マグノリアと共に アメリアサイド 2








それからしばらくは、ひたすら情報収集の日々が続いた。

私は部下に命じ「友人として」リナさんにコンタクトを取ろうと
各地に人をやり所在を探し。

姉さんは極秘裏に独自のルートを使って
レッサーデーモン大量発生事件前後の足取りを追うと共に、
各事件の当事者達と連絡を取っていたようだった。

なんでも、その中には一人旅に出ていた頃に
知り合ったエルフの女性も含まれていたとか。
他にもドワーフや竜族にまで知り合いがいる、と聞いて
私は本当に驚いてしまった。

元々社交的な人だったけど、一体どこまで人脈を広げているんだろう。



そして父さんはと言うと。

「よいか! この決議は国の未来を考えた時、必ず良い結果をもたらす
であろうと確信して提案するものじゃ!!
彼らとの友好関係を維持する事は、我が国の兵力では抗えぬ程
強力な外敵からの侵略行為に晒された時への、保険のようなもの。
更に、彼らは以前のアルフレッド事件時にも最善をつくそうと
尽力した実績も大きい。
その彼らの窮地に際し、助力の手を差し伸べぬという事は
対外的にも褒められた行いとは言えぬだろう!!」

連日、元老院との議会で彼らの説得に当たっていた。

この国は王国。つまり主権は王族が握っている事になっている、が。
実際は元老院や、その他機関の働きなしには
何も出来ないのが実情である。

それに現国王、つまり祖父であるエルドラン国王は病床に
臥せってはいるが、依然、王の座を退いてはいない。

つまり父さんはあくまで「次期王位継承者」としての力しか持たない身。
独断でこの議案を強行決済したとなれば、また話がややこしくなってしまう。

だからこそ、こうして連日話し合いの場を設け、正当な手続きを経て
「リナ=インバース、ガウリイ=ガブリエフ両名の功績を評価し
セイルーン国民の総意として彼らを支持する」と表明し
「必要ならば助力を惜しまない事」を大陸中に宣言する為に
日々、交渉を重ねている。

