にんまりと微笑んであたしは微動だにしないガウリイの頬を一撫でした。

夕食の時、ロゼワインに極少量仕込んだ眠り薬は
あたしの思惑以上に役立ってくれたようだ。

食後、あたしの部屋に招かれたガウリイは取り留めない会話をするうち、
こっくりこっくりと眠りの海に船を漕ぎ出して。
その隙を狙って、あたしはガウリイの両腕を左右のベッドの足に繋ぎ止めた。

普段の彼ならば、こんな悪戯を仕掛ける前段階で「何を企んでるんだ?」なんて風に
お得意の野生の勘を働かせるのだろうけれど、
仕掛けたのがあたしだった事が、ガウリイの勘を鈍らせる結果となったようだ。



「もう逃がさないわよ、ガウリイ。大人しくあたしのもんになりなさい」

ベッドサイドに跪く形で、あたしは彼の耳に吐息交じりの囁きを吹き込んだ。

「ガウリイったら、幾らなんでも無防備すぎよ? 
だから、こんな事されちゃうんだからね」

なめし皮のように滑らかな、とても触り心地の良い彼の頬をぺロリと一舐め。

それが刺激になったのか、閉じられていた目蓋がバチッと開いてこちらを見た。

あたしを見たまま呆気から驚愕へと、どんどん表情が変わっていくのが面白い。

「……り、リナ?」

何がなんだか分かっていない様子であたしに手を伸ばそうと・・・違うわね。
手首に感じているだろう違和感の正体、それが何かを引っ張って確かめている様子。

「おい・・・これはさすがに趣味が悪くないか?」顰めた顔と、ちょっと不機嫌そうな声。
実はあたしもそう思うけど、それを口にする気はない。

「いいでしょ? それ。 先に言っとくけど、力任せに引きちぎろうったって無駄よ。
それには強化の呪を施してあるから、いくら馬鹿力のあんたでもロープを切る前に
手首を傷めるだけ。・・・だから、大人しくしてなさいよね」

口角が勝手につり上がり、笑いの形に歪んでゆく。
こんなに暗い感情を持ったのはいつ以来だろうか。

こいつの何気ない言動に一喜一憂するような、そんなあたしは過去のもの。

「いつまでも人の事、子ども扱いするからこんな目に遭うのよ? 
ねぇ、あたしがどれだけ歯がゆい思いをしていたか、あんたに判る?
・・・判らないわよね?
死ぬほどこっ恥ずかしいのを勇気を振り絞って告白なんて真似までして、
やっとあんたを手に入れたと思ったのに。
なのに『リナは可愛いな』だの『そういう事は追々させてもらうさ』だのと自分だけ
大人の余裕ぶっこいちゃって!! ・・・あたしはとっくにお子様は卒業してるのよ?
今からそれをたっぷりと判らせてあげるわ」

「リナ! 子ども扱いした事は謝る!! お前さんの気持ちは判ったから、な?
だから、このロープを解いてくれよ」

かなり焦った表情であたしを見つめるガウリイに、もはや余裕の色は感じられない。

「嫌よ。今あんたを自由にしたら、結局なし崩しにキスか何かで誤魔化されてしまうだけよ。
あたしはね、ガウリイ。 あんたの全部が見たいの。・・・そして、全部がほしい。
だから、ね。ちゃんとあたしの事も見てちょうだい」

そう言いながらあたしは羽織っていたローブの紐をゆっくりと、
わざと時間をかけて解いていった。

パラ・・・と合わせが緩んだ瞬間、弾かれたようにガウリイの顔が背けられる。

「お、女の子がそういう事をするんじゃない!!」

固い声で叫んだガウリイにも、あたしはひるむ事をしない。

「『もう女の子じゃない』って、言ったでしょ? 
あたしは『女』なの。まだ判ってないようね、ガウリイ?」

身を固くしたまま顔を背け続ける彼の厚い胸板の上にゆっくりとのしかかり、
そのまま自分の身体をぺったりと重ね合わせる。

「ねぇ・・・判る? あたし・・・もう、こんなに・・・」

胸の先端がガウリイに押し付けられて潰れているのが判る。
ガウリイだって判ってるはず。

なのに。

「ねぇ、どうしてあたしを見てくれないの?」

ガウリイはギュッと目蓋を固く閉じたまま、身じろぎ一つしない。
全身であたしを拒絶するかのように、何の反応もしてくれない。

チリッ。 

あたしの胸の奥に、暗い火花が散った。

いいわ。 あたしを見ないというのなら。
あたしを拒絶するというのなら。
無視できなくなる位まで、あんたの事を追いつめてあげる。

「ガウリイ・・・好きよ」

吐息と共に零した声を、彼の耳の奥まで毒のように吹き込んでやる。
すると、ピクリと。
僅かだがガウリイの身体が反応を示した。

そうよ。あたしを見ないなんて許さない。
あたしを認めないなんて、許さないわ。

あんたがこんなことをするあたしを認めたくないと言うのなら、
あたしはこの身体を全部使って、あんたの全感覚に知らしめてあげるから。

ここにいるのは狂いそうなほどあんたの事に焦がれている、
ただの『女』だって事を認めてよ。
ゆっくりと息を荒げていく愛しい人。
そのぶっとい首筋に舌を這わせて、愛しているわと囁いてあげる。




汗ばんだ身体に跨って、するすると衣服を剥ぎ取っていく。

高ぶった彼の分身に指先が触れた瞬間、
ごくり、と、覚悟を決めたらしい喉仏が動いた。

「リ……ナ……」

餓えた獣の唸りのような、欲情を隠さないままあたしを呼ぶ、彼の声。
縄を解いた途端、圧倒的な力と勢いで圧し掛かってくる。

「ガウリイ……ガウ…リ…イ…」

ゾクゾクと全身が震える。
愛しい男に組み敷かれる悦びを知り、彼の本性を思い知らされながら
ようやくあたしは、望んでいた言葉と愛しい恋人を手中に収めた。