リナ=インバース的バレンタインデー





2月14日はバレンタインデー。
女の子が好きな男の子にチョコレートを贈って愛の告白とする日。
いつ誰がこんな日を決めたのかは知らないけど、けっこう世間一般に
普及してるあたり、需要は多いようだ。
ま、あたしには関係ないけど。


雑踏の中、あたしは一人で露店の商品を物色していた。

この街で週に一度開かれる市は、近隣一番の賑やかさらしく、周りを
見渡しても人・人・人の海。

後はお店のテントや呼び込みのおっちゃん、おばちゃん。
隅っこの方には買ったばかりの食物をパクつくカップルとか親子連れ。

かく言うあたしも熱々焼きたてのタコボールを摘みながらのウインドー
ショッピングの真っ最中なのだが。
しかし、こうも店の数が多くてはお目当ての商品がなかなか見つからなくて
困るわね・・・。

ちなみにいつもいっしょの自称保護者様は、珍しくも体調が悪いとか言って
今日は宿から出る気がないらしい。

「リナ〜、オレがいないからって無茶するなよな〜」などと、失礼な事を
抜かす奴は放って置いて・・・っと。

まぁ、帰りになんか消化の良さそうな物でも買って帰るか。

あれでも一応大事な相棒なんだし。
そういえば甘い物が食べたいっても言ってたっけか。
美味しそうな果物なんかいいかもしんない。

横目でチラリと、露店に並べられたリンゴの値段をチェック。
どうせなら自分の分も買って帰って二人で食べようっと。
なら、値段が手ごろでいい品を置いてる
お店は覚えておかなくちゃね。

 綺麗に磨かれたクリスタル、大小揃いの剣に手甲、各種サイズ取り揃えの
婦人服に土産物のお面、植木、薬草乾物、野菜に
果物子供のおもちゃにペット用の小鳥まで。

「本当にいろんなお店があるわね・・・」

あまりにもたくさんの店がありすぎて一軒一軒じっくりと見物できる状況では
なかったので、レビテーションで少しだけ身体を浮かせていつもより高くした目線で
お店を覗く。覗いてはいるんだけど・・・。

 あたしはなかなか第一目標の店を見つけられないでいた。
「確かアメリアはこの辺りだって言ってたけど・・・」
 実は、先日訪れた町の魔道士協会で、あたしは彼女から手紙を受け取っていた。   



『リナさん、お元気ですか?まぁ、リナさんが元気じゃない状況なんて
想像できませんけど、私も変わらず元気です。

 王宮に戻ってからというもの公務に忙しく、なかなかセイルーンの外に出る事も
 できません。以前のように旅をしたいなぁ・・・なんて、
つい考えてしまいますが、現実は厳しいです。

 でも、いつかまた外を旅しながら正義を行うために、体力トレーニングは
毎日欠かしていません♪ 
父さんも「それは良い事だ」って時間がある時には私に付き合ってくれますし。
 そうそう、先日新しい必殺技を開発しましたので、ぜひリナさんにも見ていただき
 たいです。今回のは決めポーズがすっごく格好いいんですよ♪

 さて、いよいよ本題に入りますが、リナさんがこの手紙を読んでいるという事は、
 現在コプラシティ付近にいらっしゃるという事ですね?

 ・・・実は、リナさんにどうしても頼みたい事があるんです。
 今リナさんがいるコプラシティから西に行った所にルフォートという町があります。
 そこで月に一度、露店市が立つんですけど、其処でしか手に入らない美味しい
 お菓子があるんです。
 毎年そのお店で予約をして使いの者を遣るんですが、今年はアクシデントが
 ありまして、うちから人を出していたら期日に間にあわないんです。
 で、代わりにリナさんに代金の支払いと受け取りをお願いしたいんですが、
 ダメでしょうか?

 もちろん依頼料は払いますから私の分と、父さんの分を一つ、合計二つを送って
 いただきたいんです。
 送料と手数料、合わせて金貨5枚出しますから。
 リナさんっ!!どうかどうかよろしくお願いしますっ!!

 ☆ アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン ☆ 

                  追信、ガウリイさんにもよろしくお伝え下さいね♪』               

                    

一国の皇女様であるアメリアがここまで食べたいと思うお菓子とは何ぞや?
しかもあたしが絶対にこの町に足を向けるとは限らないのにわざわざ手紙を書いて
協会に預けるなんて、すごく興味をそそられるっ!!

