「……消えろ。消えろ、消えなさい!!」

三度、彼女が大声で叫ぶと、波が引くように漆黒の影が退いた。
夜の闇よりもなお暗い影は、本国からの監視者達だという。

「お前はいつもあんなものに付きまとわれているのか」
篝火の向こうで苦笑いを浮かべている少女に問う。

「仕方のない事です。ここは結界の外ですから」
本国の人間を危険な目に合わせるわけにも行かないですし、と、密やかに哂った。

「あんたは・・・ずっとこうやって生きてきたのか」
常に監視者がつく人生、そんなもの俺には想像もつかない。

「国民達に生かされている時点で、私達王族には
本当の意味でのプライベートなんてないんです」
だってね、この服も、この食事も、全部彼らの納める税で賄われているのですから。

微笑む彼女の姿が俺には痛ましく映る。

普段元気すぎるほど元気なアメリアが表の顔で、今、俺の前にいる
醒めた目をした女こそが素の姿なのだろうか。

「・・・なら、今は俺も同じ立場ということか。あんたの護衛として雇われた身だからな」

「ゼルガディスさんは、そんな事気にしなくてもいいんですよ」
義務を負うのは私たちですもの。
綻んだ口元を引き締め、すぐに俯いてしまう小さな身体。

彼女が背負うものは大きく重く、その細い肩に圧し掛かっている。

「今だって彼らが消えうせたわけじゃないんです。
少し離れた場所から、私の行動を、そして言動を常に監視している」

「誰が」
あの親父さんの差し金とは思えない、陰湿で粘着質な所業だな。

「元老院の差し金です。結局王族という存在は国を円滑に動かす為の
分かりやすい駒であり、国を維持するために飼われている家畜のようなもの。
血筋を守るために婚姻し、子をなして。途切れなく血筋を絶やさず増やしすぎず、
望み通りの繁殖ができなければ秘密裏に殺されるような。
だからちっとも放っておいてはくれない。あんな魔族紛いの術まで使って」

「おい」

彼女の心中を思えば止めるべきではないのだろう。
が、監視者がいる以上このまま言わせるべきではない。
だが、彼女は口を噤まなかった。

「すみません、こんな事を口にするのは今だけですから。
あまりにもストレスが溜まりすぎていて、彼らの耳目があろうとも、
もう、吐き出さねばやっていられないんです。
それに『立場』と言われますけれど、一応私だって人間なんだと
彼らも理解している筈ですし。
鬱々と静かに壊れていくよりかは、こうやって口の堅い相手に
思いを吐き出す必要があるということくらいは、ね」
許されるでしょう?と、顔を上げて。

そちらに行っても、いいですか?と問われた俺は、黙って頷いた。



するりと隣に来て腰を下ろすと、アメリアは訥々と語りだした。

「時々、ね。こんなものかなぐり捨ててしまいたくなるんです。
けれど、今のセイルーン王室はゼルガディスさんもご存知の通り、
父以外の直系王位継承者候補は揃って退場、子である従兄弟殿も既にいない。
傍系の者達も現状に満足しているのか、自ら動いてまで王の座を狙いもしない。
そして王位継承権一位である父の子供は女子が二人で所在がはっきりしているのは私だけ。
このまま姉が戻ってこなければ、私と婚姻した者が次代の王位を狙える立場になってしまう。
だから相手の選別は慎重に、あらゆる角度から行われます。
私の気持ちなんてそこにはない。
家柄はどうか、資産はあるか、知能、健康状態、etc・・・
私が生きている間はいかにこの国に益をもたらす存在であるか、
健康な子供を授けてくれるかが問われるんです」

「なら、奴らはどうしてこんな、結界の外なんて未知の世界にお前を差し向けた。
それも俺みたいな素性の知れぬ合成獣を同行させるなどと」
話し終わる前に、唇を塞がれた。ほっそりとした白い指先に。

「私に万一のことがあれば、彼らは大手を振って父さんに新しい妃を迎えるよう
進言するでしょうね。むしろそうなることを望んでいるのかも」

淡々とそれが事実であると言葉を重ねる少女は、ずっと篝火を見つめていた。

俺には何をしてやることも出来ない。

・・・それでも。

「おかしなことを考えるな。お前はあの国にとって必要な人間だ。
だから監視なんてものがつく。・・・それに、何かあっても必ず俺が護ってやるし、
お前だってそう簡単にやられはしないだろう?」

「ええ」

ぐっと拳を突き出して笑った彼女は、浮かべた笑みだけは、いつもの快活なもので。

真っ赤な炎に照らされてなお艶を増す、漆黒の髪に手を伸ばした。

「いい子だ、アメリア。気が済んだなら少しでも眠れ。明日が辛くなる」

「はい、おやすみなさい。ゼルガディスさん」

スイッチが切れたようにぱたりと目を閉じると、すぐに健やかな寝息を立て始める姫君。
寄りかかってくる柔らかな身体と体温に、少々の居心地の悪さを覚える。

「この姿でなかったらな・・・」

炎にかざした己の手。

人のものではない肌の色といたるところに張り付く礫が、
こんな時でさえ彼女の手を取ることを躊躇わせる。

「永遠を誓える身じゃないのは判っているが、今だけでも必ずあんたを護ってやる」

だから今は、ぐっすりと眠れ、お姫様。

再び距離を詰めてくる黒い影達を睨みつけて、俺も暫しの休息を取ることにした。








三度繰り返しシリーズ(?)
大切な事は繰り返し繰り返し言葉にして、というお話(嘘)
どうもゼルアメだと暗い姫様になりがちだなーとか。