今日もあいつは一人で出て行っちまった。
あたしは一人で大丈夫なの!
きっぱりと言い切って、差し伸べる手など必要ないと振り払って。
以前なら即追いかけて、捕まえて、無理やりにでも宿に引きずって
帰ったもんだが今のリナにそれをやるのは逆効果だと知っている。
どこに行くでもなく、ただ夜の闇に身を投じたがる彼女は、
この世界最高レベルの黒魔法の使い手だ。
名を名乗れば恐れられ、場を移せば羨望の眼差しを集め、
時に持ち上げられ時に貶められる。
何も知らなければ、彼女を恐ろしいと感じる人間などいないというのに。
今夜は村はずれの井戸端で眠り込んでいた。
ショルダーガードをつけたままじゃ寝たうちになど入るまい。
フル装備を身につけたまま、地面に腰を落ち着け
片膝立てで眠る少女。
殺伐としたその姿にすら愛しさを感じるとは
とうとうオレも末期症状かもしれない。
病名は 「リナ=インバース依存症」
リナが夜を、闇の中を回遊せずにはいられぬように、
オレはリナがいなけりゃ生きられない。
だから今夜も彼女の隣に腰を下ろして
細い腰に腕を回した。
華奢な身体、か細い吐息はそよ風のように
前髪を揺らしている。
冷えた身体を温めるように彼女の身体を抱きかかえて
己の上に移動させたくったりと脱力した身体。
他の男には何があろうと許さないだろう行為を
拍子抜けするほどあっさりオレだけに許すのは、
仲間としての信頼からなのか、それとも男として見られていない証なのか。
そろそろ我慢も限界だぞ?
身体の上で丸くなって眠り続ける娘の耳に囁いてみた。
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明け方の冷たい空気に触れて目を覚ました。
あ、やっぱり。
思わず頬が緩んでしまう。
あたしの隣で暢気な寝息を奏でているのは、
昨日宿に置いてきた筈の旅の連れ。
ぱかっと大きく口を開けて、
くーくーかーかー賑やかなものだ。
こんなにして寝ていたら、喉の奥が乾かないんだろうかと
ちょっと心配になってくる。
ありゃ。
ガウリイの奴、こんなところに虫歯発見。
風邪とか傷ならいざ知らず、虫歯だけは一刻も早く
治療させないと彼の人生に関わってくる。
剣士にとって利き腕や愛剣と同様に、
健康な歯も絶対不可欠なものなのだ。
全力を出し切るには噛み締める顎の力も重要であると、
これはどこの剣術道場でも最初に教わること。
まだまだ小さな針の先ほどの白濁を睨んで
いつどこの医者に連れて行くか思案していると、
ふ、と、瞼が動いて二つの青い宝石が姿を現した。
「おはよ」
「おう、おはよう」
お互いにどうして宿で寝ないのかと言い合う期間は過ぎているから、
問題なく挨拶を交わして冷たい井戸の水を汲んで、ばしゃばしゃと顔を洗って
しっかりさっぱり覚醒完了。
「ねぇ、次の街でさ。あんたを連れて行きたいところがあるんだけど」
「ああ、奇遇だな。オレもリナを連れて行きたいところがあったんだ」
朝食の為に、肩を並べて宿へと戻りながら切り出した提案は、
幸いにも次の街でどちらも実現する運びとなった。
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魔術師5題 1 あなたの淋しい夜に魔法をかけよう
だがしかし、彼女が彼を導いた先での所要時間はたったの5分で、
彼が彼女を導いた先での滞在時間は、優に192時間を超えたという。
あな恐ろしや、忍耐を強いられ続けた男の情熱。
これ以降、再び彼女が闇の中を徘徊することはなくなった