『encounter』



「あ、まただわ」

リナはパソコンのモニターを見ながら呟いた。
たった今参加したばかりのチャットのログ。
リナの入室を示す一行のすぐ下に退室を示す一行があった。

リナが、このチャットに参加し始めたのは一ヶ月ほど前。
偶然見つけたグルメサイトにあったここに、どんな話をしてるのかと
興味を持ち参加してみたのだ。
『L』というハンドルネームで参加してみると、これが結構面白かった。
どこそこに美味しいお店があるとか、いついつにメモリアルイベントで
特別メニューが出されるとか、いろんな情報が話題に上った。
インターネットでのこと、情報は必ずしも自分の住む地域に限ったものではな
かったが、それでも雑誌などよりは余程身近な情報が手に入った。
そんな中でリナが気になったのは『G』というハンドルネームの人物。
一度も直接話したことはないのだが、残されたログや他の参加者の話からすると、
どうやら近くに住んでいるらしい。
しかもリナと同じ“大食い”の部類に入るらしいのだ。
そのため、その人物の情報はリナの嗜好にぴったりだったし、相手もリナの
情報を喜んでいるらしい。
しかしチャットで会うことは一度もなかった。
リナが参加する直前に向こうが退室していたり、リナが退室した直後に
向こうが参加してみたり。
『G』も『L』に会いたがってるらしいのだが…。
今日のログに示された入退室の時刻は1秒違い。
リナはため息をつきながら、チャット参加メンバーに挨拶の言葉を打ち込むと、
素早くログに目を走らせる。

「あ!これって…」

リナはログの中にあった先日オープンしたばかりの店の話題に注目した。
発言者は『G』。
明日の午後、その店でデザートの食べ放題をやる、というものだった。
ランチ・タイムの終わった後の2時から4時の時間限定。
『G』はそれに行くつもりだという。
その話はリナも知っていて元より行くつもりだったのだが、デザートの他にも
楽しみが増えた。




翌日、リナが親友のアメリアと共に開始時間に合わせて店に行くと、
既に十数人の人が並んでいた。
リナたちもその最後尾に並びながら入店を待つ。

「ねえねえリナ、今日その『G』も来るんでしょ?」
「うん。そうらしいわ」
「もう来てるのかしら?男の人だっけ?」
「たぶん、ね。文面の口調だけだからはっきりとは言えないけど」
「あ、もしかしてあの二人のどちらかだったりして」

楽しそうにアメリアが目をやる先には、目立つ男の二人連れ。
デザートの食べ放題のため並んでいるのは圧倒的に女性が多く、男性は一部の
カップルのみで、男同士で来ているのは彼らだけ。
それだけでも目立つのに、二人揃っていわゆる美形の部類なので、
他の女性客から秋波が送られたりしている。
一人は他の客から頭一つ飛び出るくらいの長身で長い金髪に碧眼の
モデルでもしてそうなタイプ。
そしてそれには劣るもののもう一人も長身で、銀髪に青みがかった紫暗の瞳で
気難しそうな表情を浮かべているが、こちらも端整な顔をしている。
どちらも外見からは少なくともデザートの食べ放題を楽しむようには見えない
のだが、並んでいる以上は目的はそれだろう。
リナは大して興味を引かれなかったらしく、小さく肩を竦めてアメリアに向き直る。

「さあ、どうかしらね。もしかしたらまだ来てないかも知れないし」
「ああ、そういえばいつもすれ違ってるんだったっけ?」
「そうなのよねぇ〜。かなり話が合うと思うんだけど…」
「食べ物のことでリナと話が合う人なんて貴重だもんね」
「どういう意味よ、アメリア!」
「そういう意味よ」

アメリアが悪戯っぽく言い返し視線を逸らすと、丁度時間になったらしく、
列の先頭が入店していくのが見えた。
リナたちも続いて店に入り、席に着くなりリナはデザートの確保に向かう。
制限時間は30分。
程なくしてリナは両手の大皿に大量のケーキを載せて戻って来た。

「リナ、何もいきなりそんなに持ってこなくても…」
「何言ってんのよ。早くしなきゃなくなっちゃうじゃない」

見慣れた光景の上に予想していたことではあったが、アメリアは呆れ顔になる。
嬉々としてケーキを平らげ始めたリナを見ながら、アメリアもデザートを堪能
することにした。

しばらくして、制限時間を待たずに食べ放題は終わってしまった。
店側の予想より遥かに早い速度で消費されるデザートに、供給が追いつかなく
なってしまったのだ。
この事態にもほとんどの客は満足していたのだが、不満を漏らす客が二人。
リナと先ほどの金髪の男だった。
アメリアと銀髪の男がそれぞれの連れを宥める。

「リナ、あれだけ食べたんだし、充分元は取れてるでしょ?」
「そのくらいにしてくれ。付き合いきれん」

この騒動に、リナと金髪の男は初めてお互いに目を合わせた。
その間に、それぞれのテーブルに謝りに来ていた店員をアメリアと銀髪の男が
下がらせた。
金髪の男がリナたちのテーブルにやってきた。

「なあ、もしかしてお前さん、『L』か?」
「ということは、あんた、『G』?」
「ああ。やっと会えたな」

金髪の男がにっこりと笑った。

その後店側がお詫びにと持ってきた追加の飲み物を持って、
男たちがリナたちのテーブルに移ってきた。

「初めまして、だな。オレはガウリイ」
「あたしはリナよ」
「小柄だとは聞いてたけど、こんなにちっこいとは思わなかったよ」
「あんた、喧嘩売ってんの?」
「あ、いや、そういうわけじゃ…けどホントによく食べるんだな」
「あんたもみたいね」
「なあ、よかったら今度一緒に焼肉の食べ放題でも行かないか?」
「いいわね〜」

初対面とは思えないほど楽しげに話す二人の横では、アメリアたちの話もある
意味弾んでいた。

「初めまして。わたし、アメリアといいます」
「俺はゼルガディスだ」
「ゼルガディスさんも甘い物とかお好きなんですか?」
「いや。俺はこいつに付き合わされただけだ」
「それは災難でしたね」
「ああ。まったくだ」
「でもこれからは付き合わされずに済みそうですよ?」
「そうらしいな。そうしてくれるとこっちも助かる」
「今までもよく一緒にお食事されたりしてたんですか?」
「ああ。見てるだけで胸焼けがしてくる」
「あ、それ、わたしもわかります。じゃあガウリイさんも相当食べるんです
ね」
「ということはリナもか」
「ええ。そりゃもう…」

早くも食べ放題ツアーの話題に盛り上がる二人を見て、ゼルガディスは食事の
付き合いからの解放を、アメリアは二人の進展を、それぞれ思い描いて
にやりとした笑いを浮かべるのだった。