どんなに叫んでも、どんなに探し回っても。

あいつの姿を見つける事は・・・できなかった。



あの時、どうして彼女から離れてしまったのだろう。



つかの間の単独行動。

そんな事、今までだって何度もあった。

約束なんか必要なかった。

かけがえのない相棒と、共にあるのが当然だと。





これまでもそうだった。

これからもそうだろう。





壊れないものなど、どこにもありはしないのに。









マグノリアと共に ガウリイサイド4






「やっと、帰ってこれたぞ〜!!」

すっかり月が西に向かって傾きかかった時刻。
ようやくオレはリナの待つ村に戻ってきた。

予定より遅い時間になってしまったのは、たぶんおっさん。
・・・そういや名前を聞かずじまいだった。
あの人の農園で随分時間がかかってしまったからだろう。

だが、それだけの価値は充分あった。

細心の注意を払って運んだ花束は、飾られた時のまま
花びら一枚乱れる事なく、美しく咲いていた。

あのおっさんの言う通りだった。

何が美しいのか、そんな事は誰かに教えられなくても
皆、ちゃんと知っているんだと。








遠くから風に乗り、娘達の嬌声や賑やかな祭囃子が流れてくる。

リナのやつ、まさか一人で出かけてないだろうな。

あんな格好で、普通の娘のように歩こうものなら
あっという間に要らぬ輩が寄ってきちまう。



早く帰らなくては。



リナが待っているんだ。



同じ時を共に歩み、共に笑い、共に戦う事を。
苦悩も喜びも、そして希望も。
何もかも、二人で分かち合って生きて行きたいんだ。

この世界の総てが敵に回りお前を糾弾するというのなら、
オレは最後の瞬間までお前と肩を並べて、盾となり剣になる。

しっかりと心を決め。

宿の方角へと一歩、足を踏み出した。







「リナ」

硬い木製扉を軽く叩いて声を掛けた。

『ガウリイ! 随分遅かったじゃない!』

少し不機嫌そうに頬を膨らませて、彼女は扉を開く筈だった。

なのに。

「・・・リナ?」

彼女の気配が、感じられない。

まるで、中には誰もいないみたいじゃないか。

「リナ、いるんだろ?」

バシバシと、力を込めて扉を叩いたが、返答はない。

「・・・入るぞ?」

嫌な予感にかられて剣を一閃、閂を断ち切り中に踏み込み。







扉の向こう側に。隅から隅まで目をやってなお、
何が起こったのか、オレには理解できなかった。

がらんとした室内に彼女の姿は見当たらず、荷物も、服も。
彼女のものは髪一筋に至るまで、何一つ置かれておらず。

あるのは、どこにでもあるような安ベッドが一つ。
脇に小さなテーブルが一つ。

壁には何もかかっちゃいないハンガーがぶら下がり、
開け放たれた窓からは、冷たい夜気が流れてくるだけ。







「・・・嘘、だろ」

何かの間違いだ。

そうか。 オレがいない間に出かけたのか。

ここいらにはリナの獲物になるような輩はいないと思っていたが、
どこで聞き込んできたのやら、まったく。

あんなに一人で行くんじゃないって、普段から言っているのに。



ぱさっ。




遠くで何か聴こえた気もするが、そんな事よりもだ。
・・・早くリナと合流しなくちゃな。

今頃山ほどのお宝を抱えて、重いだのとぼやいている頃だから。

まずはどの辺りか見当をつけなきゃ、だよなあ。







外に出て目を閉じ、全神経を集中してリナを探す。

だが、どこからもリナの気配を感じられない。

爆音も土煙も。燃え盛る炎さえ、まるで見つかりやしない。

さっきから一向に止まない雑音に、掻き消されちまってるのか?

