皐月色の決闘





桜が散り、ツツジの蕾が膨らみ始めた公園のベンチで今日もあたしは本を読む。

頭上には藤の蔓が生い茂り、日除けの代わりをしてくれているし、
傍らでは愛モルのガウリイが籠の中でまったりお昼寝中。

普通のモルは環境が変わると落ち着きをなくす子が多いんだけど、
ガウリイはどうもモルモットの範疇を越えるほど物事に頓着しないというか・・・
もるんぽ(モルモットのお散歩)こそしないが、こうやって
あたしと出かけるのがすごく好きらしい。

一度、物は試しと外に連れ出してからというもの、あたしが出かける支度を始めると、
玄関に置いてある専用バスケットの前で『連れてけー!』のアピール鳴きを
するようになっちゃったのだ。

以来、この公園に来る時は、本とガウリイは必需品になっている。

置いていくと、あとでいじけてケージから出てこなくなっちゃうもんだから、まったく。
ガウリイはどこまでもモルモットらしくないモルモットである。



そよそよと吹く風が髪を揺らし、本のページがハラリと捲れた。

ちょうど一区切りついたことだしと、栞を挟んで本を閉じ。

今日のお昼は何がいいかと考えた時。

突然、公園の入り口から小さな物体が飛び込んできた。



弾丸のようなそれは二つ。

小さめの茶色い塊と、大き目の黒い塊。

それは追いつ追われつ、時に重なり時に弾きあいながらみるみるこちらに向かってくる。

「なに、あれ・・・?」

よくよく目を凝らしてみれば、黒い方が猫なのは判った。

なら、茶色いのはネズミか何かだろうか。

それにしては動きが立体的で敏捷すぎるし・・・と眺めていると。

しゅたっ!!

いきなり、茶色い塊が跳ねて、あたしに向かって飛びかかってきた!!

「きゃあ!!」

とっさにガウリイのバスケットに覆い被さって衝撃に備える。

自分だけならスリッパで打ち返すなり避けるなりするけど、今はガウリイを守らなきゃ!! 

ギュッと目をつぶったあたしの背中に、トンっ!!と、予想していたより
軽い衝撃が来て、次いでドスッ!!という、鋭い痛みを伴う衝撃が来た。

「ぢぢぢぢぢっっっ!!!!!」

「ふしゃああぁぁぁ!!!!!」

数瞬後、頭上からものすごい声が聞こえて、同時にガサガサばさばさと、
雪のように新緑の葉が舞い落ちてくる。

「なによこれ、なんなのよ、いったい!」

唖然として、つい口をついて出た疑問。

「すみません、うちのユミコとらぐぢすが」
その答えを知る人物が、いつの間にかあたしの後ろに立っていた。

「誰っ!?」

慌てて振り返ると、そこにはチャーミングな笑みを浮かべ、
大きな封筒を抱えた女性が一人、おっとりと佇んでいた。

「「ユミコ」と「らぐぢす?」 じゃあ『あれ』あなたのペットかなにかなの!?」

騒ぎに向けた指先を掠めて、無残に千切れた藤の葉っぱが地面に落ちる。

「ええ、あの子達ったら普段は仲がいいんですけど、一旦じゃれあい始めると
とことんエスカレートするというか、ムキになりすぎるというか」

ころころと朗らかに笑ってみせた女性は、ゆっくりとした手つきで
封筒の中から何かを取り出して言った。

「いい加減にしないとこれ、ゴミ箱に捨てちゃうからね!」


彼女の呼び掛けが終わる前に、しゅたたた!!と着地する影二つ。

小さいのと大きい毛玉が彼女の足元に蹲って項垂れていた。

「ユミコ!」

ピクッと顔を上げたのは黒い猫。

いや、よくよく見れば尻尾の付け根の辺りに一箇所、白い模様が入っていた。
小さなハート柄は生まれもったものっぽい。

「らぐぢす!」

きゅ? と一声鳴いて顔を上げたのは茶色・・・いや、栗色縞模様の栗鼠。

太いふわふわ尻尾が左右に揺れて、愛らしいったら。
手に持ったどんぐりが傷だらけなのはもしかして・・・武器?



「私のこと、好き?」

二匹と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ飼い主さんは、穏やかな声で話しかける。

「じゃれあうのはけっこうだけど、他所様にご迷惑をかけちゃダメよ?」
「ついでにいうけど、飼い主にも迷惑をかけちゃダメなのよ?」

叱られてしゅんと項垂れる二匹はまるで、人語を理解しているかのようで、
ちょっぴり微笑ましくもあったがそれはそれ、これはこれ。

「あたし、その子達に蹴飛ばされて踏み台にされちゃったんですけど?
んで、たぶん背中に穴開いてるっぽいんですけど」

ちくちくと痛む背中はたぶん、ユミコの爪痕が残っている筈。

「治療費と慰謝料・・・とまでは言わないけど、
なにかお詫びの一つもあってしかるべきじゃない?」

幸いガウリイは無事だったけど、このままってわけには行かせられない。






数十分後。

あたしの手の中には紙が一枚。

そこには綺麗に彩色を施されたあたしと、あたしをモルモット風にデフォルメしたのと、
ガウリイと擬人化されたガウリイがそれぞれ寄り添って描かれていた。

お詫びの印にと、目の前で彼女が描きあげたこの一枚は、のちにとんでもない
レア作品としてコレクター垂涎の品となるわけだが、今のあたしはそんなこと知る由もなく。

「すからさん、っていうのか」

皺にならないよう大事に紙を巻いて、ガウリイのバスケットを手に家路に向かう。

あの人、苦労するわね〜と、心底同情しながら。

栗鼠を頭に猫を肩に乗っけながらヨロヨロと、迎えの青い車に乗り込んでった
後ろ姿を思い出してちょっと笑ってしまった。

彼らはきっと、これからもずっとあんな感じなんだろうって。




あの騒ぎの中でもパニックにならなかったガウリイの肝の太さに驚いた事も、
ここに追記しておく。

家についてから『大丈夫か?』と言うみたいにほっぺすりすりしてくれたことも、ねv