「ん、新製品ゲット!」

チャリチャリと硬貨を数枚機械に投入、光るボタンをピッと一押し。

ガタガタガッチャン!

 硬い音で転がり落ちてきた缶を取り出してもう一度同じ動作を繰り返し。

購入したものを鞄に収めて目的地に向かった。






「おじゃましま〜す」

ここは勝手知ったるガウリイの部屋。
鍵の掛かっていなかったドアを開けてさっさと上がりこんだ。

もちろん返事なんて待ちゃしない。

既にここの鍵を貰っているからには遠慮はいらない。

「おっ、来たか!」

奥からガウリイが顔を出した。

実は今日あたしがここに来た理由は『やり直しお泊り』の為なのだ。






前回(一ヶ月前)、アメリア宅に泊めて貰うと嘘をついて
ガウリイの部屋に来たあたし。

その嘘は実はあっさりと見破られていて。

翌日、二人してうちの家族に呼び出されて
たんまり事情聴取を受ける羽目になった。

特にガウリイは父ちゃんの怒りを一身に受けて。

『この野郎、嫁入り前の大事な娘をてめえの巣穴に引っ張り込むたぁ、
いい根性してるじゃね〜かよ、ああ?
まぁ、素性が割れてるだけそこらの馬の骨よりゃましだが、それはそれ、これはこれだ。
きっちりケジメはつけてもらうぞ!!』などと、難癖つけられた挙句に
強制連行された店の倉庫で、散々良い様にこき使われたみたいだ。

まぁ、父ちゃんに会わせた瞬間タコ殴りにならなかったのは
どうも以前に面識があったからのようだ。あたしは知らなかったけど。

とっぷりと日が暮れた頃。
二人して全身埃まみれになって帰ってきた。

二人の間でどんな会話が交わされたのかは知らないけれど、帰宅後は
昼食時の超険悪ムードが一変していて、内心ホッとしたっけ。

お互いビールを酌み交わしながら穏やかに談笑したりなんかして、
すっかり打ち解けていたようだけど。

ガウリイはどこでやっちゃったのか、片頬が大きく腫れ
口の端には切れた跡があった。

そして父ちゃんはと言うと、右手の甲は皮が破れて血が滲んでたりして。

ガウリイがトイレに立った隙に、こっそり父ちゃんに「ガウリイになんかした?」って
聞いてみたけど「いんにゃ」とはぐらかされてしまっただけ。

ガウリイにも聞いてみたけど、「何も心配するような事はなかったさ」って
同じく笑ってかわされてしまった。

ねーちゃんには「自分の身体は自分で管理するのよ」と忠告されただけで
嘘をついて外泊した事にはお咎めなし。

つい「もっと怒られると思ってた」って本音を吐いたら、ねーちゃんは笑って
「成人式を過ぎた人間にあれこれ指図するほど、私はお節介じゃないわ。
それに、あんたが自分であの人を選んだんでしょう?
なら、私はリナの選択をただ見守るだけよ」と言ってくれた。

ま、そのあと「ただし。もしあの男がリナの事を弄んで捨てたりしたら。
私個人の感情として、それ相応の報いを受けさせる事はあるでしょうけど」と
ボソリと呟かれて、あたしの背中を冷たいものが走った。

ただ一人、かーちゃんだけが嬉しそうに「ガウリイさんと仲良くね」って
普通に祝福してくれて、それがすごく嬉しかったな。







「本当に来ちゃったわよ」
笑いながら肩の鞄を下ろしガウリイに渡して、二人でソファーに座り込む。

「親父さん達、ヨーロッパだって?」

「そ。そんでねーちゃんは友達と信州に一週間」

「店の方はいいのか?」

「まぁ、銀婚式の記念旅行だし。たまにはゆっくり羽を伸ばしてくるって言ってたわよ。
ついでにいい品があったら仕入れもしてくるから、帰ったら手伝いに来いって父ちゃんが」

「ああ、そのくらいお安い御用だ」

今朝からあたし以外の家族が揃って旅行に出かける事になって、
一人で留守番するよりはと、ガウリイの部屋に泊まる許可が下りたのだ。

家族に嘘をつく後ろめたさがないのは気持ち的には楽だけど・・・
なんか、ちょっと照れるかな。

親公認って言っても、彼氏の部屋にお泊りってのはやっぱり、
色んな想像をしてしまうわけで。

複雑な心境を抱えているあたしの気持ちを知らずに、のんきな顔で
TV画面を見つめて笑っているガウリイに少しだけ寄りかかってみる。

やっぱり、ドキドキしてるのはあたしだけなのかな。

それとも、ガウリイもドキドキしてくれてるのかな。

TVが映している番組を、上の空で見つめてごにょごにょ考えていると
いつの間にか肩に回された手が、ゆっくりとあたしを引き寄せて。

「ゆっくり、しよう。な?」

そのまま大きな手に誘導されて、あたしは仰向いて目を閉じる。

すると、唇にすっかり馴染んだ感触が落とされた。

触れるだけのキスを終えて、名残惜しげに離れていく唇が
「一生大事にするから」って囁いてくれた。

「・・・よろしく」

「ああ、こちらこそ」

改めて言葉にすると、余計に照れてしまい、つい向かい合って
お辞儀なんかしちゃって、顔を見合わせて笑っちゃったり。

そんな風に穏やかに、夜は更けていったのだった。






「おはよう、リナ。・・・大丈夫か?」

うっとりと目を開くと、心配そうなガウリイの顔が飛び込んできた。
ああ・・・眠っちゃってたんだ、あたし。

「うん、なんとか」
サッと視線をそらす。だって、やっぱり照れくさいから。

「喉、渇かないか? 何か欲しいものあるか?」

労わるようにあたしの頭を撫でながら聞いてくるガウリイに「あたしの鞄取って」と
頼んで、渡された鞄の中から、昨日買っておいた缶を取り出す。

「はい、ガウリイ」

「ん? コーヒーか?」

「そ〜よ。 ミルク大目だから、苦いのが苦手なガウリイでも大丈夫でしょ?」

カシュン。

プルトップを引き上げ、自分の分に口をつける。

普段は甘さ控えめが好きなあたしだけど、今日は特別。

こんなに幸せな時間には、ミルクとお砂糖たっぷりの
とびきり優しい味が似合うと思ったんだもの。


この商品のキャッチフレーズは「楽園ブレンド 安らぎの時間をあなただけに」 

まさに今のあたし達に相応しい謳い文句だと思ったの。






あんたが傍にいてくれれば、そこはいつでもあたしの『楽園』