「今頃、リナとガウリイさんはいつもの場所なんでしょうか」

「・・・・・・」

「あの2人ったら、ほんっとうに仲が良いですよね。なのに
「付き合ってるんですか?」って聞いても
「ガウリイとはそんなんじゃないわ」ってかわされちゃうし。
ゼルガディスさんはどう思いますか?」

「・・・・・・」

「まったく、リナもリナよね。 ガウリイさんに引き合わせる前までは、毎日私と遊んでたのに
今じゃ私の方が2人の間に入れてもらってる気になっちゃう。 
もうちょっと女同士の友情ってものも大事にしてくれればいいのに!!」

「・・・・・・アメリア、頼むから静かにしててくれ。もう少しで実験データが揃うんだ」

「判りました。 じゃあ、データ収集が終わったらお食事に行きましょうね」

「・・・ああ」






私に背中を向けたまま、また黙々と作業を続ける人は、ゼルガディス=グレイワーズさん。

私よりも3歳年上で、ちょっと怖そうに見える目元とクールな考え方をする人。

どこか近寄りがたいオーラでも背中から流しているのか、
「あいつは人が嫌いなんだ」なんて噂まで立てられた事がある。

実は以前、少し荒れていた時期があって、それを知っている人達からは
未だに恐れられているとか。

でも、素の彼は意外とお茶目だったり面倒見が良かったりする、
貧乏くじを引きやすい苦労人。

初めて会った日もリナに無理難題を押し付けられてて、仏頂面でのご対面だったっけ。






「おい、アメリア。・・・寒くはないか?」

急に話しかけられて、思わず座っていたソファから飛び上がってしまいそうになった。

「だ、大丈夫です。 私身体を鍛えてますから!」

「もし寒かったらそこのコートでも膝に掛けておけ。 後10分ほどで終わらせる」

相変わらず振り返らないまま、右手だけを横に伸ばし
自分のコートを示す指先は、意外と細くて。

「はい、ありがとうございます。 じゃあ、お言葉に甘えてお借りしますね」

やっぱりゼルガディスさんにはお見通しだったか。

今日はちょっとオシャレをしたかったから、いつもよりも少しだけ薄い素材の服を着ていた。

それに加えてここに着いてからずっと、ゼルガディスさんの背中を眺めていたから
身体がちょっと冷えてしまってて。

気づかれないよう静かに両手を擦っていたのも知ってたのかしら?






小さな電子音が聞こえた後、急激にエアコンが唸りをあげる。

暖房を入れてくれたみたい。それも急速モード。

後10分程度でこの部屋を出るのに、それでも『今』寒がっている
私を気遣ってくれたんだろうな。

「やっぱり好きです。ゼルガディスさん」

「何か言ったか?」

「ええ、お茶でも淹れましょうかって言ったんです」
危ない危ない。考えがつい口から零れてしまった。

「なら、コーヒーを頼む。 脳に栄養が欲しいから砂糖を2つ入れてくれ」

「はい、判りました」

部屋を出て、勝手しったる電算室横の給湯スペースに向かう。
そして頼まれたコーヒーではなく『あるもの』を用意して再び部屋に戻った。






「はい、どうぞ」

「ああ、ありが・・・アメリア。これはなんだ?」
ろくに見もしないで口にするから騙されちゃうんですよ?

「それは、この冬の私一押し「カフェモカチョコ増量バージョン」です。
ほら、ゼルガディスさんが疲れた時には甘い物がいいって
言っていたから準備してみました。お気に召しませんでしたか?」

画面を注視したままカップを手繰り寄せて口をつけ、一口飲み込んでから口を離し、
会話が終わるまでそのままの姿勢でいた彼は「こういうのも、たまには悪くないな」と
一気に残りを飲み干してくれる。

あ、眉間に皺が寄ったって事は、気が付いたのかしら。

「何か入って・・・なんだ?」

カチ、とカップの中から硬質な音が鳴る。

「ハッピーバレンタインです。ゼルガディスさん」

「・・・アメリアお前、いったい何を考えてるんだ。 
こういうものはこんな所に入れるもんじゃないだろう。
第一、女が男に渡すものではないと思うんだが」

ゼルガディスさんが摘み上げたのは、銀色のシンプルなリング。
さっき私がカップに沈めておいたやつだ。

「ええと、そろそろ年貢を納めていただいてもいいですか? 
私に見込まれたのが運の尽きと思って、大人しく
婿養子に来て下さい。一生幸せにしますから」

静かに、でもはっきりと私からの提案を口にしたら。

「・・・いきなり何を言うのかと思えば。 大体婿養子にって、
そんな逆プロポーズみたいな台詞を
冗談でも軽々しく口にするものじゃない」

あ〜あ、口調こそ必死で平静を装ってるけどこめかみがひくついてますよ?
動揺してるのモロバレなんですもの。 まぁ、そんな所も好きなんですけど。

「冗談なんかじゃありません。 私はゼルガディスさんとなら
一生幸せでいられる自信がありますよ」
ようやく真っ直ぐに私を見てくれたゼルガディスさんに、ニッコリと微笑んで告げる。