ああ、そうに違いない。

なら、先にそっちを潰せば探しやすいよな。






その後の事は、ほとんど覚えちゃいない。

倒れ伏すズタボロの男。 ハラハラ舞い散る白い花びら。

誰かを殴った気もするし、殴られた気もする。

それよりリナは、リナは一体どこに出かけちまったんだろうか。

何やら喚き散らす男・・・ああ、これはオレだ。
殴られ池に叩き込まれて水面に映る、みっともない自分の姿。



手当たり次第に駆けずり回り、声を張り上げ名前を呼んで、
あいつの居そうな場所を片っ端から探して回った。

どこにいてもすぐ判る筈の、彼女の気配は。

ついに見つけ出す事は、できなかった。






叫び続けた喉は枯れ、酷使し通しの身体は鉛を巻かれたように重い。

もしかしたら、宿に帰っているかもしれない。

そんな最後の希望さえ、あっけなく壊された。
自分の部屋に捨て置かれた皮袋によって。

ずっしりと重い中身は、金貨。

何の言葉も残さずに、身代わりのように放置された金。
これだけあれば、一生食うには困らないだろう。

『・・・審問会が・・・関わった事件について・・・』

あの時感じた違和感と、先(せん)に聞いた忠告が重なりあう。

「・・・手切れ金、って、やつか、よ」

ずしゃっ。

取り落とした袋が重い音を立てる。

「は・・・ははは・・・きつい・・・」





リナ。

いくらなんでも冗談きついぞ。

『ちゃんと待ってる』って、言ってたろ?



現実を拒絶し、目を閉じ意識を手放した。

次目覚める時には、彼女が戻っている事を願って。






あれから、どの位経過したのか。


「こりゃ、どうなってんだ・・・」

聞き覚えのある声に揺り起こされた。

「お・・・親方ぁ。 なんか、尋常じゃないっす。
ここ、肉食獣の口の中みたいに、ビリビリ空気が痛いっすよ。
こんなのに関わってたら、命がいくつあったって足りゃしませんって」

腰の引けた男の声と。

「あ〜あ、せっかく一番綺麗な奴を選んでやったってのに、
それも全部無駄だった、って事か。
こんなぞんざいな扱いしくさりやがって、あぁ?」

苦虫を噛み潰したような、唸り声。

「あんたら・・・かよ」

断りなくなだれ込んできた癖に・・・
勝手に人の周りで好き勝手騒ぐんじゃない。

声を搾り出すのもおっくうだった。

香水屋と、門番と、薔薇のおっさん。
三人揃って今更オレになんの用がある?

「何があった?」

五月蝿い。

放っておいてくれ。

オレはリナを待ってるんだ。
あいつがいないだなんて、ありえないんだよ。

あいつの居場所はオレの傍だ。
オレのいる場所があいつの傍なように。

「振られたな」

唐突な一言が、殴られるよりも重い一撃を喰らわせる。

「ったく、女に振られた位で・・・」

それ以上・・・口を動かすんじゃねぇよ。

無言で固めた拳を、目の前のクソ野郎に叩き込んだ。
つもりが、アタリを感じる前に受け流され拘束されてしまう。

「馬鹿野郎、いくらてめぇが現役の傭兵ったってな、
不眠不休で暴れまくった後の、ズタボロに弱ったまんまで
俺らに勝てるなんて思ってるんじゃねぇ!!」

不愉快だと力を込めて振り切ろうとしても、身体中に
鎖でも掛けられたかのように、身動きが取れなくなっていた。

「好きな事を続けるにゃ、それなりの覚悟と体力がいるんだよ。
現役農園主舐めてんじゃねぇ! 尻の青いクソ坊主!!」

『ガゴッ!』

 横っ面に一発、でかく重い拳を喰らって、目の奥に星が散った。






人かやってきては、すぐに出て行く。

「おら、こっち寄越せ!! ・・・ああ、後始末は俺らに任せとけ。
それから朝までここには近寄るなよ」

ダンダンダンッ!!

