唐突に。

そう、それは非常に唐突に始まった。

抗いがたい苦痛をもたらすソレは、執拗にあたしの周りに纏わりついて離れない。

一個体だけならたいした事はない。

だが複数。

それも隠れ家逃げ場のある森の中では完全にあちらが優位であり、
どうしてもこちらは防戦に回らざるをえない。

わんわんと耳障りな唸りを立て霧のように形を変えて襲い来る奴らは
まるで一つの生命のようだ。

「きたぞ、リナ!!」

剣を手にガウリイが叫んだが、彼とて己が剣技の通用する相手ではないと
判っているはずなのに。

「いいかげんしつこいんだよっ!」

彼はあたしを庇うように前に立ち、柄を支点にグルグルと剣を振り回し始めた。

風が、起こった。

ガウリイの起こした風が奴らにぶち当たり霧散させる。

「今のうちに逃げるんだ、リナ!!」

振り回すのをやめ、あたしの手を取り駆け出して向かうは、少し先の草原地帯。

「だめよ、あっちだって奴らの隠れ家になりうるわ!! 早く決着をつけなきゃ!!」

「とにかく、あそこまで行けばしばらく奴らは近づけん!」

バサッ!!

飛び込んだ草原に一歩を踏み出した瞬間。
濃く、青臭く。そして清涼な香りが辺りに満ちた。

「……これ、全部ミントなの!?」

「ああ、見覚えのある葉だと思ったんだ、ラッキーだったぜ!」

バサバサと背の低い草を踏みしだきながら先を急ぐ。

確かに、一定の効果はあったようだ。
奴らは草原と森の境界付近でわだかまったまま、追ってこようとしない。

「このまま逃げたいところだけど、あいにくそうも行かないのよね」

あの森の奥にある、治療院に用があるのだ。
奴らはそこの門番みたいなものらしく、奴らを攻略しなければ
先には進ませてもらえないと聞いている。

「ガウリイ、あいつらを一つところに集められる!?」

奴らの特性は人の体温や呼気に反応して寄って来ること、
通常は集団ではなく単独行動を取るということ、
そして非常に軽く小さく、飛ぶことができる。

「……蚊取り線香とかなかったのかよ」

ガウリイがうんざり顔でぼやくのを横目に、あたしは荷物袋の中から
細身の瓶を取り出して「これ、飲んじゃって」と彼の目の前に突き出した。

「なんだこりゃ」

「見てわかんない? ポルト酒よ」

「…おい、まさか」

「そ、そのまさか。酔ったあんたがあいつらを惹き付けてるところに火炎球を一発ぶつけりゃ」

「まてまてまてっ!? じゃあオレはどうなる!?」

「……あなたの尊い犠牲は無駄にしないわ」

「勝手に人を殺そうとすんなっ!! 他の方法はないのか!?」

「そりゃあ、あるにはあるんだけど」

「あるんだな、よし、それで行こう!!」

人の返事も待たずに、片手で瓶のコルクを飛ばして一息に中身を飲み干し。

森めがけて駆け出すガウリイの背中を追いながら、
あたしは口の中でカオス=ワードを唱えていく。

短期決戦早期決着、それが一番だもんね。



「うわぁぁぁぁ!!!!!!」

やや前方、ちょうど草原を抜けた辺りで、ガウリイの悲鳴が聞こえた。

彼の上半身は既に黒い霧のようなものに覆われている。
彼の周囲以外に奴らの姿はない。

今が頃合、いっけーーーーー!!!!!!

「いたたたたたたっっっ!!!!!!」

着弾と同時に、驚くほどの跳躍力をみせてガウリイが跳んだ。

同時に彼に纏わりついていた黒い霧がぼろぼろと地に落ちる。

しばらく離れたまま状況を観察して・・・奴らが動かなくなったのを
確認してから、あたしはガウリイの元に近寄った。

「なんだったんだ、さっきのは。ひたすらチクチク痛かったぞ」

目の端に涙を浮かべながら、剥き身の腕やら顔を擦る姿には憐れを誘われるけど。

「大した怪我しなくてよかったじゃない♪」

あたしは、彼の背中をポンと叩いて微笑んで、森の奥へと足を向けたのである。








タイトル=ネタバレだったというSSS(笑)