まだまだ肌寒い風が吹く2月。
あたしとガウリイが山間の小さな村に逗留しだして半月が経つ。

都市からも街道からも遠いこの鄙びた村で、あたし達が何をやっているかというと。
……実は何にもしてなかったりする。

先月末に降ったドカ雪の影響で道が塞がれてしまったのがひとつ、
あたしが風邪をひいちゃったのがひとつ。

そこにあたしの看病をしながらガウリイが一人で細々とした仕事を
引き受けてるうちに、すっかり村のお年寄り達に気に入られちゃって、
あれこれと理由をつけては引き止められてたりするわけで。

「春になるまでおればええ、なぁ」と村の長老さんのご厚意で空き家を借りて、
食糧は労働との交換でまかなう。足りない分は手持ちのお金で補えるしと、
無理に旅を再開する理由もなくて、ついずるずると出発は明日にしようか明後日にしようかと
話はしても腰をあげない日が続いていた。



「おーい、何一人でぶつぶつ言ってるんだぁ?」

「ふぁ、なんでもないったら!」

どすどすと板間を横切っていくでっかい図体。

うあ、ぜんっぜん気付かなかった。
さっきまで外で薪割ってたはずなのに。

「もう終わったの?」

「ああ、明後日までは保つと思う。 だけどな、あんまり暖炉使いまくると
山に入って何本か切ってこんとならなくなる」

「あー、生木からじゃあしばらくつかえないもんね」

とうとう使用量制限が入っちゃったか。

元々人口の少ない村で、お年寄りばかりが住んでいる。

こういう、ゆっくりと廃れていく村では人口が減ることはあっても増えることは中々なくて、
冬支度は秋に目算を立てて必要なものを必要な量、確保するらしい。

そこに半月とはいえあたしたちみたいな、自分で言うのもなんだけど
良く食べてしかも寒がりな大人が二人増えたもんだから、どうしても例年より消費量が増えて、
ずいぶんと薪の備蓄量が減ってしまってるらしい。

