恋愛セリフ5題

5.「しあわせ・・・?」



いつの間にか身を切る程に冷たかった風は、柔らかな温もりを取り戻し。

ぽかぽかと暖かな日差しが若葉の隙間から木漏れ日となって降り注いで、
天気の良い日中には防寒着が不要になりつつある。

「そろそろ冬の装備もいらなくなりそうね」

「だな。 オレのは次の街で処分しちまおう」

「あたしのも厚手のは売っちゃおうかな。まだまだ夜は冷えるから
使い勝手の良いのは残しとくけど」

てくてくと歩きながら、頭の中で売却品リストを作成しつつ。

あたしは、何気ない風に聞いてみた。

「ね、今夜はどうするの?」って。

「・・・ああ、その事ならお前さんに任せるよ」
一瞬、困惑の混じった返答に。あたしは小さく口元を綻ばせる。

「じゃあ、今夜もよろしく♪」
振り向きざま、満面の笑みを作って彼の顔を見つめると。

「なら、今夜も一部屋でいいな」
優しい眼差しと共に、大きな手があたしの頭を撫でにくる。



『今夜『も』一部屋』



その言葉の示す通り、あたしとガウリイは同室になる事が増えた。
正直に言えば、少し上等の宿を取った時以外ほとんど一緒だ。

最初の頃は受付で「二人部屋を」って言うのが恥ずかしくて
堪らなかったんだけど、慣れというのは恐ろしいもので。

最近は平気な顔で鍵を受け取れるようになってしまった。

「良い部屋が空いてるといいな」

『これで終わり』って風に、ポムと軽く頭を払って、ガウリイの手が退いていく。

「そうね。こないだみたいに狭苦しいのはごめんこうむるわ」

クルンと反転。再び前を向いて歩き出しながら、あたしは肩をすくめてみせて。

「じゃあ、先に行って宿取っとくわ!!」
こっそり早口で翔封界の呪文を唱え、一人空へと舞い上がる。

「おいっ! なんでそうなる・・・」

抗議の声はすぐに遠くなった。
結界の外の景色が輪郭をぼやかせながら、猛スピードで後方へと流れて行く。

今頃ガウリイったら、『訳がわからん』とかって首を傾げてるんだろうな。
そんな場面を想像しつつ、あたしは一直線に次の街を目指した。





幸いにも、最初に覗いた宿で希望通りの部屋は確保できた。

あとはガウリイが到着するのを待てばいいんだろうけど、
それじゃあ全然面白くないし、何より先行した意味が無くなってしまう。

窓の外に目印代わりのマントを掲げ宿の主人に言伝を頼んでから
あたしは一人、賑わいを見せる通りの散策に出かけたのである。



戻ったのは、夜の帳が降り始め家々に明かりが灯される時間帯。

見上げた場所からはあたしのマントが消えていて、
既にガウリイが到着していると教えていた。

「とりあえず、ご飯よね♪」

ウキウキと階段を駆け上がって、勢い良く扉を開くと
待ちくたびれてた顔が、パァっと笑顔に変わってあたしを迎えてくれる。

「お帰り、遅かったな」

「ん、ちょっと探し物してたから」

「それでお目当ての物は見つかったのか?」

「まぁね♪」

何気ない風に買い込んだものをベッドの隅に転がすと「飯に行こう」と促される。

「さっき良さげなお店を見つけたから、そこにしましょ」
連れ立って部屋を出て、あたし達は肩を並べて歩き出した。



レストランからの帰り道。目的はないけど少しだけ遠回り。
何となく真っ直ぐ宿に帰る気分じゃなかったから。

食事で温まった筈の身体から、花冷えの風に熱を奪われて。
あたしはフルッと身震い一つ。

「寒いか?」

目聡く見つけたガウリイが、そっとあたしの肩を抱き寄せる。

触れ合った箇所から伝わる体温は、いつだってあたしより少し熱くて心地良くて。

「んー。やっぱりあんたって代謝がいいのねー」

いつからこんなに自然に、あたしを預けられるようになったんだろう。
ぼんやりとそんな事を思いつつ、ガウリイの腕に自分のそれを絡ませた。
何でこんなに無条件に、安心出来ちゃうのかな。

「そろそろ帰るか?」

上を向くと、優しく細められた瞳があたしを見下ろしてて。

「・・・ん」

素直に頷いたら、優しい顔が頷き返してくれる。





恭しい所作で降ろされたのは、今宵の宿の寝床の上で。

手の平で触れた生成りのシーツは、外気と同様に少しだけひんやりしていた。

糊の効いたやや硬い手触りが、一夜きりの宿だと否が応でも意識させて
どうにも他人行儀な感じにいつまでも慣れられない。

「ほら」さっきからごそごそクローゼットを探っていたガウリイが、
何やらでっかいものをこちらに投げて寄越す。

「きゃわっ!」

受け止め損ねて頭から被っちゃったのは・・・予備の毛布ね。

「とりあえずそれに包まってろよ」

自分だけさっさと宿備え付けのパジャマに着替えちゃって、もうっ。
乙女の眼前でそんなに堂々半裸になんてならないでよ!

