うれし恥ずかし朝帰り







まだぼやけてる視界に映った天井は、ヤケに真っ白かった。
見慣れない形の照明に、ここはあたしの部屋じゃないんだと思い出す。

ゴロンと寝返りを一つ。

柔かすぎて背中が痛くなったソファベッドからぽてりと落ちて、
あたしは冷たいフローリングの上に転がった。

「・・・こっちの方が寝心地いいわね」

板の上、ベッタリとつけた頬が気持ちいい。
程良い冷たさが、寝ぼけた頭をクリアにしてくれる。

「おっ、起きたのか?」

でっかい足がこっちに近づいてきて、ひょいとしゃがみ込んだ。

その動作で足が突き出され、膝小僧があたしに当たりそうになって。

「ていっ」

つい、条件反射で叩いてしまったら。

「おはようって言う前にこの仕打ちかよ・・・」
へにゃけた顔して、ぼやいてるガウリイ。

なんか、あんた萎れてない?

爽やかな朝だってのにまったく近頃の若いもんは!!
って、あたしも近頃の若いもんだった。しかもガウリイよりも更に若いし。

「ごめんごめん、つい、条件反射で」
笑いながら、よしよしと叩いた箇所を撫でてあげる。

言っとくけど『この仕打ち』って、そんなに力込めてないわよ?

「ガウリイおはよう。んで、朝ごはんは何かしら?」

よいしょ、掛け声一つ。

ウ〜ンと伸びを一回、さっさと身を起こしてそのままキッチンに向かう。

スタスタ歩きながら、手首につけておいたヘアゴムで
寝癖のついた髪を一つに束ねてしまう。

いつまでも(一応)彼氏の前で、寝乱れたボサボサ頭を披露したいとは思わないでしょ?

カチャン、カパ。
一つ口のコンロには、片手鍋にワカメとお豆腐の味噌汁が用意されていた。

「えらいえらい。 インスタントじゃないのね〜♪」
横にあったお玉で一口味見して・・・。

「ガウリイ、お出汁入れた?」
これ、味噌の味しかしないんでやんの。

「味噌に入ってるらしいから、それでいいんじゃないのか?」

あたしの頭上から鍋を覗き込んで、美味くないか?と
心配げな顔をしているガウリイに、「あんたはどこぞの新妻か!」
なんて突っ込み入れたくなっちゃうけど。

あたしを起こさないように気をつけながらこれを用意してくれた
その健気さに免じて、今回は見逃してあげるわね。

「ううん、美味しいけど・・・もう一味欲しいかな」

ゴソゴソ戸棚を漁ってたら、鰹節の小パックを発見。
まぁ、具の一つだと思ってもらおうと、封を切った鰹節をそのまま投入。
どうせ茶漉しも出汁パックもないのは判ってるからね。

「卵ってある?」

「ああ、何個いる?」

「3つでいいんじゃない?」

「ほれ」

結局二人作業でマグカップに卵を割り入れ、
菜箸で解し沸騰させた鍋に細く流し入れて。

「ご飯はあるのよね?」

一人暮らしには似合わない、ファミリーサイズの炊飯器に目をやる。

「ああ、さっき炊けたとこだ」

「じゃあ、あとは海苔と納豆と・・・なんか、もうちょっとボリュームが欲しいわね」

「なら、これ食うか?」
ガチャン、再び開いた冷蔵庫から取り出されたのは。

「何でそんなもんが入ってんのよ!」
どうして半身の生ジャケが一人暮らしの男性宅冷蔵庫から出てくるの!?

「昨日お裾分けでもらったんだ。 ただ、うちには魚を焼く網がないんだよなぁ」

困り顔のガウリイが、妙に可愛い。

「網がなけりゃフライパンでいいじゃない。
全部焼いとく?半分冷凍しとく?」

さっさとまな板と包丁を手に、切り身の製作にかかるあたし。

半身って言ってもそれほど大きくない。
ん、全部焼いといてほぐし身を作るか。

結局、全部塩を振って焼いて、半分お皿に残し冷蔵庫へ。
半分は食卓に並べた。

他のおかずやら箸やらの準備も、二人でやればあっという間にスタンバイOK。
小さな座卓いっぱいに朝ごはんを並べて、向かい合わせに座って。

「じゃ、いただきます」

「いただきます」

ちゃんと手を合わせてから、お箸を手に戦闘開始。








あっさりとした朝食はすぐに終了。

「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした」

膨れたお腹を擦りながら笑って二人で箸を置き、汚れ物を流しに運ぶ。
さてと、スポンジ・・・って、手を伸ばそうとしたら。

ガウリイ、なんであんたが持ってんの?

