とろりと甘く貴重な液体を口に含み、そっと彼に近づいた。

彼の意識は未だ戻らない。

やつれた頤に手をかけ仰向かせて口を開かせ、ゆっくりとそれを流し込む。
噎せないよう細く細く糸のように液体を垂らしていくと、彼の喉がコクと動いて。
あたしは横目で彼の状態を逐一観察しながら、数度に分けて必要量を流し込んだ。

最後に、絞ったタオルで汚してしまった口元を綺麗に拭き清める。

これでもう大丈夫だろう。

無事に治療を終えられた事で、あたしは心底安心したらしい。
全身から力が抜けて、へなへなと床に座り込んでしまった。
辛うじて手は彼の手首を握ったまま離さなかったのは、我ながら偉いものだ。
軽く押さえた部分から、微弱ながら安定した拍動が感じられる。
あとしばらくもすれば、もっともっと力強くなるだろう。

「さてと、代償をいただきましょうか?」

背後から、嫌な声が掛かった。

糸目をにぃと開いてあたしを見つめる黒き神官は、相変わらず
心にもない微笑みの形に醜く唇を歪めている。

「・・・えらく取り立てを急ぐのね。もしかしてあたしがつかまされたのは欠陥商品だったりして。
それならあんたが急かしてくる理由も分かるってもんだけど」

「そんなマネをするわけないでしょう? すぐにバレる罠を仕掛ける趣味はないんです」

向かい合い、笑みを交わしながらも交わす言葉は棘だらけ。
信用とか信頼なんて微塵もない。あるのは互いの利害だけだ。

「ガウリイさんが目覚めてからだと、取りっぱぐれる確率がグンと上がりますからね。
さぁ、約束通り代償を」
いただきますよ。と、躊躇のない動きでゼロスの手があたしの髪に伸びて。

サン。

項辺りからの軽い切断音と共に、床に散らばったあたしの髪。

「ショートカットもなかなかどうして良くお似合いで」

不揃いに切断されたあたしの髪束を握り、見せつけるようにしながら
糸目の魔は微笑みの表情のまま揺るがない。

あたしは犬がやるように軽くなった頭を振って、肩に散った毛を払いのけた。
そんなもの、ダメージでも何でもないと言外に匂わせるために。
後でちゃんと揃えなきゃ、とてもじゃないがガウリイに合わせる顔がないけど。

「では、確かに」

唐突に、空間を渡りかき消えた魔。
奴はいったい何がしたかったのか。

さっきまで奴がいた空間を睨みつける。
髪の使い道なんて奴の手にかかれば幾らでもあるのだろうけど。

それでも。

「・・・ここ、どこだ?」

いかにものんきそうな、聞き慣れた声が部屋に響いて。

「ここは宿屋で、あんたはガウリイよ!」

あたしは、心からの笑顔を浮かべて、思いっ切り彼に飛びつき抱きついた。
あんたを失うくらいなら、最早あたしは、何を犠牲にしてもかまわないの。

「なんだぁ?」
状況を呑み込めないままベッド上で首を傾げている彼に、
とりあえずぺちんと一発喰らわせてやる。

「よくもこのあたしに眠れない程の心配かけてくれちゃってからに!!
この落とし前はきっちりつけてもらうから覚悟しなさい!!」
一息に言い切って、改めて彼の頭をぎゅうっと抱え込んだ。

「おいっ、リナ!? くるし・・・」

薄い布越しに伝わる熱い彼の吐息を感じて、ゾクリと身体に震えが走る。
胸の先端に当たっているのはたぶん、おでこの辺りだ。

「いーから、もうちょいだけこうさせなさいって!!」
口ぶりだけでも偉そうに聞こえるよう繕って、あたしは、彼を抱きしめ続ける。

短くなった髪を見られる前に、「なんて事を」と怒られる前に、彼の無事を堪能したかったから。

彼さえ無事ならそれでいい。
髪なんて、また伸ばせばいいんだもの。
どんな屈辱でさえ、彼を存続させる為なら耐えてみせる。
彼こそがあたしの・・・だから。