頭を撫でる




パシャン。

冷たい水に浸したタオルをギュッと絞っておでこの上に乗せてやる。

「う〜っ……」

 ひんやりとした感触に唸りを上げたのは、あたしの自称保護者兼相棒だ。

 普段のほほんと笑っている男がこうして魘されるなんて、本当に稀な事態である。
 
 世間一般に『スィーフィードは火傷しない』『魔族は世界の中心で愛を叫ばない』
と言うのと同じく『クラゲは風邪を引かない』という諺があったと思ったのだが、
どうやらあたしの勘違いだったようである。
現に今ここで、脳みそクラゲなガウリイが高熱を出してベッドに沈んでいるのだから。



 「まったく、頑丈がとりえのあんたがまさか、流行り風邪をもらっちゃうなんてね」

 触れるより前に熱いと判る真っ赤な頬。

 手を添えてやると、眠りから醒めたのかうっすらと目蓋が持ち上げられ、
潤んだ青い瞳が現れる。

 「……リ……ァ……」

 声すらも荒れて擦れてまともに発声できていない。

 「喋らなくていいわよ。喉痛いでしょ? ほら、お水」

宿の主人に借りた吸飲みを口元に近づけてやる。

 コク……コクン。

 「……あり……と、な」

 しかしガウリイは、ほんの少し喉を湿らせただけで飲むのを止めてしまった。

 「もっと飲まなきゃ、治るもんも治らないわよ。
熱がある時一番怖いのは脱水症状なんだから」

 もう一口だけでもと勧めてみても、彼は力なく目を閉じてしまう。

「じゃあ、下で重湯か果物でも見繕ってくるわ」

 もしかしたら無駄足になるかもしんないけど、欲しがってから
準備をしたんじゃ遅くなってしまう。
とりあえず用意をしておけば、この部屋でも温めなおしたり位はできるんだし。

 静かに部屋を出ようとしたあたしだったが。

 「なに? やっぱり飲むの?」

 それを阻んだのは、服の裾を摘んだ彼の熱い手で。

 「……ゃだ。 ……ここ……て、くれ」

 縋るような目と声で、あたしを引き止めてるガウリイ。
息を吐くのも辛いだろうに、ぎゅっと服を掴んだ手は緩みそうにもない。

 「どうしちゃったのよ」

 滅多にない病気にかかった所為で、気が弱くなってしまったのか。
普段からは想像もつかないような、弱弱しく頼りない表情の彼。
まるで子供のように、顔に『行かないでくれ、一人にしないで』って書いてある。

 ガサガサなのも痛々しい唇がゆっくりと開いて『ここにいてくれ』って形を作って息を吐いた。

 「あのね。あんたの看病する為にいろいろとやらなきゃいけない事があるの。
用が済んだらすぐ帰ってくるから、ちょっと席を外す位我慢しなさいって、ね?」

 高熱の所為なのか、やけに幼く見える彼の頭をぐりぐり撫でて諭すあたしに、
ゆるゆると首を動かして一人は嫌だと訴えるガウリイ。

 「……だ……ここに……て、くれ……よ」

 「ちょっと! 寝てなきゃダメじゃない!!」

 無理やり起きようとするガウリイの肩を押さえて、何とかベッドの中に押し戻す。
ほら、こんなに熱い身体しといて何考えてるの!!

 案の定無理が祟ったのか、激しく咳き込む背中をさすって水を飲ませて落ち着かせて。

 「……リナが、い……りゃ……る」

 ようやく咳が落ち着いたと思ったらこんな事言うし。

 「あたしがいたって、何にもしてあげられないわよ?
リカバリィは風邪の菌まで活性化させちゃうから使えないし。
ゆっくり寝るのにもあたしがいたら邪魔でしょ?」

 「……ま、じゃ……なぃ」

 『頼むからここにいてくれ』と。

あたしに対する気遣いでなくて、本心から。

まるで幼い子供のように心細さを彼が訴えている事に、ようやくあたしは気がついた。

 だからあたしは「なんだか今日のガウリイは、すっごく甘ったれに見える」と
笑って、彼の頭をゆっくり、ゆっくりと撫でる事にした。

 「こんな……オレは……いや、か?」

 「やじゃないわよ。ただ、今まで見た事なかったから、ね」

 こんなに寂しそうなガウリイは初めて見たから、ちょっとだけびっくりしただけ。

 「ずっと横にいるから、安心して寝てなさい」

あたしは母親が子供にやるように、ニッコリと微笑んでみた。

 すると。

 「ガウリイっ!?」

 ホロッと、彼の目尻から零れたものが。

 「……すまん。 熱の所為で……てる、だけだ」

 あたしに涙を見られたのが恥ずかしかったのか、
ガウリイはガバッと腕で顔を覆い隠してしまった。



 「いーわよ。 さっきのは見なかった事にしてあげる。
……だから、早く治しなさいよね」

 ようやく安心したのか、規則的な寝息を立て始めた『大きな子供』の髪を撫でて、
耳元にそっと囁いてやる。

 子供の頃の彼は、一体どんなだったのだろうと想いを馳せながら。