ここのところ毎日、あたしは同じ夢を見る。



いつもいつも嫌になるくらい同一の夢。

あたしはどこか知らない建物の屋上で誰かと親しく話している。

眼下に広がる遊園地が夕日の赤に照らされる頃、
あたしはその人とゴンドラに乗り込み地上に降りる。

フレームを黄金色に装飾されたゴンドラに天井はなく、
空は橙から赤、そして紫へと美しく染まっていく。

ほどなくゴンドラは地上につき、あたしたちは手を繋いで外に出る。

しかしそこは遊園地などではなく、荒れ果てた庭園と、
崩れかけたレンガ造りの塔があるだけ。

無性にそこに近づいてはいけない気がして、その場を離れようとする
あたしの手を引いて、その誰かはぐるりと塔の向こう側に回りこむ。

すると、そちら側の壁の一部が崩れて穴が開いていて。

……暗がりの中から、見えるのだ。

あたしの手を引く人と同じ顔を持つ、血にまみれた無残な死体が。



急に辺りが暗くなり、元々暗かった塔の内部が見えなくなる。

その人はまだあたしの手を掴んでいる。

どう考えても異常な状態なのに、その人は何も語らず動こうともしない。

これ以上一秒だってその場にいたくないあたしは、その手を振り払い
独りで逃げるのだ。

さっき乗ったゴンドラに乗り込み、上昇ボタンに拳を叩きつけて
扉よ早く閉まれ早く閉まれと念じ続ける。

ようやく動き出したゴンドラはしかし、元いた屋上にたどり着かずに
だだっぴろい部屋へとその扉を開くのだ。

ゴンドラから転がるように飛び出したあたしを待っているのは……



********



「ったく。 こうも毎回変な夢を見せられちゃ、
安眠妨害もいいところだわ!」

掲げた松明の炎が照らし出したのは、夢と寸分違わぬ場所。

荒れ果てた庭園の奥でひっそりと崩れつつあるレンガの塔。

しかしそこにはゴンドラも遊園地もないし、今は夕暮れ時でもない。

草木も眠る丑三つ時。

普段ならベッドで寝てるか盗賊をシバキ倒しに出かけている時間帯だ。

「……リナ。 ここ、なんか嫌な雰囲気がする」

警戒を促すガウリイの手は、既に斬妖剣の柄にかかっている。

彼には何の事前情報も与えてはいない、なのにそう言うということは。

「完全に、決まりね」

あたしは松明を地面に突き刺し、新たにライティングで生み出した
光球を塔の中に放り込んだ。

「うっ!」

「……これは」

白い光に煌々と照らされそこに在ったのは、誰かの死体ではなく。

「なんでこんなとこにこんなもんがあるんだ!?」

ガウリイが驚くのも無理はない。

煌々と照らされた塔の中には、人と同じサイズの人形達が
幾つも積み重ねられ放置されていたのだから。

作られた当時は真っ白だったろう表面は経年劣化したためか、
飴色に変色し、埃まみれになっており。

やや奥の球体間接人形には滑らかな動きを実現する為に
考案された筈の関節部分を意図的に破壊された痕跡がみえる。

折られた手足が、外された関節から垂れ下がる布らしき細いものが、
虚しく瓦礫の上に散らばり、辛うじて原形を止めている頭部には
頭髪はなく、眼球の外れた空ろな眼窩の奥にも深い闇が凝って、
見るからに禍々しい気配を放っている。

「悪夢の源がこれってのは・・・ちょっと弱い気がするけど」

慎重に、一歩を踏み出し壊れた人形達に近づく。

ゴーストの気配は感じないけど…先手必勝。

「エルメキア・ランス!!」

あたしの生み出した光の槍は夜気を切り裂き、
まっすぐに人形に向かって進み…着弾寸前に霧散した!

「リナ、下がれ!!」

即座に反応したガウリイが前に出て縦横に剣を振るう!!

あたしには視認できなかったけど、確かにガウリイの剣が
何か硬いものを弾いた音が辺りに響き。

次の瞬間、ガウリイがあたしを庇うように覆いかぶさってきた!!

「なに!?」

「あいつら、生きてやがる!」

「生きてる? ゴーストじゃなくて!?」

身を起こし、塔から距離を取って体勢を立て直す。

あたしの問いにガウリイは小さく頷くと、中段に剣を構えて
塔の奥に何がいるのかを探ろうとしているようだが…

「どいて!! 一気にカタをつけるわ!!」

最高速で呪文を完成させ、人形のある付近目掛けて放ったのは
ブラム・ブレイザー。

これなら物体精神体問わずにダメージを与えられる!!



