手には刃、じれた足が踏みしめるは荒縄の束。
眼光鋭く、食いしばった歯がギリギリ嫌な音を立てている。
・・・・・・あたしは物陰で息を潜め気配を殺していた。
見つかったらただじゃすまない。
どうにかしてこの場をやり過ごし突破口を見つけ出さねば、あたしに明日は来ないのだから。
傷ついた腕の止血は終わっているが、さて。撒き散らしておいたワインの香りで誤魔化せるかどうかが第一の鍵。奴は嗅覚すらも人間離れしているから、血臭を嗅ぎ付けられれば万に一つの勝ち目もなくなってしまう。
かたん。
戸口の方から微かな物音。
瞬時に反応して見せた男は音のした方へ足を向け、ゆっくりと歩いていく。その、鬼気迫る雰囲気を纏う背中には一筋の切り傷が。
なんて無茶をしてくれたんだろう。
見たところかすり傷のようだが、それでも傷は傷。
それをつけた剣に毒でも塗られていたらどうすんのよ!!
一歩、前へ踏み出すたびに揺らぐ肩。
おぼつかない足取りと、何かを求めるように前方へ突き出される手。
やっと食いしばるのを止めたらしい唇が、虚空の中に小さくな音を紡ぎだした。
「・・・リナ」と。
完全に不意打ちの、途方にくれたような男の呟き声があたしの胸をガンッ!と揺さぶった。
土埃とぶちまけた樽ワインで盛大に汚れた床に、撒き散らされたぶつ切りの頭髪と、びりびりに裂けた元『服』の残骸達。わだかまった荒縄にこびりついた血は既に凝固し黒ずみ始めている筈。
「・・・リ・・・ナ・・・」
ああ、やっぱり騙せなかったか。子供だましな隠ぺい工作なんてやるだけ無駄だったみたいだ。
握った刃を取り落として、彼はその場に崩れ落ちてしまった。
震える掌で顔面を覆い項垂れたまま、何度も何度もあたしの名前を呼び続けている。
あたしは。
あたしは、まだ自分可愛さで彼を苦しめるのか。
あんなガウリイは見たことがない。
悲愴な声で、悲痛な声であたしを呼ぶ姿なんて見たくもなかったのに。それをさせてしまったのはあたし自身。
「・・リ・・・ナ・・・すま・・・ん。守れ・・・な・・・て・・・」
違う、あたしは死んでない。
「止めれば、良かったんだ・・・どんなに、嫌がられても。こんな・・・こんな、結末・・・みる、くらい・・・なら・・・」
どがっ!!
思い切り床板を殴りつけた彼の背中は、見て分かるほどに震えていて、痛々しいほど。
「・・・がう・・・り、い」
ありったけの勇気を振り絞って、声を出した。
びくんっ!!
「リナ、か? リナなんだなっ!!」
あたしの呼び声に即座に反応した男は、まっすぐこちらに駆け寄ってくる。
「リナ!! 返事をしてくれ!!」
血相を変えたまま障害となるもの全てを蹴散らし、薙ぎ払いながら、とうとう彼はあたしの目の前までやってきた。
「無事か!?・・・どうした、んだ・・・その、髪・・・」
唖然とあたしを見つめる彼の目の奥に浮かんだ悔恨の色を見つけて、言葉に詰まった。
「たいしたこと、ないから。 だから、そんな目で見ないでったら」
殊更明るい口調で肩口で掻き切られた髪を右手でかき混ぜてみたんだけど。
ガウリイの視線は、あたしの髪から下へと移動して・・・破り取られた上着やら鉤裂きのできたレギンスを見つけるたび動揺が増していく。
「・・・リ・・・ナ・・・。 おま・・・なん・・・で・・・」
そんなに動揺するのなら、見ないで。
かわいそうなものを見る目でなんて、あたしを見るな!!
あたしはこんなの、全然大した事だなんて思ってないんだから!!
「生きてるから。 だいじょ、ぶ、だから」
髪はゼロスとの取引に、衣服は囮に使っただけなの、だから。
おずおずと伸びてきた腕に捕らえられて、そのままぎゅうっと抱きしめられた。こんなになってる本人よりもどうしてあんたが傷ついた顔するの?
