを手に宿を飛び出したオレだったが、まず一軒目の店の場所が分からない。

とにかく歩きながら、リストをパラパラッと捲る。

20枚以上ありそうだな、こりゃ。

一度でこれだけの量を持ち帰るのはどう考えてもムリそうなので、先に取りに
行った方が良さそうなものと、後回しで構わなさそうなものを分けた。

食料品は後の方がいいかな。

先に持って帰ったらリナに独り占めされちまうし。

何とか取りに行く順番を決めて、最初の店を求めてオレは歩き出した。










「・・・一体リナは何を考えてるんだろう」
ほぼ半分荷物を引き取った時点で、宿まで二往復していた。

旅の必需品の薬や簡易食料の買出しはまぁ判る。

剣の柄に巻く布とか防具の艶出しも、必要だろう。



だがな! 何で植木なんかが必要なんだ!!


『花屋、ポインセチア』と、書いてあるからてっきり花を買ったと思ったら。

でっかい植木鉢に入った観葉植物じゃないか!!

この町のあっちこっちで見かける緑と赤の葉っぱの奴だ。

こんなもん持って旅に出られるわけもないのに?

おまけに両手一杯に荷物を抱えて部屋に戻ればリナはいないし。

机の上にメモが一枚。

『夜になる前に帰って来る事!!あたしはちょっと出て来ます』だと。

仕方なく荷物を邪魔にならないように部屋の隅に固めて置いて、残りの荷物を
取りに再び宿を後にした。











左手にバゲットの包み。

背中には袋に詰まった鳥の丸焼きとおつまみ各種。

右手にはシャンパンのボトルをぶら下げて。

オレは何とか全ての買い物を終えて、てくてく宿に向かって歩いていた。

・・・今、敵に襲われたらやばいなぁ・・・。

荷物で思いっきり両手塞がってるしなぁ。

いざとなったら手を離せばいいだけの話だが、あとでリナが怒るだろうし。

・・・さっさと帰ろう。

歩くスピードを更に上げて、オレは宿に向かったのだった。










「リナ〜っ!! 全部持って帰ってきたぞーっ!!

ドアの前で声を張り上げる。

荷物で両手が塞がっていて、ノブを握れないからしょうがないだろ?

「リナ〜っ、いないのか〜っ!?」
まだ帰ってきていないのか。

「ちょ、ちょっとまって!!」
中から慌てたようなリナの声が聞こえた。

何だ、中にいたんじゃないか。

「お〜い、早くドアを開けてくれよ。荷物で手が塞がってて開けられないんだ」

「判ったから、もう少しだけ待って!!」

一体中で何やってたんだ?

パタパタパタ・・・。

中からこちらに向かってリナが走りよってくる。

そして、カチャ、と音を立てて開いた扉の先には。

「お帰り、ガウリイ」

いつもの格好とは全然違う、スカートを履いて薄化粧をしたリナ!!

「ご苦労様!! これでクリスマスが始められるわ」

驚いて固まってるオレの手からパンを取り上げながら、リナがしゃべる。

「ガウリイ、あんたまだ気がつかないの?
今日はクリスマスイブ、ご馳走食べてプレゼント交換する日なのよ?」

いかにも上機嫌です♪
といった感じでテキパキとテーブルの上に食料を並べるリナ。

そんな光景をしばらくじっと見つめていたオレ。

いや。

正直に言えば、スカートを履いて普通の娘のようなリナに見惚れていたんだ。

・・・ちょっと化粧した位でリナがこんなに可愛いくなるなんて。

いやいや、元から可愛いんだけど化粧で一層引き立ってるっていうか。

「だいたいねぇ。あれだけ町の中走り回ってたらクリスマスリースとか、
ツリーとか飾りの数々を見てるはずなんだけどね・・・。
クラゲだから知らなかったのかもしれないけど、もう少し周りに気を配った方が
いいわね。・・・それとも、クリスマスを知らなかったりする?」

