リナと魔道文字と秘密の日記 1






 「ガウリイさん、リナさんの書いているものに興味はありませんか?」
 某月某日、俺の耳元でおかっぱ魔族が囁いた。



 俺達は最近大きな依頼を片付けたばかりで、まぁまぁ懐も暖かくちょうど
 野暮用ができた事もあって、しばらくこのコニアシティに逗留していたのだが。

 「リナが書いてるものって何だ?」

 う〜ん、心当たりが無いような、有るような。

 「最近ずっと自分の部屋で何事かを書き付けているでしょう?」

 そんな俺に、ゼロスがニコ目で微笑みかける。

 「んな事を俺がわざわざ覚えていると思っていたのか?」と問うと、
 「またまた。 リナさんに関係する事には人並み以上の記憶力を発揮する癖に」
 と、いつものように人差し指をチッチ、と振って見せる。

 な〜んだ、ばれてたか。

 「で、リナが書いてるものって言ったって、あいつの部屋はそんな紙だらけで
 俺には何が何だかさっぱり解らんぞ?」

 リナが好んで読むような物を、俺が理解できるとは思ってないし。

 そんな俺にゼロスはさらっと「確かに、魔道士協会提出用のレポートやら郷里へ
 の手紙とか色々有りましたがね」と、何気ない調子で言いやがった。

 「見たのか?」こいつ、リナに無断で何て事を!!

 俺は、ギロリと奴を睨んで・・・。
 「ガウリイさん、イキナリ剣を構えるのは止めて下さいっ」少しばかり焦りの
 表情を浮かべたゼロスを更に睨みつける。
 どうせ、本心から焦ってなんぞいない癖に・・・まったく芸の細かい奴め。

 「で、さっきから言いたい事は何だ?」チャキっと首筋に剣を突きつけてやる。

 「ま、手っ取り早く言いますと」喋りながらスッと姿を消し、俺から間合いを
 取った空間に再び現れて。

 「リナさんは日記をつけておられるんですよ」そう言って、そのまま手近に
 あった椅子に腰掛け、話を始めた。






 「で、ここからが本題なのですが。ガウリイさんは、リナさんが日頃どんな事を
 考えているのか気にはなりませんか? 彼女だってお年頃の女の子、自称保護者
 さんには言えない事の一つや二つ、あった所で何の不思議もありません。
 彼女の秘めた心の内を、知りたくはありませんか?」

 喋りながら、いつもは線にしか見えない目が薄く開いて、紫の瞳を覗かせた。



 それはリナのプライベート、俺達が勝手に見ていいものじゃない!!



 理性はそう思うのに、なぜか口は動いてくれなかった。

 「ガウリイさんもずいぶんご苦労が耐えませんねぇ。 最初に保護者だなんて
 言ってしまうから、いつまで経っても男だと認識されない。 リナさんは花が
 咲くように日毎綺麗になっていくのに、一番側にいるあなたは決してその花を
 手折れない。 ・・・空しくは無いのですか?」

 ゼロスの囁きが、ゆっくりと俺の心の暗い部分に染み込んでくる。

 「ボク、実はリナさんの日記を少しだけ覗いてみたんです」魔族の唐突な告白。

 不快感も露わにギロッと睨みつけると「そんなに上質な殺気をいただけるなんて、
 予想以上です」と奴は低く笑った。

 「まぁ、話を最後まで聞いてからでも、あなたに損は無いと思いますが?」

 「・・・で、結局何が目的だ?」

 「まずは、明日にでもリナさんの日記を探し出す事です。総ては・・・・・・
 それからのお楽しみ♪」
 そう言い残して、唐突にゼロスは去った。

 「リナさんの日記帳は青い背表紙ですよ」と呟いて。







 少し腹が空いたので、下の食堂で軽い食事を突いていると、リナが階段をトコ
 トコ降りて来た。 ・・・装備を付けて、どこかに行くのか?