食糧に関しては元々出荷用の野菜やらをあたしが買い取る形だし、
お肉はガウリイと村の漁師さんの共同戦線で獲ってくるから分けてもらえる。

ただ、薪だけは枯れ木や乾いた木が必要なわけで、足りないから切ってきました!とは行かない。
で、しょうがなくの使用量制限というわけだ。

「んー、そろそろ出発した方が良くない?」

自炊も嫌いじゃないけど、そろそろ誰かの作った料理を食べたくもなる。
食材の種類が限られている以上レパートリーにも限界があるし。

「そうだな」

オレは不便とか感じないんだけど。
とかなんとかガウリイは言うけど、実際、それ以前の重大な問題があるのだ。

主にあたしだけにだけど。



もうすぐ大切な日がやってくる。
なのに全然準備が出来てないのだ。

ここじゃあ気の利いたものを用意することもできないし、
かといってその日をなんでもない日として過ごすのもいただけない。

これはあたしの自己満足かもしれないけど、やっぱり形だけでもなにかをしたい。

翔風界を使って強行すれば、一人でならなんとか街道まで戻れそうだけど、
それをやると当日ガウリイのところに戻れない可能性が高い。

もう少し早くに出発するべきだった・・・後悔先に立たずだわ。



次の朝、ありったけの服を着込んで外に出たあたしは、
隣の家の庭にいいものがあるのを見つけた。

手持ちの薬草との交換で商談成立、ガウリイが村の外に出かけている今しかチャンスはない。

せっせと収穫を終えると籠いっぱいのそれを抱えて、あたしは家に駆け込んだのだった。



次の日はまさかの大雪。

一歩も外に出られないなんて、これじゃあガウリイにばれちゃうじゃない。

台所の前でうろうろしてると怪しまれそうだし、だけどこのままじゃあ・・・
戸棚に隠したアレを、ガウリイに見つからないうちに処理しなくちゃ。

なんとかガウリイの目をそらそうとあれこれ考えてみても、それらしい理由が出てこない。
第一、この大雪の日に外に追い出すのはさすがに可哀想だと思うし。

「なぁ、これ食ってもいいのか?」

「さっきお昼食べたで、ああっ!!」

ガウリイのほうを向いたあたしは、おもわず大きな声をあげてしまった。

「これ、ちっちゃくて食いやすいのな」

籠の中から黄色い実をつまみあげては口に運び、にこにこと上機嫌で笑ってる。
あのね、それ、確かにあんたにあげるつもりだったけど。

「生でばかすか食べるもんじゃないわよ」

「そうなのか?」

それは親指ほどのサイズの柑橘。
甘く煮たり強いお酒に漬けても美味しいと近年評判になっている、キンカン。

昨日あたしが分けてもらったキンカンさん・・・せっかくお砂糖も分けてもらってたのに、
これじゃあ全部台無しじゃないの。

「それ、こっちにちょうだい。もっと美味しくしてあげるから」

「あ、ああ」

すっかりテンションの下がってしまったあたしは、
とりあえず残りのキンカンを使って予定通りのものを作ることにした。

もう半分ネタバレみたいなとこがあるから、堂々とガウリイの目の前で作ってやるんだもんね。

「へぇ、そうやって煮て食うものなのか」

「そーよ、風邪封じにいいんだって」

お鍋の中に黄色い実と、それからたっぷりのお砂糖を入れて。
少しだけ水を加えて弱火でじっくり煮つめれば、綺麗な甘露煮のできあがり。

「いっこ貰うぞ」

ひょいっと長い指が黄色い実を摘まんで、自分の口に放り込んだ。

「ん、んまい!」

「そりゃよかったわ。じゃあ、残りは明日ね」

これ以上食べられないように片付けようとしたら、隙を突かれてもう一個。

「一晩寝かした方が美味しいんだってば!」

鍋を床に置いてから向かい合ってガウリイに抗議をぶつけてみた。
のに、なんでそんなにニヤニヤしてんのよ!

「ほれほれ、美味いぞ」

くやしいことにめいいっぱい背伸びしたあたしでも、ガウリイがかるく腕を上げたらそこには届かない。

子供がいじわるするみたいにほれほれと見せ付けられる黄色の甘味を取り返したくて、
だんだんあたしも意地になってきた。

「返して!」

「やだね」

「う〜っ、でりゃ!」

とあたしはガウリイに飛び掛って、肩に手をかけてよじ登ろうとして
「ほい、お姫様のご案内だ」と、言われてそのまま抱きしめられた。

「今年の分にするつもりだったんだろ? ここじゃあ甘いもんが手に入らないから」

嬉しそうにあむっ。と、キンカンを食べてしまうと、待ちきれなくてなーと照れ臭そうに笑いながら、
あたしを連れてずんずん歩いていく。

「え、や、ちょ、ちょいまち!」

そっちは、あの。

「あれはオヤツに貰っとく。んで、オレとしてはこっちの方が食いたいんでな」

そう言って連れ込まれたのは・・・もふもふふかふかのお布団の中。

「あまいもんよりリナが食いたい。いいか?」

有無を言わさず押し倒しといて、今さらそーいうこと聞く?

「いっとくけど、あたしはチョコより高級よ?」

「ああ、それに世界に一つしかない」

視線と視線を絡め合わせて気持ちを確認してみたら、あたしもそれがいいやと思えたから
「大事に食べてよね」と言ってみた。

返答は「一生かけて味わわせてもらうさ」で。

言葉の通りプレゼントとなったあたしは一日早く、美味しく食べられてしまいましたとさ。

「ガウリイって、しょっぱかったんだ」

「こっちも試してみるか?」

「・・・あぅ」

その、一ヶ月後のお返しにはあたしの方がいろいろ食べさせられたりもして・・・
ええい、言えるかんなこっぱずかしいこと!!

けど、まぁ。その。

・・・・・・ガウリイの舌触りは、良かったです。はい。