ふと目に止まった茶色のブーツを買った。
少し高めのヒールがお気に入り。

柔らかなクリーム色のワンピースが秋風に揺れて、ふわりと風を孕む。

「ねぇ君、一人? どこ行くの」
「時間あるならどっかでお茶でも」

そこここから声が掛かるけど、そんなの全部あしらってバイバイ。

「ごめんね、用があるの」
こんな時は10枚くらい被った猫が大活躍。

ショーウィンドウに姿を写せば、それはそれは可愛らしい美少女が
微笑みを浮かべてこちらをみていた。

薔薇色の頬とくるくる大きめにカールさせた栗色の髪、
それを彩るシルクのリボンは瞳と同じ情熱の赤。

唇を彩る淡いローズピンクのグロスが清楚さを引き立てていて。

そりゃあ世の男達が惑うのも無理のないことである、うみゅっ♪



目的地を目指してゆっくりと歩く。

並ぶ露店の中からおいしそうな屋台を見つけてさっそく交渉開始…
するまえにオマケをたんまりつけてもらっちゃった。

こういう格好だとあたしの愛らしさは普段より数割増すらしい。

いつもの魔道士装束だと、平和な場所にはものものしすぎるのかもね。

隙をつくるのも時には必要、張り詰めるのも時には必要。
どっちも真理だ。

さて、今のあたしといつものあたし、あいつはどっちを好むんだろう。



「おー。誰かと思った」

待ち合わせ場所でのガウリイの第一声はこんなのだった。

目をぱちくりさせて、それから安心したように笑って、手を差し伸べてきて。

「おまたせ。 じゃ、行きましょうか」

笑って、彼の手に指先を重ねて歩き出す。

似合う?とはあえて聞かない。
さっきの反応が正直な答えだろうから。

「馬子にも衣装・・・った! 踏む事ねーだろー!」

「るさい、もちょっと気の利いたこと言えないの?」

手を離して、少し小走りで大きな背中を追い越して、
数メートル先でくるりと振り返って。

「そんなんじゃエスコートなんて任せらんないんだから!」

腰に手をやり舌を出して、憎まれ口を叩いてやると、慌てたように追いかけにきた。

「じゃあ、そうだな・・・」

手首を捕まえにきた手から逃れて、さらに数歩先に逃れてみたら
ガウリイは笑って、不意に真剣な表情で迫ってきた。

「うわきゃ!?」

あっという間に腰を攫われ、身体は宙に浮き上がる。

片腕で軽々とあたしのことを抱え上げた男は耳元に唇を寄せて。

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・あぅ」

囁かれた言の葉に、あたしの顔は紅葉よりも真っ赤に染まってしまう。

ううっ、顔どころか全身が熱い。のに、
ぜんぜん腕を緩めてくれないから逃げらんないし。

ジタバタ暴れたら彼の腿の辺りに踵ぽかすか当たったけど、
ガウリイはまったく動じないでとうとうあたしを肩に乗せてしまった。

おまけにがっちり両脚を抱えられてはもはや暴れる事も不可能で、
観念するよりほかにない。

「・・・ガウリイ、あんたそーいうことも言えるんじゃない」

「まぁ、リナ限定。だな」

小さく笑った横顔はいつもと同じようでちょっと違ってみえて、
どきりと心臓が飛び跳ねる。

「じゃ、じゃあ、いつか。あたし限定のあんたが見たいもんだわ!」

動揺しすぎて口走った一言は、どうやらガウリイのなにかに火をつけたらしい。

「いつかじゃなくて、今からでいいぞ」

グイッと、頭を抱えられて。

近づく端正な顔と、真剣な青い瞳に気圧されてつい、ぎゅっと目を閉じたら
吐息の温かさに続いて、柔らかなものが押し当てられた。

なぜか鼻先に。

「え?」

驚いて目を開いた瞬間、嬉しそうなガウリイの笑顔がドアップに見えて、
すかさず塞がれた唇は何も叫べず声も上げられないまま、優しい唇に封じられた。



頭も心もふわふわ浮かれてぜーんぜん現実感がなかったんだけど、
後から考えればファーストキスが街のど真ん中ってのはどうかと思う。

宿に帰ってはたと気付いた時には、既にがんじがらめに
ガウリイの手中に収まっていた、とある秋の日の出来事だったり、する。