 「ガウリイ! あたしこれから魔道士協会に行って来るからちょっと留守番、
 お願いね」

 リナはそう言うと、そのまま宿を出ようとして三歩歩いて、クルッと振り向いて。

 「えーっとね、ガウリイ。 あたしの部屋の書類を見張っといてくれない? 
 鍵、渡すから」お願い、と顔にもちゃんと書いてある。

 「何でまた?」

 あまりにも都合の良い展開に戸惑っていると、実はね、とリナが理由を教えて
 くれた。

 「どうもあたしのレポートを狙ってる輩がいるらしいの。 殆ど完成してて、
 後は纏めて協会に提出するだけの物なんだけど」と。
 で、「ガウリイはどうせ暇なんだから、少しはあたしの役に立ってね♪」と、
 言い置いて、今度こそリナは出かけていったのだ。





 カチャ。

 俺の隣のリナの部屋。
 預かった鍵で戸を開けて、するりと中に入り込む。
 別に本人の了承を得ているので、後ろ暗い所は(今の所)無い。

 そのまま後ろ手に扉を閉めて鍵をかけて、目の前の机を見た。

 机の半分ほどを埋める紙、紙、紙の山。

 その端っこにチョンと置かれた羽根ペンとインク壺。

 そして机に乗り切らなかった本や資料と思しきものが、机の周りにどっさりと積み
 上げられていた。

 フッと、鼻を掠めたいい香り。

 匂いの元を探してキョロキョロと室内を観察すると、ベッドの上にキチンと畳まれた
 夜着が見えた。
 それにふらふらと誘われて、夜着を手に取りバフッと顔を埋めて、その匂いを胸一杯
 に吸い込む。

 甘い、匂い。

 どんな花より甘く、魅惑的なリナの匂い。
 俺はギュッと、リナが身に着けていた夜着を抱きしめて、甘い空想に引き込まれる。

 『ガウリイ・・・。』俺の腕の中で、切なげに囁くリナ。

 『あたし、ずっと前からガウリイの事・・・』ほんのりと頬を染めて。

 『ガウリイが・・・ほしいの・・・ 』潤んだ瞳で俺を見つめて・・・。



 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっおっっっ!!!!!!



 本気で妄想の世界に旅立つ寸前だった!! 危ない、危ない。

 リナにばれない様に、きちんと夜着を畳みなおして改めて机の上を見る。

 分厚いレポート用紙の束の下に、何冊かの本が重ねて積んである。

 俺は上の紙束を崩さないように持ち上げて、その下の本を抜き取った。

 背表紙は・・・・黒、赤、緑、・・・そして、青。
 で、更にもう一冊、青い背表紙。

 うがーっ!! 二冊あるなんて、聞いてないぞ〜っ!!

 これって、リナにバレたら思いっ切りドラスレものだよなぁ・・・。

 しばし迷ったが、好奇心には勝てなかった。
 手の中に有る二冊の本。



 この中にリナの秘密が・・・ある。



 恐る恐る片方を開いてみたが・・・・・・読めん。

 で、もう一方も開いてみて・・・・・・やっぱり読めん。

 この、複雑怪奇な文字は・・・・・・・・?

 「それは魔道文字ですよ」何処からかゼロスの声。

 「いつから見ていた」

 何やら妙な視線を感じるとは思っていたが、やっぱりこいつか。

 「ガウリイさんがリナさんのパジャマを抱き締めた所から、ですね」しれっと言う。

 「まったく、リナさんの着た服だけであんなに正の気を出されちゃ困るんです。
  髪の先が消えちゃったじゃありませんか」さっきより3cm程短くなった毛先を
 指でクルクル弄びながら、腹の読めない微笑を浮かべていた。

 「消えろ」短く言って、思い切り殺気を吹き付けてやったが、
 「ああ、今ので消えた分が戻りました♪」あくまで楽しそうなゼロス。

 「だから、まずは日記を見つけてからだと言ったじゃありませんか」

 にこやかに笑いながら、指ででツン、と片方を突付き「片方は書きかけのレポート、
 もう一方はリナさん個人の日記です。
 ガウリイさんにはこの文字は読めないでしょう?で、物は相談なのですが」
 いつもの一見無害そうな笑顔を浮かべつつ、言葉を続ける。

 「実は、先ほどリナさんが言っていたレポートを狙っているのって、僕だったり
 するんです♪ で・・・ものは相談なんですが、僕と賭けをしませんか? 
 なぁに、至極簡単な事です、どちらがリナさんの日記か当ててください。
 当たればガウリイさんの勝ち、僕はレポートを諦めましょう。
 もしガウリイさんが間違えたら、二冊とも僕がいただいて行きます」


 随分お前にだけ、有利な賭けだと思うんだが・・・?