ごがっ!! どがしゃああああああ!!!!!!



空気を震わす破壊音と同時に、あっさり崩れるレンガの塔。

もうもうと立つ土煙に顔をしかめ、しかし警戒態勢は解かぬまましばし。

「……もう、大丈夫そうだな」

ガウリイが剣を納めたのを合図に、ようやくあたしも肩の力を抜いて
改めて塔の残骸に目を向けた。

元々脆くなっていたからか、たったの一撃で原形を止めず
瓦礫の山と化した悪夢の塔。

この分なら内部にあった人形達も木っ端微塵になったに違いない。

「ん、じゃあ帰りましょうか。 …付き合わせて悪かったわね」

ガウリイの返事を待たずに踵を返して、元来た道へと踏み出した
あたしの手首を、しっかりと掴むものがあった。

「帰ったらなんか食おーぜ。 オレ、腹減っちまった」

ザクザクと雑草を踏みしめて、ガウリイがあたしを追い越していく。



ガウリイでないのなら、これはいったい!?

「……………」

叫ぼうとして……声が、出ない。

唇も、身体も指先すらも動かせない。

前を歩くガウリイはどういうわけか異変に気づかぬままで
あたし達の距離はどんどん広がっていく。



夜目に明るい金色が遠ざかって見えなくなり、
何者かにつかまれている手首が痛みを感じ出す頃。

あたしの意思とは無関係に、足が、動き始めた。

再び踵を返し、そして前へ。

崩れた塔に向かって、まっすぐに規則正しく。

あたしを捕らえているものの正体を確認したくても、
俯く事も視線を下げる事も出来なくて
見たくもない瓦礫を無理やり見せられたまま瓦礫の傍まで
歩かされ、立ち止まった場所に。

何かが、いた。



だ・・・れ?

最初は気配だけだったものが徐々に実体を獲得していく様は
悪夢そのもの。

瓦礫の下から砕けた人形の欠片が、ガラスの眼球が、
爪が手指が大腿部が。

中空に浮かび、寄り集まって人の形を成していく。

黒い短髪とがっしりとした体躯。

背はあたしより少しだけ高く、口元には無精ひげがちらほら見える。

身なりこそ普通の村人が着るようなシャツとズボンだが、
腰に下げた皮鞄の中からは鋭い銀色の刃が覗き
利き手なのか、右手にだけ分厚い皮手袋を嵌めている。

『ずっと、まっていたんだ。 リナ=インバース』

抑揚のない、きしむような声は低く、緩やかな動きで
あたしを招く手の動きはカクカクとぎこちない。

『さ、あ、こっちにおいで。 何にも、こわいことなんかありはしないよ』

やはり、ゴーストだろうか。

あたしの事を知っている口ぶりだけど……あたしは
こいつの事なんて知らない。

思い出せないだけなのか、それとも会った事がないのか。

どちらにせよ、よほど強い未練を残して逝ったのか。

人形をヨリシロとして憑依し、操り、生者を惑わす力は
ガウリイの感覚をも鈍らせたらしい。

かなり厄介な相手であることだけは間違いない。

『きみは…何年経ってもかわらないね』

過去に遭遇しているってことか。

『それに、その眼。 強く…輝く生命力にあふれた、夕焼けの瞳。
どんなガラスにも宝石にもその輝きは出せやしない。
……幾度君の瞳を再現しようとした事か。
けどね、結局出来たのはろくでもない紛い物ばかりでね。
こうして未練ばかりが残って、とうとうこんなになってしまったんだよ』

語るにつれ、滑らかになっていく声に聞き覚えはない。

だが、話から彼があたしに対して特別な感情を抱いたまま
死んだということは判った。

『…そうだ、君が望むなら姿も変えよう。
ボクはこの姿である必要性をこれっぽっちも感じちゃいない。
君さえ隣に居てくれるなら、それだけでボクの魂は幸福でいっぱいになる。
リナ=インバース。
声も姿も何もかも、総てを君の望みのままに……』


己が妄執に溺れ、うっとりと囁く男は
ヒビ割れた紛い物の両腕を伸ばして近づいてくる。

逃げようとしても身体は言う事を聞かず、声を奪われては
呪文を唱える事も出来ず。

男の両手があたしの首にかかり、じわじわと指を食い込ませてくる。

抗えぬまま徐々に気道を圧迫されて息苦しくなってくるが、
抵抗らしい抵抗もできやしない。

……あたしはこんな奴の手にかかって死ぬのだろうか。

視界が眩んで色彩を失っていく。

こんなあっけない結末なんて、望まない。

まだまだ、あたしはこんなところでくたばっちゃいられないのに!!

