恋愛お題5題 

+1(おまけ)




軽い寝息を立てて、隣でリナが眠っている。
オレの腕を枕に、幸せそうな表情を浮かべながら。



あいつが毛布から姿を現した瞬間。

情けないかな、オレは本気で頭の中が真っ白になっちまってた。

リナの方からあんなに大胆な誘いをかけてくるとは、正直まったくの予想外。

咄嗟に布団に突っ伏したのは正解だったと、今更ながら思う。

あの格好はとにかく、反則もいいところだぞ?

あと一押し誘惑の色が強けりゃ、オレは
問答無用でリナを押し倒しちまってただろう。

リナは「待たせた」と言ったけど、ずっと待たされてたのは
オレの方なんだぜ?

あの冬の日、かなり本気で「このタイミングなら!」って思ってたんだから。

なのになぁ・・・。

タイミングってのは、一旦ずれちまうと修正が難しいっつうか。

あの日、強引に部屋に連れ込んで、だるまストーブよろしく
着込みまくってた防寒着の数々をひっぺがした。



・・・までは、良かったんだよな、うん。



まるで玉ねぎでも剥くように、一枚上着を脱がせる毎に細くなる、リナの影。

部屋の隅に布地の山を築き上げ、やっといつもの貫頭衣とズボンまで戻して
残りはベッドの中でゆっくりと・・・。なんて、企んでたのに。

誘う為に掴んだ手の、あまりの冷たさに本気で驚いた。

グローブつけて、更に上からぶっとい毛糸で編んだミトンをつけてたのに
ついさっきまで氷水に突っ込んでたみたいに冷やっこいんだ。

「ガウリイ、寒い!! 寒いって!!」

オレが躊躇した数瞬は、リナにとっては随分長かったろう。

小さく縮こまりガタガタ寒さに震えて、
終いには自分からベッドに飛び込んだ位なんだから。

これはとにかく温めるしかない。
腹を括ったのは、紫色の唇に気付いた時だ。

すっかり布団を抱え込んでもまだ、リナは寒さに震えていた。

カチカチと歯の根も合わず、これ以上体温を逃がすまいと
身体をギュッと丸めながら、心底恨めしそうにオレを睨む。

慌てて布団の上からさっき剥ぎ取ったコートやマントを被せて、
暖炉に薪を大量投入したが。リナにはまだまだ寒いらしく、
ぴるぴる震えて布団に埋まったまま、出てこようともしない。

これ以上効果的な方法は、最初に目論んだ手しか思いつかなかった。

アーマー類を外して、備え付けのクロゼットを探る。
この時期、大抵の宿は防寒用の寝巻きを仕度してくれている筈だよな・・・と。

思ったとおり用意されていたパジャマを着込み、オレも素早く布団に潜り込んで
震え続けるリナをギュッと抱きしめて。

今夜は絶望的だと、悟った。

内心「どうなってんだ!」って頭を抱えちまった程、
リナの身体はどこもかしこも冷え切っていたんだ。

特に末端が酷く冷たくて、なんでこんなになるんだと
問い詰めたくもなるが、とにかく温めてやらなきゃ始まらない。

布団の中央にリナの身体がくるよう、抱いたまま位置を調節してから
リナの足を太腿で挟み、両手もオレの手で包んで
ふぅふぅ息を吹きかけてゴシゴシ擦ってやる。
チラッと見た爪先は真っ白で、血の気が失せているのが一目で判る。


普段ならこんな事をした時点で、恥ずかしがって呪文発動か
スリッパクラッシュか、とにかく何かリアクションがあるものだが、
今のリナにそんな余裕は欠片もなさげで、されるがまま。

逆に「寒い、さむいよ・・・。もっと、あっためて・・・」と
身体をぐいぐい押しつけられて、理性が飛びかけたりもしたけれど、
その度、最初の辛そうなリナの顔を思い出して、どうにか耐えた。

そりゃそういう行為でも温められるだろうが、
今、こいつにそれを望むのは酷ってものだ。



その日以来、オレは半ば強引にリナ専用湯たんぽとして
一緒に眠るようになった。

リナは最初のうちこそ、オレとベッドを共にする事にささやかな抵抗を
示していたが、折り良く続いた吹雪のお蔭でそれはクリア。

今なら白状できるが、暗に数度、そういう方向に持ち込もうと試みては
思いっきり拒絶されてたりするんだよな。

少しでも布団が捲れると「寒いじゃないっ!!」って、
親の仇でも見るような目で睨んでくるし。

逆に大人しく湯たんぽになっててやると、「なんかもう、癖になっちゃいそう」って
寄りかかられて安心しきった顔で微笑まれちゃ、
今更そういうムードになんか持ち込めねぇし。

夜毎、下心と保護欲が葛藤を続けるうちに
オレの腕の中で頬を薔薇色に染め、幸せそうに眠りに落ちる
リナの顔を眺めるのが楽しみになった。

「寝るか?」

促して、頷いたのを確認してから『耐えろ、オレ』と腹を括って
ランプを吹き消し、冷たい手を引いて細い身体を抱き寄せる。

そのままベッドに入って、リナを包むように抱きしめると、遠慮がちな
両腕がそろりとオレの背中に回されて。
オレの体温がリナの身体に移る頃、
ようやくリナの肩から余分な力が抜けるんだ。

あとはリナが緊張せずに済むよう気をつけていれば、
そのうちなるようになるだろうなどと、のんきに構えていたけれど。
今までが今までだっただけに、急にどうこうなる筈もなかったってわけだ。

オレの気も知らず、甘くきわどい囁きを貰う夜もあったし、
山越えで疲労困憊、とにかく寝られりゃそれでいいと、
二人揃って床についた瞬間爆睡って日もあった。

天候が悪くて連泊しなけりゃならない時は、部屋に
あれこれ色々用意して、日がな一日ベッドの上で過ごす事も。

そんな時の食料調達やらは全部オレの仕事で
リナは必要な時以外、一歩も布団から出てこようとはしない。

「ガウリイ、今度は黄色い背表紙のやつ〜」

「はいはい」

ひらひら布団から手だけを出して甘えるリナも、読書に没頭している真剣な顔も、
うたた寝してる無防備な姿も。全部が全部愛しくて。

そんな穏やかな時間の中に、雄の劣情が割り込む余地はもはやなく。

そうやって、オレの忍耐と安らぎに満ちた冬は過ぎていったのだ。




「ん・・・がうりい・・・」

夢とうつつの境をさまようように、甘い声でリナがオレの名前を呼ぶ。

「ゆっくり寝てろよ」

髪を梳いて、そのまま軽くオレの胸に押し付けてやると
リナは幸せそうに吐息を漏らす。

彼女が目覚めたら、最初にどんな言葉を掛けようか。
いや、何も言わずに抱きしめる方がいいか?

「春か。いい季節だよなぁ」

ぶ厚い鎧はもう、必要ない。

柔らかなリナの感触を楽しみながら、オレもまた、
幸せだなと笑っていた。