ぎゅむっと毛布をかき寄せながらも、あたしの視線は真っ直ぐに前。
つまり、ガウリイの着替えシーンを一部始終観察していたのだ。

「なーんか、やらしいなぁ」

着替えを終えて、からかい口調でガウリイが笑う。

「オレの着替えなんて見ても楽しくないだろうに。何で毎回見てるんだ?」

「別に意味はないわよ」

ほんとはある。
もとい、あったんだけど、それはまだ教えてあげない。

「じゃあ、そろそろ寝るか?」

ゆったりした動作で彼が近寄ってくるのを、「ちょっと待って」と手で制して。

頭からすっぽりと毛布を被って彼の視線を遮って、
お昼に買った品をこっそり手元に引っ張り寄せた。

「なんか企んでるのか?」

どこか楽しげな声が毛布越しに届けられ、数瞬遅れで脇のソファがギィと鳴る。

「もうちょい、なのよ。ちょっと待ってて」

あたしが何をしているのか、ガウリイに見えないよう気を配りながら
手早くこそこそ仕度を進めた。

「もういいか?」

動きが止まったのを見て取ったのか、タイミングよく声が掛かる。

「ええ。いいわよ」

あたしは毛布を被ったまま、ジリジリ身体をベッドの端へとずらして
ガウリイが寄って来るのを待った。

マットの右側がグンと沈みこみ、釣られたあたしも身体が傾いちゃって。
隣に座ったガウリイにもたれかかる格好になる。

「んで、どういった趣向なんだ?」

どうやら、種明かしはあたしがしなくちゃならないようだ。

『あの時は思いっきり強引だった癖に!』胸の中で溜息を一つ。

髪が乱れないよう気を付けながら、あたしはゆっくりと毛布を下ろし
ガウリイと向かい合った。






「・・・・・・そんなに固まらなくてもいいんじゃない?」

たっぷり10秒は経っただろうか。

そんなに意外だったのか。
はたまた可愛いあたしに惚れ直しちゃったのか。

とにかくガウリイにしては珍しく、大きく目を見開いたまま
『恋する乙女』仕様のあたしを凝視し続けていたのである。

「ね。これ、似合う?」

毛布の中で身に着けたのは、今日買ったキャミソールとショートパンツのセット。

光の加減で虹の輝きを見せる生地は、つるりとした手触りの絹。
ゆったりとした作りのそれは、いかにも女の子らしいデザインで
胸元の大き目のリボンがチャームポイント。

ショートパンツも脇の部分がスリット状になっていて、ちょっぴりセクシー?



さて、とりあえず驚かれたのは判ったけれど、このままってのはいただけない。

取りあえずあたしの方から行動を起こしてみましょうかと、
可愛く小首を傾げ、そのまま上目遣いにガウリイの眼を見つめて
「こーゆーの、趣味じゃなかった?」って聞いてみたら。

ガウリイの奴、いきなり布団にめり込んじゃった。

『突っ伏す』って言うよりは『撃沈』の方が適切かって位に、
そりゃあもう、勢い付けて盛大に。



あーあ。こりゃツボに嵌ったかもね。

手なんか思いっきり布団を握りしめたまんま、プルプル震えちゃってる。

冬のあの日とは完全に立場逆転。

攻手はあたしで、攻め込まれるのはガウリイ、あんたよ。
今夜こそ一切合財纏めて全部、白状させてみせるわよ!



「そろそろこーゆーの、止めにしない? 
この時期にあんたがそれ着てるのって、違和感ありまくりだわ」
広い背中にヒタリと手を置いて、あたしは言葉を続ける。

「人一倍寒さに強い癖に。それってあたしの事、気遣ってくれてるからよね?」

指摘と同時に、ガウリイの動きがピタリと止まった。

「直接素肌が触れないように。・・・違わない?」

最初こそ強引に。

それ以後もあたしの弱点を見事に突いた作戦で、
あの日から今日までほぼ毎日、ガウリイはあたしとの
同室同床を貫いてきたのだけれど。

必ず彼は、毎回きちんと服やらパジャマを着込んでいた。
それも全部今着ているような、分厚い生地の、素肌を覆い隠すものばかり。

「・・・いつから、気がついてた?」

突っ伏したまま、ガウリイが搾り出すような声を出した。

「寒さが緩み出した頃かしら。正直、冬の間はあたしも暖を取るのに必死で、
あんたを思いやる余裕なんて、これっぽっちもなかったわけだし」

この状態に慣れるまで、抱き寄せられるのが恥ずかしすぎて
毎晩脳みそ沸騰寸前だったなんて、絶対言ってやらない。

「んで、気がついてから一回別々に部屋取ったんだけど。ガウリイ、覚えてない?
寝る直前にあんたの部屋に顔出してね。その時にはっきり確信したってわけ」

あの夜ガウリイが着ていたのは、アンダーシャツとズボンだけ。
要するに、一人で寝る時にそれで済むのならば、
二人で眠る時にだけ厚着をしなくてはならない理由が、他に見当たらないのだ。

『一人より二人の方が温かい』

最初に言ったのはガウリイなんだし。

「そろそろハッキリさせましょ。あたしは、欲しいと思ったら
とことん諦めない。それはあんただって知ってるでしょ?」

ジリジリとガウリイの正面ににじり寄り、トドメの一撃をお見舞いする。



「これ以上、待たせないでよ」って。



「・・・参った。オレの負けだ」

ようやっと敗北を認めたガウリイは。

「本性を知っても、逃げないでくれよ?」
そんな言葉と一緒に、今までとは違う理由であたしを抱き締めてくれた。




「んで、大胆な作戦でオレを手に入れたご感想は?」

「しあわせ・・・かな?」