 「で、この賭けは無かった事にして二人とも諦めるって選択肢は無いのか?」

 「ありません。 その場合はボクの不戦勝となります♪」

 普通に考えれば確率は二分の一。 しかし、選んだ瞬間ゼロスに掏り代えられる
 可能性もある。

 「お前は一切の不正をしないと誓えるのか」確認を取るために問うと、
 「当たり前です。 ガウリイさんには小細工は通じないでしょうから」

 さあさあ、どうなさるんですか?

 答えを急かすゼロスに「受けるさ」と軽く答えて、「こっちがリナの日記だ」と
 右手に持ってた本を示したら。

 「ぅああぁっ、そんなにあっさりと答えないで下さいよおぉ」何故かヨヨヨ、と
 いじけだしたゼロス。

 だから、床にのの字書くのはやめろって。 本当にお前、高位魔族なのか?

 「どうしてすぐに正解が解ったんですか〜?」ヨロヨロと力なく聞いてくる奴に、
 俺は「勘だ」と言い放った。

 「さすがガウリイさん、野生の勘炸裂ですか・・・」ゼロスはガクッと肩を落として
 ハフッ、とため息を吐く。

 「で、賭けは俺の勝ちだが、あいにくこの中身が読めんのでな。
  そうと判れば二人ともこの本に用は無い、俺は一応この部屋にいなくちゃならんが
 お前はもう用がないだろ? ・・・さっさと消えてくれないか?」

 そう言って、俺はごろりとリナのベッドに横になった。

 顔の横にはリナの夜着。

 ここで昼寝をすれば、リナの夢が見られそうだ・・・。

 眼を閉じ、眠ろうとした俺に「ガウリイさん、無視しないでくださいよ」と、しつこく
 話しかけるゴキブリ魔族が一匹。

 「まだ、何か用か?」お前の相手をするほど暇じゃないんだがなぁ。

 「ガウリイさん、もうこの中身を読むの、諦めちゃったんですか?」

 「俺はそれを読めない。 それに、勝手に読んだらリナに失礼だろ?」

 「僕がガウリイさんにでも、魔道文字を読めるようにできると言っても?」

 ガバッと起き上がって奴を見ると、奴は魔族らしい表情を浮かべてこちらを見ていた。

 「これを」フッと虚空から取り出したのは小さなガラス瓶。

 「この薬を瞼に塗ると、クラゲなガウリイさんでも魔道文字が読めるようになります♪
 いくら建前で読まないと言ってても、本心はどうだか・・・。
 あっさり賭けに勝ってくれちゃったご褒美に、これは無償で差し上げます。
 ・・・使うかどうかはお任せしますよ♪」

 言うだけ言って満足したのか、人を食った笑みを浮かべてゼロスは虚空に溶け込み、
 そのまま消えてしまった。






 俺の手の中には、怪しげな小瓶が一つ。

 もう一方の手には、リナの日記。

 見るも見ないも俺の心一つ。





 ・・・リナはまだ、帰って来そうにない。






 「本当に読める様になるのか?」ゼロスの事は、どうも信用しきれないしなぁ。

 チラリと、日記に目をやる。

 日頃好き勝手やってるようで、実は結構気配りを忘れないリナ。

 もの凄い照れ屋で、自分の弱さを見せたがらない意地っ張りなリナ。

 この中に、日頃見せないリナの本心が・・・・・・。

 とうとう誘惑に負けた俺は、キュッ、と小瓶の蓋を開けて、匂いを嗅ぐ。

 特に変な臭いは無いようだな。

 瓶を傾けとろみのある液体を数滴、指先にたらして左の瞼に塗ってみた。

 痛みや違和感はない。

 さて、本当にこれで、あの文字が読めるようになっているのか?

 俺はリナの日記を手に取って、しっかりとした装丁の表紙を捲った。






 『この日記の持ち主はリナ=インバースである。 
もしこれ以上興味本位でこの書を読み進もうとするならば、
私の報復を恐れぬ愚か者と認識し、
地獄の果てまで追い詰めるものなり・・・・』

 ・・・えらい物騒な前書きが書いてある。

 肝っ玉の小さい奴なら、ここでビビッて読むのを止めるな・・・。

 パラリと中表紙を捲る。

 いかにも女の子らしい、細くて小さめな文字で書きとめられていた内容は・・・。







 『○月×日

 今日の夕飯は中々の味だった。
 ソテーの味付けがとにかく絶品! 
隠し味に秘伝のハーブを使っていると、厨房のコックさん
 が教えてくれた。
 手持ちのささやかな魔法の品と引き換えに、彼秘伝のハーブの調合法を手に入れる。
  材料は・・・・・・』