呼吸が、出来ない。

頭の奥がガンガン痛んで火花が散り、ごうっ・・・という唸りがうるさく響く。



…ぃ。
…ぅ…ぃ。
ぅ、…なに、やって…の…っ!!

怒りと苦痛と酸素不足で吹っ飛びそうになる意識の中、
弾けた怒声は声にならず行き所を求めて身体中を駆け巡り。

爆発的に増幅した負の感情が心臓の辺りから飛び出して、
まっすぐに目の前の敵めがけて突進した。

瞬間、二つの気配が飛び散った気がした。

『……どうして、だ』

呆然とした声が聞こえたのと同時に喉の圧迫感が失せ、
支えを失ったあたしはそのまま地面にぶっ倒れ。

勢い良く背中を地面に打ちつけた衝撃で、身体は反射的に喉を開く。

極度の酸欠からの脱出劇はしかし、あえぎと痙攣をあたしにもたらし、
落ち着きを取り戻すまで少し時間が必要だったが。

攻撃の手が止まって数分。

霞がかったような頭を振って立ち上がると、足元には
糸の切れた 人形 だったもの が転がっていた。


**********


……眼が覚めたのは、ゆらゆらと揺れる場所。

「リナ!!」

夜の森の中、あたしを抱えて走るガウリイの腕の中だった。

「もうすぐ町に着く」

大丈夫だと、あたしを安心させるようなガウリイの声掛けに
頷きだけをかえした。

今は夜? それとも朝? 今は現実? それとも夢?

……どっちでも大丈夫だ。

ガウリイがいれば、もう、大丈夫。

嗅ぎなれた匂いのする上着に縋りついて運ばれているうちに
途切れて落ちた眠りの底で、再びあたしは、あの男と出会った。

ちゃんと人の形を保ってはいたが、どこか吹っ切れたような表情を
しているのは彼の魂が浄化寸前だからだろうか。

「……僕はね、君を一目見た瞬間恋に落ちてしまったんだ。
だけど、君は旅人で、僕はしがない半人前の人形職人。
……君は無断でなんだと怒るかもしれないけれどね。
恋慕のあまり、作ってしまったんだ。
君を模した人形を」

夢の中で彼は語った。

かつてゴーレムのモデルになったあたしを見かけて、恋したこと。

もう一度会いたいと願いながら作り続けた人形を、
仕事をおろそかにするなと破壊されたこと。

それに逆上し、気がついた時には師匠を手にかけていたこと。

何もかも捨てて、村から逃げ出したこと。

人を殺してしまった自分にはもはや居場所はない。
そう考えた男は各地をさまよい、そして。

誰からも忘れられた塔を、見つけた。

彼はそこで暮らしながらあたしに似せた人形を作り続け、
時には道に迷った人間を狩り持ち物を奪い、外の世界の話を聞いては
もう一度、一目あたしに会いたいと願い続け。

ふとしたことから病を得て、あっけなく死んだ。

孤独な男が事切れる寸前、どこからともなく声が聞こえたそうだ。

『お前の願いをかなえてやろう』という、暗い声が。

それが魔族のものだったのか、悪霊のものだったのか
今となっては判りはしない。

それの力を借りて男は自らと同じ形の人形を作り上げ、
あの塔に潜んであたしを呼び続けていたのだと、男は結んだ。


僕はね、君を連れて行きたかったわけじゃない。
本当に一目、君と会って、言葉を交わしたかっただけなんだ。

照れ臭そうに笑うと、男は踵を返して
光満ちる方へと歩いていった。

ごめん、それから、会えて嬉しかった。

なんて切ない言葉だろう。

思いが叶った瞬間が別れの時になるなんて。






目覚めた時、真っ先に視界に飛び込んできたのは
青空の色した綺麗な瞳と安堵の表情。

「おはよう、リナ」

「……うん」

両腕を上げて、あたしの顔を覗き込む人の頬を両手で
しっかりと挟んで、笑ってみた。

これ以上痛む喉を使う気にはなれなかったのもあるけれど、
唐突に気がついてしまったのだ。

広い部屋と、高い天井。
そして穏やかさに満ちた部屋が指し示す暗示。

あたしを待っていたのは、今、あたしが捕まえている人物だと。



悪夢の明けたその先にあったのは、黄金色の希望だった。