準備が整ったのか、満足げに部屋を見回してからこちらを見たリナに、
「すまん、知らなかった」
そう言った途端、リナは一瞬驚いた顔を見せたけど。

すぐににっこりと「じゃ、教えてあげるから感謝しなさい♪」と笑った。









窓辺にはオレが持って帰ってきた鉢植えが飾られ、テーブルの上狭しと
リナの手でご馳走が並べられていて。

ベッドの上には綺麗にリボンを掛けられたプレゼント。

リストの中にあった剣の柄に巻く滑り止めの布と防具の艶出しが、
本当のオレへのプレゼントだったらしい。

「リナ、このケーキはどうしたんだ?」
テーブルの真ん中にちょこんと置かれた、苺の乗ったケーキは運んだ覚えがない。

「そ、それはあたしが焼いたのよ。
ここの厨房を借りてちょちょいっとね♪」
照れくさそうに、だってクリスマスにはケーキがつきものだし、小さく笑い。

「さ、クリスマスパーティーを始めましょ♪」

リナの音頭で二人で初めてのクリスマスを祝った。

祝うといっても、美味いものを食べてシャンパン飲むだけなのに。

それだけなのに、何でこんなに嬉しいんだろう。

アルコールの所為でリナの頬が、ほんのりと染まってて綺麗だな・・・。

いつもと違う、年相応の服を着たリナはパッと見か弱い女の子にしか見えない。



・・・これで盗賊いぢめするドラまただとは、誰も信じないだろうな。



少し酔いの回った頭でボンヤリと考えてると、ぺしっ、と頭に叩かれた感触。

「ガウリイ〜っ? 今なんか余計な事考えてなかったでしょうね?」

顔を近づけてきたリナの、艶々としたピンクの唇に目を奪われる。

「い、いや!!何も考えてないぞ!!」
慌てて取り繕っても、バクバク鳴ってる心臓はごまかせそうにない。

「ま、いいわ。ね、ちょっと頼んでもいい?」

何とか話の流れが変わってくれて助かった・・・。

「なにを? 昼みたいなのは勘弁してくれよ」

「そんなんじゃないの。ちょっとこれを高い所に吊るして欲しいだけ」
リナの手の中にはリボンが括り付けられた細い木の枝。

「なんだ、それ?」

「いいから、さっさとやるっ!!」

リナに急かされて、取りあえず吊るしやすそうな窓際に近づきリボンを固定した。

後ろを振り向きながらリナに確認を取ろうと声を掛けようとして。

「なぁ、これで・・・」
いいのか、と言葉が続かなかった理由は。

そっと離れる柔かい唇のせい。

真っ赤な顔で小さく「メリークリスマス」と囁いたリナの。

「リナ!?」

ぼーぜんとするオレに、
「何ボーっとしてるのよ。
今日だけは、やどりぎの下では誰とでもキスしていいのよ」
と、茶目っ気たっぷりに笑うリナ。

でも、少し潤んだリナの瞳は笑っていなくて。

「リナ・・・」
「やだっ、そんなにビックリしなくてもいいじゃないっ!!
日頃の感謝を込めて保護者殿への親愛のキスってことで!!」

慌ててキスの理由をまくし立ててるリナの瞳に見え隠れする感情は。

リナ、お前もしかして・・・。

「リナ。そういえば俺、お前に何もプレゼント用意してなかったな」

「べ、別にいいわよっ! ガウリイはクリスマスを知らなかったんだし、
あんたお金だってあんまり持ってないんだから、無理しなくったって・・・」

オレはリナに最後までしゃべらせなかった。

赤い顔で必死にしゃべるリナを捕まえ、腕の中に閉じ込めて。

そのまま顔を寄せてキスを贈った。

「ガウリイっ!!」

ジタバタ逃げようとするリナを一層しっかりと抱え直してから
「リナ。オレからのプレゼントはオレ、じゃ駄目か?」
赤く色づいた小さな耳に囁いてみる。

今日一日、町中を走り回っていた時に小耳に挟んだ話を思い出す。

この町のクリスマスは、一番大切な人と過ごす日だと。

今年一年一緒にいられた幸福を祝い、また次の一年も一緒に過ごせるようにと
願うのだとか。

それなら町にカップルが溢れていたのも納得がいく。

わざわざこの町でリナがクリスマスを迎えようとした理由がそれなら。

もう、保護者を卒業する時がきたのかもしれない。

「リ〜ナ♪ そろそろ種明かしをしてくれないか?
でなきゃいつまで経ってもオレは保護者からランクアップできないぞ?」

とうとう観念したのか、大人しくなったリナの髪をゆっくりと梳いてやる。

サラサラとここちよい感触を楽しみながら、オレはリナに語りかけた。

「オレが町で聞いたのは、クリスマスは恋人達のものって奴だ。
もしリナが・・・オレとそういうつもりでこの町に来てクリスマスを
祝おうとしてくれたのなら。
今度からは二人できちんと祝わないか? ずっと一緒にいられるように」