「あたしは、無事なの。・・・ね、とにかく。ここから出ましょ?」
「・・・無事? これの、どこが・・・無事だ、ってんだよ・・・」
蒼白な顔色を隠そうともせずあたしを抱く腕は、逞しくて。そして、限りなく強くて優しい。
ごめん、また心配かけちゃった。
「あんたの危惧している事態ならちゃんと回避したわ。 だから、そんな目であたしを見ないで」
狭い空間の内で無理やり強引に体勢を整え、わざと胸元を晒してやる。肌着の下に巻き付いたままの布が見える? ほらね、あたしは無事なの。だから。
「だから、泣かないでったら」
自慢の髪があっさりぶった切られたのは、そりゃあ悲しい事だけど。
あたしは、あたしの我を押し通して戦っただけなんだから。お願い、あたしの代わりだ、って、勝手に傷ついたりしないで」
これは、代償。
「あたしの一部を使うことで、大切なものを失わなくて済んだの。・・・だから!!」お願い、なにも責めたりしないで。
「・・・リナ・・・」
呆然とあたしを見たガウリイは、途切れた髪を掬い上げると、自分の髪も前方に引っ張り込んで、ざっくりと。彼の髪をあたしの長さと同じになるよう、腰からショートソードを抜いて一気に断ち切ってしまった。
「あ、あんた馬鹿でしょ!! なんであんたまで切っちゃうのよ!!」
「・・・オレの監督不行き届きの結果だからだ」
正直、見つかった瞬間に思いっきり怒られるって思ってた。
性懲りもなく盗賊いぢめに行くからだって、叱り飛ばされると思っていたのに、こんなんじゃあたし、謝ることもできないじゃない!!
「いいか。 もうオレは何も言わん。何かある度こうやって、自分を罰して思い知らせてやる。 それが命に関わることならなおさら、な」
なんて脅迫の仕方すんのよ、この!!
「・・・あたしは、ちゃんと自分を守ってるわ。腕の傷は浅いし、髪なんてすぐ伸びるの!」
半日前のあんたに比べたら無傷って言ったって差し支えない位にね!!
「なら、オレのだってすぐに伸びるさ。第一野郎の髪になんか何の値打ちもありゃしないんだし、気にするな」ブスッとした口調で言い切られれば返す言葉はなくなってしまう。
「とにかく、宿に帰りましょ。 いつまでもこんな格好でいたくないわ」
あたしは立ち上がり、出口へと向かった。
露出した肌を彼に晒すのはとてつもなく恥ずかしかったけど、全裸を晒すわけじゃなし、あたしの状態を把握されてもいるし。
「・・・ゼロスは、何と」
短い、しかし核心を突いた問いかけに、あたしは一瞬立ち止まってしまった。
「・・・やはりそうか。 またオレは・・・」
うるさい、うるさい、うるさいっ!! あれは不可抗力だったんだからあんたが気にすることじゃない!! だから、何があったのかなんて知られたくなかったのよ!! ただの盗賊いぢめの現場のように取り繕った努力も全部無駄!? ああ、だから髪、だったのか。
一目で異常事態だと知らしめる為の小道具。治癒では治せないあからさまな傷。ゼロスめ、あたし達の負の感情をどれほど喰らってほくそえんでいるのやら。マッチポンプとはよく言ったものだ。
「・・・なら、責任取ってよ。二度とあたしの趣味に口挟まないで」
「おい」
「そんで、出かける前には声かけるから」
単独行動が危険だというのなら、あんたがついてくればいいだけのこと。互いに背中を守りあえば、不意を突かれる確立は限りなく下がる。これが、あたしにできる最大の譲歩案。
「ああ、わかった」
了承の声と同時に、身体が宙に浮く。
「宿に戻ろう」
労わる様に肩を抱かれて、外へ出る。
朝の光が目に眩しくて、涙が滲んだ。
もっと。
もっと強くならなくちゃ。
もっと。
もっと、強くならなくては。
二人揃って生き残る為に。
眠い頭の中からぼーと書き出して、朝ちょろっと加筆。
支離滅裂なのはいつものことなので〜(土下座)
|