ようやく寒さも和らぎ、街角の花壇や他所の庭先に
色とりどりの花が咲き始める春、3月某日。

あたしはいつもの交差点で、『元』友人であるガウリイと待ち合わせをしていた。

元、がつくようになったのは、ちょうど一ヶ月前から。

長い間、気の合う友人として付き合ってきたあたし達だったんだけど。
2人で過ごす時間の流れのうちに、いろんな事があったりしているうち。
いつの間にか、お互いの中に生まれた感情があって。

「お〜い、リナ〜!!」

交差点の向こうから、ガウリイが手を振ってる。
ブンブンって、まるででっかい犬が尻尾を振るみたいに元気いっぱいに。

一応大人でしょうに、そんなに開けっぴろげに笑わないでよね?

「だいぶ待ったか!?」

信号が青になると同時に、こっちに走ってくるガウリイ。
そんなに走らなくっても、あたしも今来た所だってば。

「そ〜よ♪ あたしを待たせた罰として、お昼はあんたのおごりでよろしく♪」
笑ってあたしは手を差し伸べた。







「ほんとに、ここで良かったのか?」

ガウリイを誘ってやってきたのは、いつも利用している大衆食堂。
学生街のど真ん中にあって、安くて美味しいし、しかもボリュームもたっぷりで。

「だって、こないだみたいなレストランに行ったらガウリイのバイト代じゃ
とても払いきれないでしょ? う〜ん、リナちゃん優しいっ♪」

ちょうど一ヶ月前のバレンタインデーには、急遽代打を頼まれて
日頃縁のないような豪華ディナーを堪能したっけ。

そういやあの日、急用が入ったからって譲ってくれたけど、
あの店のディナーコースってけっこう高かったような。 
その後どうしたのか、ゼルに聞いてみようかな?

とりあえず壁に掛けられているメニューを片っ端から注文していく。
食堂のおばちゃんも、あたし達の食べっぷりを良く知っているから
「あいよ〜」って、片手を挙げて笑ってくれるし。
やっぱり、食事はリラックスしながら楽しく食べなくっちゃね。


オムライスにチャーハン、天丼カツ丼中華丼。

鶏唐揚げにカレイの煮付け、ミックスサラダにお味噌汁。

ハンバーグには溶けたチーズとデミグラスソースがたっぷりかかり、
横に添えられた人参グラッセとスパゲティがまた美味しいんだわ♪

炭水化物とお肉ばっかりじゃ身体に良くないって追加したサラダは
しっかりシャキシャキで、おばちゃんの自家製ドレッシングが添えられて。

こっくりと芯まで味の滲みこんだ筑前煮も絶品。

ミックスフライ定食のエビフライは奪い合いの結果、2匹ともあたしがゲットしたけど
代わりに付け合せのかぼちゃサラダを持っていかれたから、勝負としては
まぁ、五分五分だったかな?

食後の緑茶を啜りながら、あたしはガウリイに話しかけた。

「ねぇ、デザートはどこを攻める?」

『最近出来たお店のケーキバイキングに付き合って欲しいんだけど』
そう言おうとした時だった。

「おお、そうだ。忘れる前に渡しておくな?」

ガウリイが自分のかばんをゴソゴソやったかと思うと、
ラッピングされた箱のような物を取り出した。

「・・・なに、これ?」

これって、もしかしてホワイトデーのお返しって事?
でも、それは今日のご飯のおごりでチャラなはずなのに。

「まぁ、いいから開けてみろって」

ほれほれと急かす声に勧められるまま、あたしは包装紙を剥ぎ取り
中の・・・段ボール箱を開いた。

中から出てきたのは。

「おもちゃの宝箱!?」

そう、このいかにも子供受けしそうな可愛らしいデザインと
でっかく描かれたキャラクターは、まさしく。

「リナに貰った天使で、交換してきた」

ガウリイったら、あっさり笑って言うけど。

「あんた、何てもったいない事すんのよ!!」

思わず吼えてしまったあたしの気持ちも判って欲しい。

金の天使はそりゃあもう、子供の頃から「人生で一度は見て見たい!!」って
思うほどに、あたしの中ではレアもので。

そんな貴重な物をあっさりと景品と交換しちゃうなんて、
ガウリイはやっぱり物の価値ってものを分かってない!

