花祭りの夜





花祭りの夕方、あたしとガウリイはふらりと街路沿いに植えられた
桜並木の見物にやってきていた。

宿屋のおばちゃんがいうには、少し先に広い公園があって、
そっちだと夜店やら軽食の店が沢山出ているらしい。

しかしそちらに足を向けなかったのは、花を見るよりドンチャン騒ぎがしたい
連中ばかりが集まっていて、心行くまで花を見るゆとりも、
夜桜見物の風情もあったもんじゃないという忠告を聞いたからだ。

なるほど、こっちには座ったり敷物を敷くスペースなんかはなくて、人々は
のんびりと上を向いて歩きながらライティングの明かりに照らされ
浮かび上がった薄紅色の花々を眺めていた。


大人が三人も横に広がればいっぱいになるような狭い道は、土塊やら
木々の根っこやらで盛り上がり、あるいは窪んで歩きにくかったりもするけれど、
素面であるならさほど問題にはならない。

実際隣を歩いているガウリイなんかは、よっぽど満開の桜が気に入ったのか、
子供みたいに目をキラキラ輝かせてはしゃいでいる。

「なぁなぁ、桜ってのは葉がないんだな!」

「葉っぱは花が散ったあとに出てくるのよ」

どうもガウリイは桜を見たのが初めてらしく、質問までもが子供じみてる。
こんなに綺麗なんだからもうちょっと静かに花を愛でたいと思ってしまうのは
乙女心ってやつだろうか。

「そういやオレ、一回だけ桜餅ってのを食ったことがあるんだぜ。
ピンクの米に茶色っぽい葉っぱが貼りついてて、そいつを剥がすのが
すっげー面倒だったんだ。こーんなにちっちゃくて銅貨10枚だぜ?」

口ぶりこそ不満げだったけど、もう一度食べたいって顔でガウリイが言い。

「あのね、それは剥がさないで食べるものなの! あれは葉を塩漬けにして
ちゃーんと食べられるようにしてあるんだから」

彼の間違いを訂正しつつ、昼間露店で見かけたから明日にでも買えばいいかな、
とか、あたしまで味を思い出してちょっぴりお腹が空いてきちゃった。

「なぁ」

「ねぇ」

声を掛けたのは同時。

「なんだ?」

「なによ」

問い返したのも同時で、こうなってくるとお互い考えてることまで
一緒なんじゃないかと思えてくる。

「せーの、で、言ってみない?」

「おう!」



あたしたちは 桜並木のはずれで立ち止まって。

顔を見合わせて、口を開いた。



「「美味しいものでも食べに」」

行かない?と行かないか、の差はあれど、思いは同じ『花より団子』

さっきまでで充分風情は楽しんだし、軽く歩いたお陰でお腹も空いた。
なによりお祭騒ぎは嫌いじゃないし。
まだまだ保護者だと言い張る奴をボディーガード代わりにして、夜通し賑やかに騒ごうか。

「行くわよ、ガウリイ!」

公園へと駆け出そうとしたあたしの手を、いきなりガウリイが捕まえて、
そのまま彼の方へと引っ張られた。

「リナ、ちょっと」

ほえ? なんかあった? 聞こうとして、止めた。

でっかい手がわしわしあたしの頭を乱暴に撫でるたびに、
ひらひらはらはら舞い落ちる花びら達。

「こんなに積もらせちまって。ほら、もうちょいじっとしてろよ?
しかし…綺麗だよな、桜ってのは。パッと咲いたと思ったら雪みたいに散ってって、
なんだかこう・・・もうちょっとだけ咲いててくれって思っちまう」

しみじみとガウリイが天を仰いで、あたしも釣られて一緒の景色を眺めてみた。

藍色の空を覆い尽くさんばかりの薄紅色が、雲のように、雪のように
ふわりひらりと風に揺れて、舞い。急に吹いた風に髪を乱されて目をやった隣には、
花を背に、シャンと背筋の伸びたガウリイの立ち姿。

靡く金髪と穏やかな横顔が鮮やかに景色に溶け込んで、悔しいけどとても絵になる。



黙ってたら、ほんとに王子様みたいなのにね。

中身を知ってるあたしだからこんな風に思うけど、シルフィールあたりなら
今頃キャーキャー騒いでいるに違いない。

「ん? なんかついてるか?」

声をかけられて我に変えると、ガウリイがきょとんとした顔であたしを見つめていた。

「ううん、なんにも」

慌てて笑ったあたしに、ガウリイもそっかと笑って、繋いだままの手をそっと組み替えた。
「ちょっ!」

「いいだろ、たまには」

声を潜めた囁きは、さっきまでとは違う、夜の気配を纏っていて。

指と指を絡めて繋いだ手に、いきなりガウリイの唇が押し当てられる。

「エスコートしてやるよ、リナ」

だから、遅くならないうちに帰ろうな、なんてあんたそんなのどこで覚えてくんのよ!?
そんなあたしに断りもなく、男臭さを前面に出してくるなんて反則よ!! 

いきなりの恋人扱いに胸が高鳴って言葉を失ったあたしの顔に、唇に。
散る花のようにふんわりと、優しいくらげ王子の口付けが降ってきた。