こちらの方は、数日中に賛成多数で採決が取られるだろう。
昨日、ついにお祖父様からも賛同の意志が示されたのだから。

これが正式に決定すれば、ゼフィーリア現女王「エターナル・クィーン」への
書状を携え使者を送り、協力体制を築く事も可能かもしれない。




少しずつ希望が見えてきた、そう思ったのに。




夕食の時間、人を遠ざけて家族だけでの食事の席で。
私は先ほど届いたばかりの悪い知らせを報告していた。

「というわけで、リナさんの足取りがふっつり途切れてしまったと・・・」

一歩、手が届かなかったのだ。

緋寒桜を祭る山間の小さな村での依頼を終えて、二人が
そのまま一本道を伝って旅を続けている所までは
どうにか足取りをつかんでいたのに。

「まさか、ガウリイさんと別れるなんて・・・」

ガウリイさんと一緒でない彼女なんて、二度と見たくなかったのに。

あの時みたいな悲痛な顔をさせない為に、必死で動いていたのに。







最後に立ち寄ったらしい村で、リナさんだけが行方をくらませた。
それも、ガウリイさんを置き去りにして。

この、未確認情報がもたらされた時、私は信じられなかった。
まさか、そんな事絶対にありえないわ、と。

しかし、嫌な胸騒ぎは消えてはくれず。

使いの者が昨日ようやく村に辿り着いた時には、既にその村からは
ガウリイさんの姿も消えていたらしい。



「ですので、私の方は今後も引き続き彼らの捜索を続行・・・」

「殿下!! 火急の用でございます!!
どうか御目通りをお許しくださいませ!!」

ドンドンとぶしつけな音を立てて、食堂の扉が激しく叩かれた。



驚いて言葉を切った私と、席を立ち戸口を睨む父。

姉さんは、なぜか優雅な手つきでお茶を淹れているし。

「何用か」

「表門に客人が。 その、今すぐに殿下に目通り願いたいと申しまして。
・・・うわっ、もうこんな所までっ!!」

扉越しに父の問いに答えていた者は、途中で言葉を失い
驚愕にひっくり返った声で叫んだ。

「・・・っ、フィルさん!! リナは、ここにリナは来てないか!!」

同時にガンガンものすごい勢いで扉が連打され、聞こえた叫び声に
私は本日二度目の驚きに見舞われたのだった。






そう。

王宮の厳重な警護を意図も簡単に突破し、あっさりとここまで
辿り着いた人は。

これから私が会いに行くはずだったうちの一人。

デモン・スレイヤーズの片割れにして、元光の剣の勇者の末裔。

リナ=インバースの自称保護者、ガウリイ=ガブリエフ。






「判った。ガウリイ殿、今扉を開けるでの」

こういう時、我が父ながら豪胆というか警戒心がないと言うか。

父さんは本当にあっさりと、手ずから扉を開いて外の人物を室内に
招きいれた。 外にいるのがガウリイさんだと確信しての事だとしても
王族として、この行動はあまりにも無用心すぎる。

そして開かれた扉の向こうに立つ人物を見てなお、
警戒態勢を解けなかった私を狭量だと責めないでほしい。

だって、久しぶりに会ったガウリイさんは、リナさんにクラゲだの
脳みそヨーグルトだのと言われながらも穏やかに笑っていた頃が
まるで嘘だと思う程に、強張った悲愴な顔つきと
服もあちこち擦り切れて、汗と泥でボロボロの格好をしていたからだ。



「よいか、これはワシの独断で極秘に行った演習だ。 
幾らこの者の技量が優れていると言えど、ここまであっさりと
侵入を許すとは、まったく不甲斐無い。
今一度、警戒態勢の見直しが必要だの。
明日ワシが招集をかける前に、各警備長に警備計画の見直し案を
練って置くようにと伝えてくれ」

呆気に取られていた門番を言いくるめて追い返し。
父さんは、無言で突っ立ったままのガウリイさんを中へと促す。

「ここにも、リナは来ていないのか・・・」

一目室内を見てか、落胆を隠せない色で肩を落とすガウリイさんに
「とにかく詳しい事を聞かせてもらえるかの?」と、父さんが席を勧める。

「いや、オレは・・・」と、すぐにでも出立したそうなガウリイさんに
「私たちにも何かお手伝いできる事があるはずです。
さぁ、まずは落ち着いてお茶でも飲まれては?」

ガシッとガウリイさんの腕を捕まえたまま、姉さんが私の方を見て。

それに答えて私が慌てて冷ましたお茶を差し出すと、
ガウリイさんはカップをガシリと鷲掴みにして
一息に中身を飲み干した。



たんっ、と、テーブルの上にカップが置かれる。

同時にガウリイさんの身体も力を失い、ドサリと床に崩れ落ちる。



「グレイシア、量を間違えてはおらんだろうか」

心配げに聞く父さんと。

「いいえ、分量はちゃんと加減してますわ」

澄ました顔で新しいお茶を楽しむ姉。

「ガウリイさんがこんな手にあっさり引っかかるなんて・・・」

私は、こんな簡単な手にかかるほど、まるで余裕のない
ガウリイさんが信じられなかった。

とっさの機転で姉さんが手持ちの薬をお茶に混ぜ、それを私が勧めて
普段なら気がつく筈の見え透いた手に引っかかってしまったから。

そして、思惑通りにガウリイさんは強制的な眠りに落ちたのだ。






「・・・ぅう・・・」
薬が効いているお蔭で昏々と眠り続けるガウリイさんを、私と姉さんが
呪文を併用しつつ見張りをして、その間に父さんが各方面に探りを入れる。

眠りが解けそうになるつど、姉さんが強力な「眠り」をかけ直した。

よほど目覚めようとする意志が強いのか、私の唱える「眠り」では
ほとんど効き目が出ずに
仕方なく身体中にできた細かな傷を癒す事に専念していた。

「ガウリイさん・・・一体、何があったんですか? 
リナさんいなくなっちゃうし、ガウリイさんはこんなにやつれてしまってるし」

眠りながらも夢の中でリナさんを探しているのか、苦しげな息で
胸を掻き毟る。歯を食いしばり眉間に皺を寄せて。

「この男、よっぽどリナに会いたいみたいね」

隣でサラサラと書き物をしてた姉さんがフッと微笑して
ペン先でガウリイさんの顔に・・・。



「・・・姉さん、これって酷くないですか?」



「そう? あの娘の事をわかってないような男には
ちょうど良い悪戯でしょう?」

サラサラと、ガウリイさんの削げた頬には可愛らしく
デフォルメされたくらげの絵が、いくつも描き込まれていた。







2日後。ようやく議会で正式に「デモンスレイヤーズ擁護」
の決議が全会一致で可決され。

更に、これと前後して協会本部にも動きがあった。

根回しの一巻として、サイラーグの魔道士協会統括(仮)本部に、
使いを出して、どうあっても審問会を開くというなら、
会場は我がセイルーンでと圧力をかけておいたのだが。

