眠たげに瞼を擦りながら階段を降りてきたリナは、
まだ眠いのか足下がおぼつかないように見えた。

こりゃあまた夜更かししてたな。

夜に出かけた様子はなかったから昨日借りてきた魔道書でも読んでたんだろうが、
こんなんじゃあこれからの道中に差し支えないだろうか。

特段急ぎの旅でもない、数日この町に滞在したって一向に構わないが、
しばらく腰を落ち着けるのならオレも仕事を探した方がいいかもしれない。

一旦リナが魔道士協会に通いだすと、どうしてもオレのことは忘れがちになっちまうし、
日がな一日暇を持て余しながらリナの帰りを待つよりかは、
何かしながら美味い店の情報でも仕入れた方がリナを喜ばせてやれるし、
オレの懐も潤う。そうだな、一石三鳥ってやつだ。



「がうりい、おはよ〜」

へろんっとした声は幼い子供のような響きで、ついつい頬が緩んじまう。
オレにしか聞かせないんだよな、こんな声は。

些細な特別扱いに気を良くしたオレは、リナの為に椅子を引いてエスコートして、
店員を呼んでセットメニューを幾つかと濃い目のコーヒーを頼んだ。

「めずらしーわね、ガウリイがコーヒー頼むなんて」

やっと目が覚めてきたのか、身を乗り出してオレの顔を覗きこんできたリナの
口の横に薄く涎の乾いた跡を見つけて、そっと布巾で拭ってやる。

「え、なんかついてた!?」

慌てて手の甲でごしごしやる姿も愛しくてしかたがない。
あー、オレもう末期だわ。リナに完全にやられてる。
どんなリナも可愛くてしょうがねぇ。完全降伏、白旗揚げて腹見せてやるさ。

「ちょっとだけ、な」

にっこりと笑ってみせて、足を延ばしてテーブルの下でリナの足先をつついてみる。
ピクンっ、と、瞬間反応するところも可愛い。

「なぁ、しばらくここに泊まるのか?」

すりすりと細いふくらはぎに足を擦り付けながら聞いてみると、
リナの頬がほんのりと染まって、困ったなって風に眉間に皺がよる。

どうしようか、リナ自身も決めかねているらしい。

「オレはちょっとゆっくりしたいんだがなぁ」

水を向けると同時にわざと含みを持たせた物言いに、ますます頬が濃く色づいていく。

「……じゃあ、そうする」

甘さを含んだ返事が可愛らしくて、撫でたくて伸ばした手が艶やかな髪に届く直前。
タイミング悪く運ばれてきた食事にいい雰囲気を切断された。

他者が介入したことで一瞬で意識を切り替えたリナからは、
もうさっきまでの柔らかな空気は消え去っていた。

それは残念だったが、まぁ、その分夜に楽しめばいいか。

後でリナが出かけたら、掛け合って一部屋に変更してもらおう。
今度こそ空気を読んで運ばれてきたコーヒーをリナに勧めて、
もう一度にっこりと笑ってみた。