ま、まぁ最終的には交換しないのももったいないかなって、思うけど。

せっかくガウリイにってあげたラッキーの象徴だったのに。
もうちょっとだけ大事にして欲しかったかも・・・。

「・・・なんてな。 これはオレが自分で当てた天使でもらったんだ」

ちょっぴし膨れたあたしを見て、またまたニッコリと笑うガウリイ。

「はへ?」

当てたって、ガウリイも金の天使を!?

「そ。 リナと食事した帰りにコンビニでショコラボールを箱買いして
延々パッケージ破る事16個目で、やっと当てたんだ。
いくらなんでも、リナがくれた気持ちを簡単に何かと引き換えたりしないさ。
リナが『景品も欲しい』って言ってたのを思い出したからな。
それ思い出したから、オレも自力でこいつを当てて、リナにプレゼントしたかったんだ。
だから、笑って受け取ってくれると嬉しいんだけどな」

あたしの向かいに座って、幸せそうにお冷なんて飲んじゃって。

そんな風に黙ってりゃ、女の子達が五月蝿く騒ぐ程の器量良しなのに
そのあんたが、駄菓子を箱買いしてまでって。

「・・・バカ」

なによ、ちょっと嬉しいじゃない。

「リナ・・・もしかしてこれ、気に入らなかったか? 
もう一個の奴のほうが良かったか?」

あたしの態度を見て、喜んでないのかと心配してるガウリイ。
ばぁか。こんな風にされて、あたしが喜ばないわけないじゃない!

「ありがと。嬉しいよ、ガウリイ。
じゃあ、早速中を見ちゃっても良い?」

いそいそと箱に手をかけたあたし。
ところが。

「待った! それは家に帰ってから開けてくれ」って。

「どうしてよ?」

「それは・・・おお、そうだ! 宝箱の中身は天使を手に入れたやつしか
見ちゃいけないって、注意書きが付いてたろ?
だから、それは部屋に帰ってから開けてくれ、なっ!」

妙に慌てるガウリイの態度は怪しさ爆発だったけど。

ま、今日の所は追求しないでおきましょう。
今日一日のデート費用全部あんた持ちのお礼って事で♪






その後、2人でしっかりケーキバイキング全種制覇して。
幸せ気分のまま、帰宅の為に駅へと向かう。

「あ、それ」

ガウリイの定期入れに挟まってるのは。

「ああ、こいつはオレのお守りにさせてもらってる」
ほい、って見せてくれたのは、綺麗に切り取られた金の天使。

「せっかくリナに貰ったんだ。 ずっと大事にするからな」

グリグリと、これだけは変わらない所作で人の頭を撫でくって。

「じゃあ、また明日」

片手を挙げて、ホームへと登る階段へ消えていくガウリイ。

それを見送ってから、あたしも真っ直ぐ家に帰った。







「誰と会ってたんだ(のよ)?」って、父ちゃん姉ちゃんに冷やかされ。
母ちゃんにはこっそり「今度うちに連れていらっしゃい」って耳打ちされた。

あいまいな返事をして、逃げ込んだ自分の部屋。

ベッドの上に寝転がって、さっき貰った宝箱を開く。

中身は一体・・・。

まぁ、お菓子会社のおまけなんだから、細々とした文具とか玩具が
詰まっているのは知ってるけど。

でも、それがどんな物なのかはずっと見てみたかったんだ。

そっと蓋を開けて中を覗きこむと、
真っ先に目に飛び込んできたのは、小さな銀色と小さなカード。

『リナへ。 長い事気の合う『友人』だったオレ達だけど。
オレも、ずっと前からリナの事が好きだった。
だから、恋人ってのになれてオレはすごく嬉しかったんだ。 
リナさえ良かったら、これを持ってて欲しい。
いや、使ってくれたらもっと嬉しいけどな。
これからは交差点じゃなくて、オレんちでゆっくり話さないか?』

ぶっ!!
こ、これを自分の目の前で開けられたくなくって必死になってたわけね。
いや、まったく、大の男が可愛い真似してくれちゃってもうっ!!

クスクス込み上げてくる笑いがちっとも納まらない。
やだ、なんでこんなに嬉しいのよ。

まったく、たった一枚でこんなに大きな幸せが訪れるなんて、
さすがはあたしのレアアイテムだわ。

う〜ん、金の天使恐るべし。

笑いは未だ収まらないけど、落ち着くのなんて待っていられないわ。

携帯電話を取り出して、発信履歴から選択したナンバーにコール。

「もしもし」

嬉しそうな奴の声に、あたしは笑ったままで宣告した。

「これからずっと、イヤってほど入り浸たってあげるから覚悟してよね!」