それはそれは見事な赤だった。

ほっそりとした彼女の、綺麗に切りそろえられた爪を彩る透き通った赤色。
濁りなど微塵もないその色彩はとても彼女に似合っている。

あんまり長持ちしないのよ、と、背中を丸めて手入れをする姿に
『こいつも年頃の女らしい事をするもんなんだなぁ』と奇妙な感慨が湧いてくる。
だが、それを口にしたが最後、安らかな眠りとは一晩別れなくてはならなくなるだろう。

「明日は朝から魔道士協会に顔出ししてくるから。
ガウリイは一日のんびりしていらっしゃいよ」


チラリともこちらを見もしないで、よく言うよ。
のんびりっていたって、言い換えれば一人でヒマ潰してろってことだろ。


どうも今日に限ってリナの動きが怪しく映る。
やたらと髪をいじくってみたり爪を染めたり入念に肌の手入れをしていたり。
まるで惚れた男に会いに行くみたいじゃねーか。


「朝ごはん、誘いに来なくていいからさ。ガウリイはゆっくり寝てていいんだからね」

ほら、まただ。どうしてオレを遠ざけようとする?

「寝ててもしょうがないし、なんなら荷物持ちとかするぞ?」
と言ってみても「いらない」とあっさり切って捨てられる。

とうとう最後の爪にも赤色を乗せ終えて、満足げに息を吹きかけて乾かすと、
そろそろ寝るからと宣告される。

しかたなく自室に戻る為に腰を上げれば、ちらりと見えた淡い桃色のなにか。
やけに柔らかそうなそいつを布団に突っ込むようにして隠してあるのも、
爪を染めて喜んでいるのも邪険な扱いをされるのも、何もかもがカンに触る。

「おやすみ」

「いやだ、休ませない」

「え? 今なんて・・・」

その先を言わせないために、一気に距離を詰めて華奢な身体を押し倒す。

元々ベッドの上で丸まっていたもんだから、
オレはただリナの上に覆いかぶさればいいだけだった。

てっきり暴れられるかと思ったが、意外やリナはオレの下で大人しく転がったまま、
そっぽを向いて頬をふくらませただけで、呪文もスリッパも鉄拳制裁も飛んでこない。

「ガウリイは・・・あたしが明日、一人楽しくお出かけするとでも思ってるの?」

するりと伸びてきた手が右目にかかる髪を梳いて、掻きあげられて
「そんな、捨てられそうなわんこみたいな目ぇしてんじゃないわよ」と苦笑された。

「実際、楽しそうだったじゃないか」
不満を隠さず口にすると、リナはちょっと困ったなって顔をして
「行かずに済むならそうしてるわよ。ただね、やっとかないと後が面倒だってだけの話なのよ。
あんなこっぱずかしい服着なきゃならないなんて!」と肩を竦めてみせる。

「恥ずかしいのか?」
着るってことはやっぱり服なんだろう、日頃リナが身につけない類の。
全容を見たわけじゃないからなんともいえんが、あの桃色はきっと
リナの白い肌に映えるだろうに、どうしてだろう。

「あんなの人前で着たくないんだけど、公式の場だから仕方ないのよ。
これもそれも、ぜーんぶ世間のしがらみって奴なのよ」
と、両手をかざして艶めく赤い爪を睨んで、溜息を一つ落とす。

「綺麗になるのは嫌いなのか?」

「強制されるのはね」

「こんなに綺麗なのにか?」

「綺麗にしたって見せる相手を選べないんじゃあ意味ないわよ」

こういうのは自分で納得がいくようにやりたいものなのよ、と、小さく笑うと、
リナはそろりとオレの首に抱きついてきて
「明日を我慢してくれたら、そのうちぜんぶ見せてあげるからさ」と囁いた。

今からがいいと強請りたいところだったが、明日に差し支えるようなマネをしては
リナの機嫌を損ねてしまうだろうしと、オレも柔らかな身体を抱きしめるだけで
この夜は我慢する事にした。