しかし、アメリアはよっぽど焦っていたのだろうか。そのお菓子が何なのか、
その種類も店の名前も書き忘れていた。
実はこのまま手紙を受け取らなかったことにもできたんだろうけど、他でもない
アメリアからの依頼でもあるし、正直それほどまでに彼女がこだわるお菓子に
興味をそそられた事もあり。

 ・・・結局高いお金を払い協会のメッセージサービスを使って、王宮のアメリアに
直接取り次いでもらった。








 ヴィジョンルームの壁に映し出されたアメリアはちゃんとお姫様の格好をしていて、
あたし達と旅をしていた頃よりも髪が伸びたみたい・・・って、その前に。

 「アメリア〜っ!! あんた、なんで手紙に店の名前とか何にも書いてないのよ!
 ここのヴィジョンルームの使用料金、あんたに請求書回すからねっ!!」

 「リ、リナさん。久しぶりに会った第一声がそれですか・・・(涙)。」

 「とにかくこれは正式な依頼として扱うから、友人価格で依頼料奮発してよね♪」

 「リナさ〜ん(さめざめ)・・・」
とか何とか心温まる会話を交わし、久々の再会に
感激の余り涙を流すアメリアから、店の名前と大体の場所を聞き出した。

 「じゃ、12日までにここの協会に品物を届ければいいのね?」

 「はい、後はこちらから人を遣りますから」

 「その時に依頼料の方、よろしくね〜♪」と、無事交渉は成立。ンで現在に至る。





 後はそれを手に入れて発送するだけなのだが、緑色のテントで店の名前が
『メルティー』って、見つかんないわね・・・っと。

 「あった・・・」

よほど注意していないと見過ごしそうなその店は、他の露店の半分もない位幅で
申し訳程度に布を張って日除けにしている小さな小さなお店だった。

やや暗い濃緑色のテントにクリーム色の刺繍で小さく書かれた『メルティー』の文字。
ただブラブラと店を冷やかしていただけだったら、絶対に普通の民家だと思うだろう。

形態からしてそのお店は他所から来て出店する露店ではなく、市の立つ時だけ
家の前にささやかなテントを張って商売しているらしい。

 今は休憩時間なのか、店番もいないし商品も並んでいないし・・・。

 まさか、もう営業終わっちゃったんじゃないでしょうね!?

 慌てて閉まっている木の扉をノックしながら「すいませ〜ん」と声を掛けて見たのだが
返答はナシ。しかし中から人の気配がするのであたしは諦めずにノックを続けた。

 すると中から「今、手が離せないのでしばらく待ってて下さいな」と、返事があった。

 いるのならさっさと返事位しなさいよ、とか思いながらも大人しく待つこと暫し。

 扉の奥から出てきたのはまだ若い女の人。
白衣を着てコック帽をかぶっているという事は、彼女が・・・?

「お待たせいたしました。いらっしゃいませ、何を差し上げましょう?」
微笑む姿は客商売に慣れた笑みで。

 「え〜と、ここでとっても美味しいお菓子が買えるって聞いてきたんですけど・・・」

外に何も出してないって、まさかもう売り切れって言うんじゃないでしょうね!?

頭をよぎった不安が顔に出ていたのだろうか。
白衣の女性は穏やかな声で「とにかく中へどうぞ・・・」と微笑んだ。





中に通されてすぐの部屋に、小さなテーブルと椅子が二つ置かれていた。
更に奥の部屋からはかなり甘い香りが漂ってくる。どうやら奥に工房があるようだ。

「あの、お尋ねいたしますが、ここの事はどなたにお聞きになりましたか?」
勧められて椅子に腰掛けたあたしに、白衣の彼女が問うた。

どなたにって・・・まさか、ここって一見さんお断りのお店なの!? 
アメリアったらそんな事ひとっことも言わなかったじゃないの。
って、あの娘の名前出しちゃってもいいのかな?

「その前にあなたの名前は?」
お菓子を買うだけのはずが、なんでこんなにめんどくさい事
心配しなきゃならないんだろ?