リナは黙ったままオレの話すのを聞いていた。

「なぁ・・・返事をくれないのか?」
返答を求めたオレの言葉にリナは、コクン、とうなずく事で了承をくれた。

「ありがとな、リナ。本当ならオレの方から言わなきゃいけなかったのに」

「いいのよ。クラゲに期待する方が間違ってるって判ってるから♪」










それからオレ達は残りのシャンパンと、リナお手製ケーキに舌鼓を打ちながら
恋人達のクリスマスの夜を楽しんだ。

いつもと少し違う会話と二人の距離。

「もしかして、この宿も予約してたのか? でなきゃ都合よく一部屋だけ
空いてるってのも偶然にしちゃ出来すぎてるよな」

「まぁね。こうでもしなきゃ、あんたはいつまでも保護者を
辞めてくれないでしょ? いい加減それも辛かったし」

「どのタイミングで言い出すか、決心が付かなかっただけだって!!」

「ハイハイ、だからしっかり者のリナちゃんが、こうして
お膳立てしてあげたんでしょうが」

「なんか、オレって情けないかも・・・」

「ふっふっふっ、これからしっかり挽回してよね♪」

「そういえば、一体いつの間にあんだけの買い物をしてたんだよ」

「実はポインセチアとか料理は、ここの魔道士協会の知り合いに頼んどいたの」

「そうだよなー、いくらなんでも手回し良すぎたもんな」

「言っとくけどガウリイと一緒に回った店もあるんだからね!それでも
全然気がつかない辺り、やっぱりボケボケよね」

「お前さんの買い物はいつも時間が掛かるから、さっさと回られたら判らないさ」

「ふーんだっ!!今度はガウリイがプレゼントを用意するのよ!!」

「任せとけって。とびっきりのプレゼントを贈るからな」

ふと、邪な考えが頭をよぎったが。

「なんか企んでるみたいだけど、自分にリボン掛けてプレゼント♪ってのは、
問答無用で却下するからね!!」

しっかりとリナに見破られてやんの。










にぎやかな食事も終わり、すっかりテーブルが綺麗に片付けられた頃。

「ガウリイ、窓を開けてみて」と、リナ。

「寒いぞ?」

「いいから、早く」

促されて、邪魔になるポインセチアの鉢をどかして窓を開けると。

視界一杯に広がる光の洪水が俺の目に飛び込んできた!!

夜の闇の中にキラキラと輝く色とりどりの明かり。

あまりの美しさに言葉を失った俺の後ろから
「きれいでしょ? ここに来た目的のもう一つはこれだったの♪」
してやったり、と微笑みながらリナが近づいて来る。

そして、背伸びをして俺の首に腕を回し・・・・・・。

「メリークリスマス、ガウリイ」

キス。

「メリークリスマス、リナ」

お返しのキス。




恋人同士になったオレ達は寄り添ってやどりぎの下で何度もキスを交わし、

静かに聖夜を祝ったのだった・・・。










おまけ


「なぁー、やっぱりその、これって・・・」

「何か文句ある?」

「せっかく晴れて恋人同士になったのに、何でオレだけソファーで寝なきゃ
ならないんだ!?」

「あったり前でしょ!! いくらなんでも告白してそのままなし崩しに・・・
なんて、嫌ですからねっ!!」

「まぁ、一部屋を予約するだけでもリナにしちゃ上出来か・・・」

「そうよっ!! だから大人しくそこで寝るっ!!」

「・・・了解。 そうだリナ、聞きたい事があるんだが?」

「なによ」

「そっちに行っていいか?」

「こっちに来なきゃ聞けない事なの?」

「ああ」

そのままベッドに近づいたオレは、おもむろに布団を剥いで
「そんな広いベッドに一人じゃ寒くないかな? とか思ってな♪」
無理やりリナの横に滑り込んだ。

「ガ、ガウリイっ!! 」

慌てるリナをぎゅっと抱きしめて
「何もしないから、一緒に寝ようぜ〜っ。
二人の方が暖かいし、寝るまでこのまましゃべれるしな」
リナの耳元で囁いた。

「・・・おしゃべりだけだからね。もしなんかしたら・・・」

「嫌われたくないから、自重します」

今日の所は、だけどな。

「な、なら、今日だけよっ!!」

「サンキュー、リナ」

二人の体温であっという間にぬくもった布団の中。

穏やかな時間が流れ、そのまま二人で夢の世界に・・・。