何と、ゼフィーリアからも使者が、しかもスィーフィード・ナイトの称号を
持つ人物が直接乗り込んできて「審問会はゼフィーリアで」と
あっさり宣言して、それを認めさせてしまったのだ。

更に彼女がリナさんの実の姉である、という事も判明したりと、
とにかく私の予想をはるかに越える動きがあり。

更に「これ、リナに渡しといてね」と、使者を通じ私に託された
姉から妹への手紙。

薄くて軽いはずの封筒が、中身に思いを馳せる時
ずしりと手に重かった。



同時に私宛にと渡されたもう一方の封筒の中には
「これからも仲良くしてやってね」
というメモが一枚と、レストラン「リアランサー」のお食事割引券が一枚。

「これって・・・」お礼のつもりなのかしら?

「これは、全部のカタがついたら行きましょう」

横から姉さんが券をさらって自分の胸元にしまった。







「さあ、そろそろ目覚めてもらいましょうか」
総ての準備を整えて、グレイシア姉さんがガウリイさんの枕元に立つ。

ゆっくりと、私の知らない呪文を詠唱して。

『目覚め』

完成した呪文がガウリイさんを包み込んで・・・。

「・・・ここは・・・」
数度、身じろぎをして、それからゆっくりと目が開かれて・・・。

「どう言うつもりだ!!」
まさに、一瞬の事だった。

寝起きとは思えないほど俊敏な動きでガウリイさんの手が
枕元に立てかけられていた剣に伸び、それを一番近くにいた
姉さんの喉元に突きつける。

ほぼ同時に姉さんもまた、腰のダガーを引き抜いてガウリイさんの
わき腹辺りに突きつけた。

「あら、噂通りの良い動きをしてるわね」

にっこりと笑ってダガーを退いた姉さんを、ギロッと睨みながら
ガウリイさんもまた剣を降ろし。

「アメリア、フィルさん。俺はリナを探しているだけだ。
もしリナがここに来たら足止めをして欲しい。頼みはそれだけなんだ。
いきなり押しかけたことは謝る。・・・が、こういうのは笑えんな」

殺気を隠さないままに、ギロッと姉さんを睨みつける。

「あ〜ら、リナを探して欲しいのなら・・・」

「姉さんはちょっと黙っててくださいっ! 
ガウリイさん、一体何があったんですか!?
どうしてリナさんはいなくなったんですか!?
何か心当たりは無いんですか!?」

 姉さんを押しのけてガウリイさんの前に出た私は矢継ぎ早に
質問を繰り出し、問い詰める。

どうして彼らが別れる事になったのか、本当に赤の魔王を倒したのか、
事件にどれ位関わっていたのか。とにかく少しでも真実を知りたかった。

「それは・・・」

口篭ったガウリイさんの代わりに答えたのは。

「それはね。 あの魔法オタクの鈍感胸なし魔道士のリナが、
数年もの間自分と旅をする事を許して、あまつさえ相棒。いいえ、
それ以上の存在とさえ思っていたでしょうに、はっきりと
気持ちも伝えずに「一緒にいるのに理由は要らない」とか
「はっきり言わなくても伝わるよな」って
高を括って、何も考えずにいた男の所為でしょうが。
あの、超激鈍奥手扁平胸娘にはそんなの通用しないって
こんなに簡単な事にも気がつかなかったの?」

小ばかにした口調で言い放ったのは、姉さんだった。

「お前に何が判るって言うんだ!!」

怒りも露わに叫んだガウリイさんと、すごい剣幕にも
まったく動じずに微笑む姉。

二人の間にバチバチと、見えない火花が弾け散っている。

「ガウリイさん、とにかく話を聞いてください。
私達もリナさんを探しているんです。だから・・・」

「あら、私はリナの事、よっく知っていてよ?
あの娘とは一時期いっしょに旅をした仲なんですからね。
リナ=インバースの永遠かつ最強最大のライバル、
白蛇のナーガ様とはこの私の事よ!!
お〜っほっほっほっほっほ」