「ああ、まだ名乗っていませんでしたね。私はメルティーと申します。
この店唯一のパティシエです」
スッと会釈して「で、あなたは?」と思い切り営業スマイルで微笑んだ。

「・・・あたしはリナよ。ここの事は友人から聞いてきたの」

いきなりアメリアの名前を出しても良いのか判断に迷って、ぼかして答えてみたら。

「ご友人のお名前を仰ってくれないのでしたら、どうかこのままお帰り下さい」ときた。
予想通り、ここって噂に聞く一見さんお断りなんていう客を選びまくる店なのか・・・。
魔道具とか専門分野の特殊資材ならともかく、お菓子の店でなんて初めて聞いたわ。

「どうしてお菓子が欲しいだけなのに、誰かの紹介が必要なの?」

「それは・・・商品の特性をご存知でしたらお分かりいただけると思いますが」

「あのね、あたしは人に頼まれて買いに来ただけなのっ!!」
ムッと来て声を荒げてしまったあたしに対して、彼女の態度と来たら。

「でしたら、まずその方のお名前を仰ってくださいな。
どうしてもうちのやり方をご理解いただけないようでしたら、どうぞこのままお引取りを」と、
まるで取り付く島もない。

いつものあたしならここでキレて呪文の一つでもぶっ放してる所だったけど、
アメリアからとはいえ依頼という形を取っている以上、このまま帰るわけにも行かないし・・・。

「じゃあ、答えるけど。他言無用でお願いね。
あたしにここを紹介してくれたのは・・・セイルーンのアメリア皇女よ」

初対面の人間に一国の皇女様の名前を友人として名乗っても
すぐに信用してもらえるとは思わなかったけど。

しかし。

「ああ、アメリア様でしたか。それならそうと早く仰って下されば良かったのに」
さっきまでのおしとやかな物言いが、アメリアの名前を出した途端に気さくなものに
変わった。
パンッ、と手を叩いて微笑む。

「アメリア様のご注文分でしたら、もうできてますよ。すぐに取ってきますね」と、
席を立ち、奥に引っ込んで・・・程なく戻ってきたメルティーの手には小さな包みが二つ。

それを高級そうな紙袋に大切に収めてから
「赤いリボンのがフィリオネル様、緑のリボンがアメリア様のです」と手渡された。

「随分準備がいいのね?」

「はい、アメリア様からは毎年欠かさずご注文をいただきますから」
では、お代金を・・・と、領収書に提示された金額は。

「金貨15枚ですって!! こんな小さな包み二つで!?」
とてもじゃないけどお菓子なんかに出せる金額じゃない。さすがは王室御用達!!

「そんなに驚かれても困るんですけど・・・。 とにかくアメリア様からのご注文の品は
材料をとても厳選して、この為だけに普段使わないようなものまで揃えなきゃならないので、
どうしても高額になってしまうんですよ。
飛び込みのお客様用の物も、アメリア様用程ではないにしろ
かなり材料を厳選してますから気軽に一般の方が買うには高価すぎますし。
ですから、要らぬ混乱を避けるためにも一見さんお断りにさせてもらっているんです。
下手に店先に商品を並べたりしたら、いらっしゃるのは興味本位の
冷やかしの方ばかりになってしまいますから・・・」

実際にそう言った事があったのか、困った、という表情でメルティーは溜息を一つ。

「では、アメリア様によろしくお伝え下さいな」と、
促されて用は済んだと、腰を浮かせそうになったあたしだったが。

「ねぇ、飛び込み客用の商品があるのなら、あたしも食べてみたいんだけど」
せっかくここまで来たのに手ぶらで買えるのも何だし。

まぁ、値段はどう考えても可愛らしいものじゃないだろうけど・・・。
それでも一度は食べてみたい!!

奥から漂ってくるカカオの香りからして、この店で扱っているのは
滅多にお目にかかれない極上品だと、あたしの勘が告げていた。

なのになのに。

「すみません。今日の分はもう売切れてしまいました」って、無情な答えが返って来るとは!!
一瞬アメリアの分をつまみ食いしてやろうかとも思ったが、そうすると依頼料が入らないし。

「あ〜っ、食べらんないって判ったら余計に食べたい〜っ!!」
思わずジタバタしてしまったあたしを見て、彼女は少し考え込む素振りをしてから。

「私の質問に正直に答えて下さるのでしたら・・・お時間をいただければお作りしますけど?」と。

にっこりと微笑むメルティーの言葉に、あたしにしては珍しく。

値段を確認する事も忘れて一も二も無く飛びついてしまったのだった。





      