「実は今現在、お見合い話が持ち上がっています。 ゼルガディスさんもご存知のように
我が家は伝統ある旧家で、会社も幾つか経営していますから、
ある程度纏まった財産がありしかも跡継ぎとなる子供は姉と私だけ。
皆が玉の輿を狙ってくるのも理解は出来るのですが、
かといってそれは絶対承服出来ません。
私は自分の好きな人と結ばれたいんです。・・・父さんと母さんのように。
だから、誰かに邪魔されないうちにと思いまして」

「いつ、俺がお前を好きだと言った」

「嫌いですか?」

「・・・・・・」

「黙秘権を行使されるのはけっこうですが、よく考えてみて欲しいんです。
自分で言うのもなんですけど、私ってけっこう優良物件だと思うんですよ。
私はゼルガディスさんが好きですし、ゼルガディスさんが私を憎からず思ってくださるのなら
きっと幸せな人生を確保できると思うんですが。・・・ダメでしょうか」

「ダメとかそういう問題じゃない。 アメリア、もし俺がお前を愛していなくても。
それでもお前は良いと言えるのか?」

「ええ、今は愛されていなくても。この先同じ時を過ごせるのならいいんです。
愛してもいない、見ず知らずの男性と添わされるなんて私は嫌。
そんなのは正義じゃありません」

「・・・急ぐ話なのか?」

「はい、早急に手を打たなければ外堀から埋められてしまいます。
反撃のチャンスは今しかないんです」

「・・・知っているだろうが、俺は叩けば埃の出る身だ。親父さんはどういう」

「ええ、その事も含めて既に調査済みです。あなたがレゾ教授の血縁者である事も
過去に手を染めた事件についても知っています。その上で「お前の目を信じよう」と」

「しかし・・・」

「いいんです。こうする事でゼルガディスさんと私の間に絆ができるのなら。
愛じゃなくてもいい、友情でもなんでも形はいいんです。
あなたは、リナと同じ。 ガウリイさんみたいにただ一人の相手に
総てを捧げられる人じゃない。
ゼルガディスさんの中には譲れないものがあって、
その為なら総てを捨てても構わないと思える人だって。
だから・・・お願いです。せめて形だけでも私のものになってください。
そしたら私。いつまででもあなたの帰りを待つ事ができますっ!」

「・・・泣くな」

ギュッと、肩をつかまれ引き寄せられて。私は白衣の胸に抱きとめられる。

「私、泣いてなんかいませんよ?」
これは、只の心の汗なんです。

「なら、そんな苦しげな顔で笑うな。 感情と違う表情を作ろうとするからボロが出るんだ。
・・・お前には必要な事だったんだろうが、せめて俺の前では正直でいろ」

・・・っ。

「辛ければ泣けばいい。 助けて欲しいならそう言え。 
リナにも相談できない事だったんだろうが
ならなおさら俺に言えばいいんだ。・・・苦しかっただろうに、よく耐えていたな」

ポン、と。頭に乗せられたのはゼルガディスさんの手。

「で、現状どこまで進行している?」

「実は今夜までに相手を連れて来れなければ、明日一気に見合い相手と結納です」

「・・・本当に、待ったなしじゃないか」

「ええ、ですから私を助けると思って、どうか潔く結婚してください」

本当に、同情でも友情でもなんでもいい。
あなたの傍にいられるのなら。家を捨てられない私には、これしか方法がないんです。

「一つだけ覚えておけ。 確かに俺は旦那のようにはなれないだろうが、それでも。
大事な女をいつまでも泣かせたままにするつもりはない」

「え?」

それって。

「アメリア。俺は人助けで婿養子に入るほと善良じゃないのは知っているな?
確かに研究は手放せないが、それでも必ずお前の居場所は作るさ」

頭の上の手が離れて、私の手を取って。

「リナ達には卒業まで黙ってろ。 バレるとまた色々と五月蝿そうだからな」

ほの温かく硬いリングが薬指に通される。

「・・・ゼルガディスさん」

見上げた先には、今まで見た事ないような真っ赤な顔で
そっぽを向いてるゼルがディスさんの横顔。

「・・・はい、忘れません」

今度こそ、感情と同じ表情を浮かべた私に。

大きく柔らかな手が差し伸べられた。



「すまん、ちょっと電話だけさせてくれ」

あの後、さっくりと作業を終わらせて私服に着替えたゼルガディスさんでしたけど
急に携帯を取り出して・・・すぐに切ってしまった。

「大丈夫なんですか?」

「ああ。それよりこのまますぐお前の家に向かうのか?」

「ええ、こういう事は一気に済ませてしまいましょう。 相手がひるんだ隙を突きたいですし」

「まったく、リナといる時はそういう顔を見せないのにな」

「ええ、こんな裏の顔はリナの知ってる「元気で正義大好きなアメリア」には似合いませんしね」

「・・・リナは、知っていると思うぞ、たぶん。言わないだけで」

「ええ、私も知っています。だからそんなリナが好きなんです。」






後日、結局いろいろあってリナにはゼルガディスさんとの事を白状したら
リナにもこっそりと教えてもらった。
あの日の電話は、ゼルガディスさんが事前予約しておいたディナーを2人に譲る為だったと。