各国に散った諜報員達から私の手元にゾクゾクと届く
報告書に手早く目を通しながら、私は深くため息を吐いた。

内容に違いはあれど、それに関わる中心人物は総て同じ。
かつての旅の仲間「リナ=インバース」「ガウリイ=ガブリエフ」の両名だ。



マグノリアと共に アメリアサイド





少し前のレッサーデーモン大量発生事件もようやく終息を見せ
国内各地の被害状況報告も出揃い、それに伴う復興に向けての
予算組みやら何やらで、我がセイルーン王宮内は
あわただしい日々が続いていた。

そんなある日。

突然、何年も行方知れずだったグレイシア姉さんが
ひょっこりと帰ってきた。

「アメリア、久しいわね。元気にしていて?」

長い間王宮を留守にしていた人のとはとても思えない程、
あっさりとした挨拶だったけど。

「はいっ、姉さんが留守の間にいろんな事がありましたけど。
私は元気にしていましたっ!!」

とにかく無事に帰ってきてくれた事が嬉しくて、私は勢い良く
姉さんの大きな胸に飛び込んでいた。

「お帰りなさいっ!!」

全身で喜びを伝えようと、思いっ切り抱きついて甘えると、
「アメリアったら、身体は大きくなったのに甘えん坊な所は相変わらずね」
って、にっこり笑って優しく頭を撫でてくれる。

「姉さんっ、話したい事がたくさんあるんです!
姉さんが国を空けている間にいろんな事があって、
私、初めて対等に話せる友人が出来たんですっ!!
その後一緒に旅にも出たし、正義の為に戦いもしました。
それから、それから・・・」



一体どれから聞いてもらおうか。

かけがえの無い仲間を得た事、彼らと長い旅に出ていた事。

いろんな地方をセイルーンの姫としてではなく、
只のアメリアとして旅をした事。

本当は言いたくないけど、アルフレッドの事も・・・。



「アメリア、ちょっと落ち着きなさい」



嬉しくて、話したい事がたくさんありすぎてどれから話そうかと、
ウンウン唸っていた私を、なぜか姉さんはやんわりと押し止めた。

「久しぶりに会ったんだし、ゆっくりとあなたの話を
聞いてあげたいのは山々なんだけどね。 
あまり時間が無いから単刀直入に言うわ。
アメリア、あなた「リナ=インバース」と旅をしてた事、あるわよね?」と
真面目な表情で問いかけてきた。

「は、はいっ!!」

なぜ姉さんがそれを知っているのだろうと、疑問に思う間もなく
「これを見なさい」と差し出されたのは、折りたたまれた一通の紙片。

「これは?」

「良いから、中を見てちょうだい」

促され手渡されたそれを開いて、中に書かれていた文面を目で追い・・・。

「・・・どうして。 どうしてなんですかっ!?」

書かれていた内容を読み終え理解した頃には、私は姉との再会による
興奮状態から脱していた。

「それはまだ表には出回っていない物よ。
とあるツテを使って手に入れたの」

硬い声で告げる姉。

「でも。でもどうしてなんですかっ!? なぜこんな事に・・・」

事の重大さを知ってしまって、取り乱す私に
「今はそんな事を言っている場合じゃないでしょう?
いい?とにかく時間がないの。
お父様にもこれからお話するから、あなたもおいでなさい」

姉さんは、シュッと私の手から紙片を取ると、それを手早く懐に
収めつつ、父さんがいる執務室へと早足で進んでいく。

「グレイシア姉さん、待って下さい!!」

私も急いで姉さんの後を追いかけながら
「どうして、どうしてこんな事に!!」
という言葉がグルグルと頭の中を駆け巡っていた。



姉に見せられたもの。

それは。



かつての旅の仲間「リナ=インバース」に対し発行予定の、
全魔道士協会連名による
身柄強制召喚状原稿の写しだったのだ。







「おおっ、グレイシアではないか!! 随分と久しいのぅ!!」

執務室に入るなり父さんは破顔一笑、両手を高々と上げて
長い間行方知れず(と言う事にしていた)だった姉さんの帰りを
とても喜んでくれたけれど、姉の通常とまるで違う様子に
何かがあったと察したようだった。

「お父様、長い間個人的な理由で国を留守にいたしました事、
誠に申し訳ありませんでした・・・」

作法にのっとった礼を取る姉さんの背中を見て、私も慌てて礼をする。

「いや、そなたが息災であるならそれで良い。
それより、グレイシアよ。そなたがそのように真面目な顔をして
ワシの元を訪れるという事は、何か火急の用でもあったのかの?」

むん、と姿勢を正し、椅子に深く腰を掛けて。
机の上で腕を組み、数年ぶりに実の娘と視線を交わした父の表情は
家族に対する顔つきから、一国の後継者としての顔に変化していた。