「・・・で、これがそのえらく高級なチョコレートか」
目の前に置かれた包みをしげしげと、物珍しげに眺めているのはガウリイだ。

「そーよ。アメリアの分は先に協会まで届けてきたし」

あの後、あたしは一度メルティーの店を辞してから呪文でコプラシティーまでひとっ飛び。

ちょうど良いタイミングで町に着いていた顔見知りの女官から代金と依頼料も受け取って、
再びルフォートまで逆戻り。
んで、先にガウリイにお土産用の果物を買ってからメルティーの店に商品を受け取りに行ったのだ。



・・・それでもさらに半刻は待たされたけど。



「しかし、珍しい事もあるもんだな。そんだけ苦労して手に入れたもんなら
『これはあたしの!!』って、味見はおろか、見せてもくれないのに、
今日に限ってオレに『食っても良い』なんてな・・・」

急にぴとっ、と、ガウリイの手があたしの額に当てられる。

「う〜ん、熱はないようだが・・・」って、真面目な顔してやらないでったら!!

「食べたくなきゃ、食べなくていいわよ。」それなら、とテーブルの上の包みを取ろうとしたら
「いや、食べたい」って、ヤケに真面目な顔をしたガウリイにサッと包みを抱え込まれてしまった。

まったく、子供じみた真似しなくても本気で取りゃしないわよ。

だいたい一緒に買ってきた果物もほとんどあんたが食べちゃったんだから、
お菓子ごときで必死にならなくってもいいじゃないの。

「すっごく高かったんだから、あたしに感謝しつつ味わって食べてよね!」

「ああ、ありがとな、リナ」
ガウリイはなんだか妙に嬉しそうに、両手で包みを持って自分の部屋に帰って行った。




パタン、とドアが閉まるのを確認してから、あたしは隠していたもう一つの包みを取り出した。

ガウリイに渡したものとは色違いのリボンをかけられた包み。

メルティーの店でつい、待ちくたびれてうたた寝しそうになっていたあたしに、
そっと彼女から手渡された包みは2つあったのだ。

「金の包みはリナさんの分、銀の包みは日頃お世話になっている方に差し上げてください」

「ちょっと、あたしは・・・」
二つも買うなんて言ってないわよ!!と、言う間もないままに。

「さ、次のお客様がいらっしゃる頃だわ。はい、お代金いただきますね」

メルティーは手早くあたしの手の中から素早く代金分の金貨をつまみ上げると、
さあさあとあたしの背中をぐぐっと扉の外に押し出して。

「美味しい物は独り占めしちゃ本当の味はわからないんですからね〜」と
笑って扉を閉めたのだった。






メルティーがこれを作る前にあたしにした質問はみっつあった。

彼女は小さなオーブに片手を乗せながら、あたしの目をまっすぐ見つめて問いかけてきた。

『あなたには、心から大切に思う人はいますか?』

『その人は、あなたの気持ちを知っていますか?』

『あなたは、想いをその人に伝える気はありますか?』

一つ目の質問は・・・イエス。

二つ目は・・・判らない。

三つ目は、ノーと答えた。



あたしはみっつ総て、嘘偽り無く答えを返した。

何故こんな事を・・・と疑問に思わなくもなかったけれど、興味本位などではなく
あくまで真面目に問いかけてきたメルティーに、どうも嘘を付く気がしなかったのだ。

あたしの答えを聞いた彼女は、しばらく黙ったままだったが。

ふいに、「リナさんはバレンタインデーというものをご存知ですか?」と言い出した。

「聞いた事はあるわ」

「明後日、今から作るチョコを贈ってみてはいかがですか? 
良いタイミングになるんじゃないですか」と、
にっこりと笑うメルティーに
「・・・残念ながら、そのつもりはこれっぽっちも無いの」と答えた。

あたしの返答を彼女がどう受け取ったのかは知らないけど。

彼女が「かなり良い出来上がりになりました」って言ったんだから、
質問の意味はともかく味の保証はあるんだろう。

別にその場で二つとも自分で食べてしまっても良かったのだけど。

な〜んとなくそうしないで宿に帰って来ちゃって、すぐに銀色の包みをガウリイに手渡した。

今日はまだ、バレンタインデーじゃないから。
だったらこのチョコをガウリイに渡しても告白にはならない筈。

だから、魔が差してしまったのか。

普段ならさっきガウリイが言った通り、美味しいものは独り占めしたいもんだけど・・・。
きっと、出がけに「甘いもんが食いたい」って言うのを聞いてたからかもしれないなぁ。

