一振りの短剣を胸に抱き、少女は今、旅立つ。

……なんて始まりはいかにも『らしい』出だしだけれど、実際そんないいものじゃない。

種々の事情から一人孤独な旅に出ざるをえなくなった女の子が唯一の拠り所とするもの、
それが冷たく鋭い凶器だなんて、この世の中の殺伐っぷりを如実に表すようだ。

まぁなんだかんだと騒いだところで、世界にはいろんな人間がいて、少女だろうが
老女だろうが中年だろうが美人だろうが普通だろうが残念な顔立ちだろうが
そんなものなんの関係もなく状況と時の運次第で幸運にぶつかる事もあるだろうし、
なんとなく流れに乗っかっていたら有無を言わさず鉄火場に放り込まれてた。
なんて場合もあるだろう。

いざそうなった時に前向きに事態に対処できるかどうか、無事に目的地に
たどり着けるかどうかもその人の経験地と運と実力が物を言う。

もちろん恐ろしいほどの偶然が作用して実力が無くても目的地にたどり着ける
かもしれないし、一人旅を達成する実力はあっても精神面が脆くて
孤独に耐えられなかったり運悪く盗賊の一団に出くわし命を落とすかもしれない。

人は裏切るけど、物は持ち主を裏切らない。
などというやつはまぁ、モグリだと思う。

物言わぬ道具だって持ち主の予想に反していきなり壊れたり無くなったりとまぁ、
頼りにしているものに限ってここ一番ってところで裏切ったりするものなのである。

あなたにも身に覚えは無いだろうか。
大切な書類を書き上げようとペンを取ったらインク切れ。とか、
急ぎの用事で馬車を出したら車輪の具合が悪くて使えなかったとか。

逆に困っていたら誰かに助けてもらえたってこともあるだろう。
結局何がどう転んでどうなるかなんて、誰にもわからないことなのである。

「なぁ、ならなんでお前さんは旅に出たんだ? 
いくらねーちゃんに言われたからって…」

「ねーちゃんの命令は絶対なのよぉぉぉ!!!!!」

魂の叫びでガウリイの疑問符を打ち消して、驚き顔のまま固まってるガウリイに
毎度おなじみリナちん愛用スリッパで雷光の突っ込みをお見舞いする。

予定調和的に頭を抱えてしゃがみ込み、いかにも痛そうな素振りをしてみせる
相棒の背中を見下ろしながら、ふと腰に下げた短剣に手を伸ばした。

あたしも一人、故郷を離れ一振りの短剣を携え旅に出た。
今ここにあるものは当時と同じものではないけれど、僅かな期間だが最初の剣も
確かにあたしの役に立ってくれたはず。
これが何本目なのかも判らなくなってしまうほどに、このか弱くも鋭い凶器は
いつでも傍らにあり、あたしを護ってくれた。

魔法だけでは、あたしはここまで来れなかっただろうか。
一瞬そんなことを考えて、今更試す術もないことと切り捨てる。

こういうのを単なる感傷というのだろう。

彼の携えている剣とは違う、取替えがきく品だけど有ると無いとでは大違いだし、
毎回選ぶ時には細心の注意を払っている。
もちろん手入れの程はいうまでもないが。

所詮は道具。

唯一無二というほどの思い入れもなければ、逆にそんなものを
持ってはいけない品だからこそ、いざというとき躊躇なくもっとも効果的な使い方ができる。

あたしにとっての短剣とはそういうもんである。

一流の戦士である自信はあっても剣士とは言いがたいしね。



皮製の鞘に触れれば掌に感じるしっとりとした触れ心地。

馴染んだ感触に目を細めて前を向けば、相変わらずしゃがみ込んだまま
涙目でこっちを見ている唯一無二の『護り刀』

こいつだけはどこにも代わりなんていないんだもんね。





少女は使い慣れた鞘と一人の剣士と、彼の携えた一振りの長剣と共に旅を続け。
長く短い生涯を終えるその瞬間まで、鞘と長剣は彼女の傍にあり続けた。