「グレイシア=ウィル=ナーガ=セイルーン。
そなたが外の世界で見、そして成してきた事を報告せよ」

威厳を込めて言い放つ父。
いや、一国の後継者たる表の顔で姉に命じる。

それを受けて、姉さんも改めて直立不動の姿勢を取り、
深く頭を垂れて言葉を紡いだ。

「私の旅の事はひとまず。 それよりもっと重要な事がございます。
私からの説明は後ほどにして、まずはこれをご覧下さい」

そこまで一息に言い切ると、父の手に先ほどの紙片を手渡した。

「中身は?」

「リナ=インバースに関して動きがありました」

「そうか」

「どうやら事は急を要するようです」

「うむ・・・」

ハラリと父さんは紙片を開き、内容を一読してすぐ閉じ姉の手に戻す。



「なるほど。彼らに恩義を感じる所か、己が無力を隠すために
罪まで被せようとしているのか・・・」
溜息と共に、苦々しげに吐き出した父さんの厳しい表情。

それを受けて「まったくですわ」と溜息をついた姉もまた、
父さんと同じ様な顔をしていて。

私はどうすればいいのかと、ただ突っ立っていたのだけれど。

「アメリア、あなたもリナ=インバースと共に旅をしていた時期が有るわね。
それも結構長い期間。あの娘に信頼されていた自信はあって?」

「は、はいっ!!」

珍しく硬い姉さんの声に、私は思わず素っ頓狂な返事をしてしまった。

「そんなに緊張しなくても良いわ。
・・・あなたに、仕事を与えます。とても重要な仕事を。
聖王国セイルーンの第一皇女として、第二皇女たるあなたに命じます。
リナ=インバース、ガウリイ=ガブリエフ両名を探索の後合流、
そして我が国まであらゆる敵から護衛しつつ招待する事。
・・・異存、ないわね?」

「で、でも・・・そんな事をしてもいいんでしょうか?」

白魔術都市と呼ばれるほど魔道研究が盛んな我が国にも
当然魔道士協会があり、その恩恵を受けている事に代わりなく。
それを敵に回すとなると、一歩間違えば著しく国益に反する結果にも
なりかねないと言うのに・・・。

「いいのよ。 この程度の事で揺らぐようであれば
この国にはそれだけの影響力しかなかったと判るだけの事。
ただし、そうなったとしてもあちらにも損害は出るでしょうね。そのリスクを
どう取るか・・・。この、セイルーンを、私を敵に回すリスクも、ね」

冷徹に笑う姉は、私が知っているような明るい姉の姿とはかけ離れていて。



長い間旅に出ていた理由。

小さい頃に亡くなられたお母様。

姉が血を極端に恐れる理由も、なにもかも。

私は・・・知らなすぎる。



「アメリア、わしからも頼む。 正義、と言う言葉は
実に都合の良い言葉でもある。
なぜなら、それを使うものの心がけ次第でどのようにでも
自在に形を変えるものでもあるからだ。
だから、ワシはわしの良心に従う。ワシの中の正義に従う。
ワシの心は彼らの行いを是とした。

それにな・・・彼らには、できる限りの事をしてやりたいんじゃよ。
この国の恩人だからと言う前に、一人の友人として、な」

言葉を結んだ父の表情は、さっきまでの硬いものから幾分力が抜け、
優しく慈愛に満ちたものになってはいたが。
代わりにちょっと疲れたような陰りが見えた。



いつも自分の中の正義を貫き、この国の民を一番に思い行動してきた父。
それを誇りに思っているだろう事は疑いようもない。

その父が、個人的な理由で私に頼み事をする。
今すぐに自身が動けぬからと、娘である私に思いを託して。

そして、それは私自身の願いでもあり、友人である彼らの為ならと
きっと動かずにはいられないだろうと配慮しての事。

「父さんは判りますが、どうして姉さんがリナさんを庇おうとするんですか?」

ふと、気になった。元々父さんはリナさんと親交があるが
彼らが王宮を訪れた頃、姉は国を空けていた。
一体どこで係わりがあったというのだろう。

しかも、面倒事が嫌いな姉さんが、これほど強固に
助力を差し伸べようとするほどに。

「それは、秘密よ♪」

フフフ、と楽しげな姉の顔には、以前はあまり見られなかった
柔らかでいたずらっぽい笑みが浮かび。

「そうそう、あの娘に会っても私の事は口外無用よ?
詳しい事はここに着いてからのお楽しみ♪」

軽やかな口調に、先ほどまで張り詰めていた硬い雰囲気が霧散して
後に残ったのはリラックスした家族の時間だった。


「さて、ならばワシはワシのなすべき事をやらねばな。
グレイシア、アメリア、今晩の夕食は一緒にどうだ?」

「はい」

「はいっ!!」

「そこで人払いをして詳しい話を詰めるとしよう。もう数人
協力者も必要になるだろうし、その選定も兼ねてのう」

ワシワシと私の頭を撫でながら豪快に笑う父さん。

ちょっと痛いけど、やっぱり私は父さんが大好きだ。

その横で腕を組んで不敵な微笑を浮かべる姉さん。

思い出すのは旅に出る直前の、どこか思いつめた顔ばかりだったけど
もう、そこから記憶を上書きしてもいいのかもしれない。

今の姉さんの笑顔は、この部屋に飾られている肖像画の中で
微笑む今は亡き母さんのように、自信に満ち溢れたものだったから。