金色のリボンを解き、カサリと音を立てながら包みを開くと中には美味しそうなチョコレートが一つ。



あたしはまだ、今のままの心地よい関係を壊したくない。

ガウリイがあたしの事をどう思っているのなんて判らないけど。

この世界できっと一番大切で、気の合う仲間。相棒。旅の連れ。



まだ、そのままでもいいじゃない。



あたしの心の奥底には、確かに甘く息づく何かが棲んでいるけれど。
それはまだ言葉に出すほど確かなものだと言い切る自信が無かった。

もっと、もっと強く、甘い何かが集まり凝って綺麗な結晶になってから。

いつかその時が来たなら。

あたしは小道具なんかに頼らずに、自分の口で、言葉でガウリイに想いを伝えるから。
だから、バレンタインデーなんてあたしには関係ないんだ。



あたしは淡く洋酒の香りがするそれを、ポイッと口の中に放り込んだ。
口中の体温で少しずつ溶けていく絶妙な苦味と甘みと香り。

舌の上で極上のチョコレートの味をじっくりと楽しみながら、ふと、窓の外に目を遣った。

視線の先にいたのは。

庭先の木にもたれながら、あたしと同じ様にたった一粒の菓子を
じっくりと味わい楽しむ男が一人。

なんだ、同じタイミングで食べてたんだ。これも気が合うって奴かしらね?

そんな事を思っていたら、あたしの視線に気がついたのかガウリイがこちらを見上げてきて。

お互いの目が合って、自然に微笑を交わしたその時。

胸の奥、何かがスルリと抜け出て、何かがふんわりと満たされた感覚があたしを襲った。

一瞬で消えたその感覚を感じたのはどうやらあたしだけではなかったようで、
ガウリイも驚いた顔をしていて。

・・・ガウリイには判ったのだろうか?

それとも、判らなかった?



トクトクと脈打つ心臓の奥から抜け出たものと、満たされたものの正体を、あたしは判ってしまった。



抜け出たのは、心の奥に閉まっていたはずの「恋心」の欠片。

そしてあたしの中を満たしたのは、ただの保護者には決して持ちえない「独占欲」の欠片、だった。

恋とか愛とかいう綺麗な言葉じゃ不適当だと思われる程に強い、強い感情。

あたしだけに向けられる「自分だけを見て欲しい」という激しく熱い想いの塊だったのだ。

なんだ、あたしだけじゃなかったんだ・・・。

いまだドキドキと激しく動機を繰り返す胸を押さえながら、何故か
不思議なほど落ち着いている自分もいた。

それはきっと、今まではっきりと言葉にされなくても、無意識に感じ取っていたからかも知れない。



あたしの隣を歩く、ガウリイからの無言のメッセージを。



窓の下、一人で顔を赤らめたりそわそわしたりと
落ち着きのない奴はしばらく放っておこう。

あたしはカーテンを閉めて『明日の朝、どんな顔してやろうかな?』
なんて考えて、つい一人でクスクス笑ってしまった。




メルティーの作るお菓子が非常識なほど高額になってしまう理由。

これは推測だが、材料の中に魔道に使う薬草を混ぜ込んでいるのではないだろうか。

だから製作前にあんな質問をされたのだとわかる。

彼女の質問に『心から大切に想う人がいる』そう答えた人物には
二つに分けた菓子を手渡し食べさせる。

すると、お互いの気持ちが通じ合う作用が働くのだろう。

「アメリアったら、計ったわね」
きっと今回の事は彼女が余計な気を回したのだろう。

でなければあたしはルフォートに行く事も、メルティーの店を見つける事もなかったのだから。

そもそも何故あたし達がコプラシティーに立ち寄る事を知っていたのか、って事も気にはなるけど
彼女にはいくらでも使える情報網もある事だし。

「って事は、あの娘が用意したチョコは・・・?」

その行き先は想像がつく。 
持ち前の行動力で、きっと彼を見つけ出して、後は・・・。
ま、頑張りなさいよね。



コンコン。

びっくぅうううっ!!

急に扉をノックされて、座ったまま飛び上がるという我ながら器用な真似をしてしまった。

「誰?」

「オレだ。その・・・ちょっと、良いか?」

硬い扉の向こうから聞こえてきたのは、いつもと同じ、でも少しだけ違う相棒の声。

「・・・ちょっと待ってて」

「・・・おう」

明日まで待ちきれなかったの? 

あたしは急いで髪を整えて、すーはーと深呼吸。

「お待たせ」

あたしは飛びっきりの微笑を浮かべて、ゆっくりと。

二人を隔てていた扉を、開いた。