「リナは座ってろよ。後片づけ位やっとくから」
でっかい手に握られた緑色の葉っぱ型スポンジ。

あんたが持つとそれ、普段よりも小さく見えるわね。

「じゃ、そっちはお願い」

濡れ布巾を手に、座卓に戻って簡単に拭いて。

「ガウリイ、ちょっと洗面所借りるわね!」

ポーチを手に、あたしはユニットバスに立てこもった。

「うわちゃ、やっぱり寝癖ひどい・・・」

鏡を見ながらゴムを解いて、髪にブラシを入れてみるものの
なんかいつもみたいに決まってくれない。

いつものドライヤー持ってくるの忘れちゃったし。

結局、仕方がないので首の後ろで三つ編みに纏めてしまった。
前髪は水で濡らして簡単に修正。

「さて、と。問題はこの後なのよ・・・」

昼までには家に帰らなくっちゃいけない。

結局、昨日はここに泊まってしまったのだ。

もちろん何もなかったし(添い寝はしたけどさ)一応前もって
外泊する許可は貰っていたけど、それはアメリアの家って事になっている。

やたらめったら鼻の効くうちの家族に、どこまで誤魔化し通せるだろうか。

話がややこしくならないうちに、ちゃんとガウリイを彼氏として紹介しなくちゃ。

でも、紹介したらしたで、いらん事まで根掘り葉掘り聞かれそうだし・・・。

「なあ、今日はどうするんだ?」

薄い壁の向こうから、ガウリイの声がする。

「ん〜、午後から店の手伝いする事になってるのよ。
かーちゃんに帰ってこいって言われてるから」

あたしがアメリアの家に泊まった翌日は、そのまま遊びに出かけたり
レポートしたりするから、ほぼ確実に夕方まで帰らないって
かーちゃんも知ってるはずなのに。

今回は珍しく昨日、家を出る前に
「リナ、明日はお昼前には帰って来てちょうだいね」と
頼まれていたのだ。

まぁ、ちょうど月末だし。店の棚卸しの手伝いかなんかだろうけどね。

「なら、しょうがないな。 本当は一緒に飯でもと思ってたんだが」

ピリリリリ・・・!!
 いきなり、けたたましい電子音が鳴り響いた。

「ちょっとごめんっ!」
あたしは慌てて鞄の中から携帯を取り出した。

この着信音はねーちゃん専用のもの。
万が一、取り逃がそうものなら後でどんな仕打ちをされるやら。

『ピッ』

通話ボタンを押しながらジェスチャーでガウリイに
『喋らないで』の合図と不審がられないように息を整えて・・・。

「もしもしねーちゃん、どうしたの?」

普段通りに喋れてるわよね。

『リナ、帰ってくる前に薬局に寄って包帯と湿布買っていらっしゃいね。
そうそう、スーパーでおつまみ買ってくるのも忘れない事。
それから、後ろの奴に『まさか、逃げないわよね?』って伝えておいて。じゃ』

普段どおりの落ち着いた口調で一方的に話すと。

プッ。

ねーちゃんからの通話は、切れた。

ツーツーツー。

・・・・・・・・・。

こ、こりは・・・!?

「リナ?どうした? 顔が真っ青だぞ!?」

慌てた様子でガクガク肩を揺さぶってくるガウリイ。

『逃げないわよね?』って、
ねーちゃんがアメリアに対してこんな事を言うわけがない。

って事は。

ピピッ。プルルルル・・・。

「この電話は現在、お客様の都合により・・・」

無常に流れるメッセージ。ちっ、アメリアの奴逃げたわね!

「おい、リナ?」

うっさい! 今あんたに構ってる余裕はないんだって!!

「リナ、ちょっと」

だから取り込み中だって!!

「電話だぞ。リナのお母さんから」
ホレ、と、手渡されたのはこの部屋の『固定』電話の受話器。

「かーちゃんから!? 何でここの番号知ってるのよっ!?」
ひったくるようにして受話器を受け取ると
「リナに聞きたい事があったのよ。ガウリイさんってお肉とお魚どっちが好きかしら?」
電話口からは、おっとりしたかーちゃんの声。

「どうしてかーちゃんがここの番号知ってるの!?」

「あら、リナの交友関係位把握してなくちゃ、母親として失格でしょう? 
それも、この先長〜いお付き合いになる人なら尚更だわ。
今日はお父さんも仕入れ切り上げて帰って来るんですって♪ 
で、お肉とお魚どっちがいいのかしら」

電話口で小首を傾げているかーちゃんの姿が見える気がした。

「どっちでも文句言わせないから! じゃあ後で!!」

ガチャン!と通話を切って振り返ると
何も分かってないらしいガウリイが、きょとんとした顔でとこっちを見ている。

『ああっ、いっそ二人で逃げてしまおうか!!』
などと考えたけれど、この先の事を考えたら
潔く腹を括るしかないだろう。

「ガウリイ・・・骨は拾ってあげるから。あんたもあたしのを拾ってよね」
重々しく呟いて肩を叩いたあたしの態度で、何かを察したようだったけど。

「ま、なるようにしかならんだろ。だからまぁ、心配すんな!」
あたしの彼氏は、あっけらかんと笑ってくれた。






しかしこの後、あたしの家に顔を出したガウリイは。

ホカホカと湯気を立てる昼食を前にしながらも、
一切手を出す事を許されず。

にこやかな笑顔を貼り付けたねーちゃんと父ちゃんから
「よくもうちの大事な娘に手ぇ出してくれたよな、えぇ?」
「付き合いだしてすぐ彼女に外泊を迫るなんて、ちょっと見過ごせないわね」
などと、席の両側から絶妙なコンビネーションで突付かれまくり。

かーちゃんからは「うふふ、ガウリイさん頑丈そうだから。
このまま放っておいても大丈夫ね」と
暖かい視線を送られる事になるとは、知る由もなかったのだった。