 そこから延々とハーブの調合法が書き付けられていた。

 そのページを読み飛ばして、次の日付に目を移す。

 『○月△日

 今日の夕飯はいまいち。
 昨日の美味しいご飯が懐かしい・・・。
 森の中で野宿になった為、近くで猪を狩って丸焼きにした。
 大人の猪だった所為で、肉が硬いし臭みもあった。
 まぁ、味気ない携帯食よりは、幾らかマシという程度。
 結局ガウリイの奴が半分以上食べていた。
 深夜の見張りの時ちょ〜っと小腹が空いたので、何かおやつを探しに辺りを散策したら、
 おやつならぬ美味しそうな獲物を見つけた。
 殆ど手応えのない奴らだったので、あんまり期待はしていなかったが。
 以外や以外♪ 良い物た〜っぷりと溜め込んでくれちゃってた♪
 ウンウン、これも日頃の行いが良い所為よね〜っ
おまけにガウリイにも気付かれなくて、言う事なし♪
 今回の戦利品は・・・・・・』

 以下、延々と分捕り品リストがならぶ。

 ・・・次。

 『○月◎日

 今日はついてない。
 毎度の事というか、今回も魔道士協会の依頼はしょぼいし、報酬はすずめの涙。
 おまけに盗賊いぢめをガウリイに邪魔された。
 心配だって言うけど、本気であたしがやられるとでも思ってるのかな?
 ま、いかにも保護者らしい台詞だなぁ、と、今日のお出かけは中止。
 深夜、日付が変わってから山向こうの何とかって名前(忘れた)盗賊団を襲撃。
 (昨日は行かなかったんだから、ガウリイとの約束は守ってるわ、うん)
 中々手応えがあって、ストレス解消にはもってこいの相手だった。
 しかし、何で盗賊ってあんなにワンパターンな生き物なんだろう。
 着てる物も、得物も、あたしを見つけた時のセリフもほぼワンパターン。
 ・・・実は盗賊にもマニュアルとかあったりして(笑)。
 しかし、あたしが飛行呪文で半刻かかる場所まで、徒歩のガウリイが戦闘が終わる頃
 に追いついて来るって事実には、いつも不思議だわ。
 確かにあいつは足が速いけど、あたしの位置を把握してないとこんな短時間で辿りつ
 ける筈がないのに。
 ・・・実は、ガウリイも魔法が使えるとか? んな訳ないか。
 あのくらげにカオスワードを覚える脳みそはないもんね♪』
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。







 その後も延々と日頃の出来事(主に食事と盗賊関連)が延々と書き連ねられていた。

 ・・・俺の事が書いてるのって、食事バトルと盗賊いぢめの時だけじゃねーか。

 がっかりと、どこかホッとした気分の半々で日記を閉じようとした時。 表紙の
 ぶ厚い紙の側面に、細い筋が入っているのに気が付いた。

 いや、これは筋じゃない。切れ込みだ・・・。

 よくよく見ないと判らないが、背表紙からグルリと回って反対側まで続いている。

 途中の角には、不審な小さい窪みもある。

 ここに鍵になる物を差し込めば、何か出てくるかもな・・・。

 ふと、本の背表紙の辺りから垂れている栞代わりの紐の先に、何やら飾りのアクセ
 サリーが付いていた。

 よく見ると・・・へぇ、これって光の剣のミニチュアか?

 ちょっと柄の所を指で突付くと、ポロッと剣の部分が外れ落ちた。

 「へえ、よくできてるなぁ」精巧な造りに感心しつつ、何気なく柄の先端の出っ張り
 を見て、さっきの窪みと同じくらいの大きさだと気がついた。

 もしかした、これが何かの鍵なんじゃあ?

 本当に小さなその出っ張りを、ぎゅっと角の窪みに差し入れた。



 ・・・・・・変化なし。



 ま、何でもそんな都合の良い話なんてないわなぁ。 リナとあろう者が鍵を付けたまま
 置いておく訳ないし。

 さ、これで手詰まり、さっさと片付けて昼寝でもするか。

 未だ刺さったままの飾りを抜こうと、柄を掴んだ時に、つい口から零れた言葉。



  「光よ」



 それは端なる思いつき。

 ふっと口を突いて出たその言葉に、剣の先端がポッと輝き鍵の外れる音が答えた。