目の前に並べられる酒樽と山盛りの食料。

「やっと目が覚めたか。 とにかく飲め! そんでもって食え!!」

無理やり握らされたのは、なみなみ注がれたジョッキワイン。

「人間、腹が減っちゃあ戦はできねぇ。頭も鈍るし暗くもなるんだ。
いいか? 耳の穴かっぽじってよ〜く聞けよ?
悪い事ってなぁ『寒い、ひもじい、もう死にたい』の順番でやってくるんだ」

『説教なんぞ願い下げだ』そう思ったのを見破ったのか
薔薇のおっさんに胸倉掴まれ殴られて。

零れた酒が、床に小さな流れを作った。

「聞け。てめぇの場合は、惚れた女に裏切られたと心が凍えて、
どこにも居ないと飢えちまって、自暴自棄で死んだも同然だ。
だからこそ、食いたくなくても飯を食え。吐いても食え。
食って飲んで、何も考えらなくなるまで腹を満たしてとにかく寝ろ!!」



・・・願い下げだ。



「不服なようだな。 じゃあ聞くが、てめぇはどうしたいんだ?
待つのか、追うのか、それともすっぱり諦めるのか?

諦めるのは簡単だ。浴びるほど酒に溺れて一月も経ちゃあ
頭の中がドロドロ腐って、綺麗さっぱり全部忘れられる。

ここで待つってんなら、俺んちで面倒見てやるさ。
傭兵なんて因果な商売廃業にして、農作業でも手伝うといい。
薔薇はいいぜ? あいつらと過ごしてりゃ一日なんかあっという間さ。

どうしても、もう一度ってなら。 たぶんこれが一番辛いぜ?
手を尽くして相手を見つけた所で、今度こそきっぱり引導を
渡されるかもしれないんだからな。
追いかけさえしなきゃ、『何かの間違いだった』と思い込めるが
愛しい女との再会が。 即、審判の時になる」

「それでも、オレは・・・」



考えるまでもないだろう?
最初から、道は一つしかないじゃないか。



「 なら、こんな薄汚い場所で燻ってるんじゃねぇよ」
香水屋からは、肩に一発重い拳。

「やるだけやらなきゃ、絶対後悔するっす!」
門番にはジョッキを掲げてガッツポーズを。

「食いたくなくても食って、追っかけられるだけの体力を残すんだな。
・・・ったく、俺はてめえの母ちゃんじゃないんだぞ!?
青臭い説教させんじゃねぇ! こっ恥ずかしいだろうが!!」
息が止まるほど強烈な平手が、背中にドスドス落とされまくった。












酒に溺れ、折り重なってマグロのように眠りこける連中を
踏まないように、装備を身に着け荷物を担いだ。
 最後に握りしめたのは、二人で見つけた斬妖剣。

出て行こうと、扉に手を掛けた時だった。

「行くのか?」

「・・・あんた、起きてたのか」

声を掛けてきたのは、薔薇園のオヤジ。

「ま、気ぃつけて行けや。 後始末は、任せとけ」

「・・・ああ。 迷惑、かけたな」

会釈を一つ。

「ガウリイ・・・忘れもんだぜ?」

ずしゃっ!
投げられたのは、例の皮袋だろう。

「それは、迷惑料にでもしてくれ」
今のオレには、必要ない。

「・・・なら、残った分は預かっといてやる。きっちりケリつけて、
暇が出来たら取りに来い。
幸い今回死人は出ちゃいないから、心置きなく行ってこい」

おっさんらしい見送りに
片手を軽く挙げ応えて、そのまま部屋を後にする。

外は暗く、虫の声も聞こえないほど静か。
曇った空に星はなく、導となる月も見えない。

さて、どこから探そうか。

ふと、かつての仲間の顔が脳裏に浮かぶ。



「・・・行くか」



進まなくては、あいつに届かないなら。

リナに届くまで、走り続けるのみ。

辿り付けなければ。








オレの生きる意味は、ないのと同じだ。