高笑いを始めた姉さんはしばらく収まらないだろうし、
喋らせた所で話がややこしくなるだけだから、このまま放っておこう。

「ガウリイさん。今がどういう状況なのかご存知ですか?
このままだとリナさんは・・・」

「ああ、判ってる。 色々面倒な事になるって言うんだろ?」

「ガウリイさん、ご存知だったんですか!?」

「ああ、ちょっと前に聞いた。 リナが知ってるかどうかは知らないが」

「リ、リナさんが知らない事をガウリイさんが知っててかつ覚えていて、
あまつさえまともな事を喋ってる〜!! 絶対変です〜っ!!」

前々から、たま〜に正鵠を射た発言をする人だと
思ってはいたけど、99・9%以上はお気楽かつ、ボケボケなのが
ガウリイさんだと思っていたから、今のはかなりの衝撃でした。

「・・・あのなぁ。 リナと一緒の時は全部あいつに任せてたけどな。
本当に脳みそヨーグルトになんてなってないぞ?」

やや呆れ顔で言われても、全然説得力がないのは
どうしてなんでしょうか・・・。

だめだ、リナさんが失踪したのと同じ位ショックだわ。



「ま、まぁそれはひとまず置いといてですね。 それを知ってもなお
ガウリイさんはリナさんを探すつもりなんですね?」

気持ちを切り替えて。
私は一番知りたかった事を問う。

「ああ、オレはリナと一緒がいいからな。
もう・・・他の生き方なんかできないさ」
フッと、幸せそうな笑みを浮かべて言い切るガウリイさん。

前はこんな風にはっきりと自分の気持ちを表に出さなかったのに
やはり、彼女との間に何かがあったんだろうか。

「でも、私達に『リナの捜索を手伝ってくれ』とは、
言ってくださらないんですね」

そう、ガウリイさんは『リナさんがここに来た時の足止め』と言っただけで
『手を貸してくれ』とも、『一緒に探してくれ』とも言っていない。

「これはリナとオレとの問題だし、第一この微妙な時期にアメリア達の
手を借りちまったら、それこそ余計にややこしい事になるだろう?」
そこまで迷惑かけられないからと、苦笑する。

だから、お一人で探す気なんですか?

セイルーンの名を背負う父さんや私が動けば、どういう事態を招くのか
ちゃんと理解しているから。だから、言って下さらないんですか?

本当にもう、リナさんもそうだったけどガウリイさんまで
なんて水臭いんだろう。そんな遠慮全然必要ないのに。



だから私は、トコトコとガウリイさんの正面まで歩いて行って
満面の笑顔を浮かべて宣言する。

「我が、セイルーンはっ!! お二人を全面的に支持する事を
決定しました!! だからそんな遠慮なんていらないんですっ!!」



一言一句、はっきりと言い切ってあげます。

迷惑がかかるとか、関係がないなんてもう言わせない。

私の大切な人達は、絶対私が守るんだ。
今できる事をやらないで、後で後悔したくないから。

「私達は、お二人の仲間であり協力者です。そして今回問題とされている
行為にも加担した、いわば共犯者。
もちろん何も判ってない人達に、罪人だなんて
何があっても言わせませんし、リナさんの功績はいずれ
正当な形で世界中に認めさせてみせますけど。
ねっ、ガウリイさん!」

一言ずつ。
正直な気持ちを伝えるたびに、ガウリイさんの纏う緊張が
薄らいでいく。張り詰めていた精神が緩んでいく。

「もう、ガウリイさんにはシリアスなんて似合わないんです。
そういうのはゼルガディスさんにでも任せとけばいいんですって」
ポンッと傷だらけのブレストプレートを軽く叩き。

「だから、さぁ。 行きましょうよ」

私は飛びっきりの笑顔を作ってみせた。

「ガウリイさん、私を一緒に連れて行ってください!!
リナさんを探すお手伝い、頑張りますから」

そしてガウリイさんの大きな手を取って、力いっぱいブンブンと振り回す。

ええ、絶対に捕まえますからね。
覚悟してくださいよ、リナさん?



こうして、私は後の事を父さんと姉さんに任せ、
ガウリイさんと共に、リナさん探索に乗り出したのだった。








「そこのお嬢ちゃん、ちょっと待ってくれ」

約一ヶ月後、
セイルーンからやや離れた地方都市の外れの町メルカドで
私たちはようやく手がかりを、見つけた。