あの時、気持ちを伝えていたらお前は。


マグノリアと共に、ガウリイサイド3





ザクザクと砂利を踏みしめ蹴り上げながら、
ひたすら夜道を駆け抜けて。

目指すは昼間教えられた、隣町にあるという薔薇園。

普通ならば肌寒さの残るこの時期、薔薇はまだ蕾を固く閉ざしているか
固く棘だらけの蔓や枝葉を風に晒しているだけだというが、
そこでは独自に改良した稀少品種も栽培しているらしい。

けっこうな時間走り続け、珠のように浮いた汗で
シャツが肌に張り付き出した頃、ようやく入口が見えてきた。

簡素な木製の門は馬車が一台通行できるほどの幅があり、
祭りの夜らしく贅沢に篝火が焚かれていて、かなり明るい。

見張りはどうも住人の持ち回りなのか、どう見ても
武芸の心得があるようには見えないオヤジが一人、
手作りらしい槍を担いで門の脇に立っている。

「こんばんは」

警戒されないよう、片手を挙げつつ男に声を掛けた。

「おう? 兄ちゃん、こんな時間に何の用だ?」

男の声にはやや警戒の色が混じっている。
ま、しょうがないな。所詮オレは余所者だ。

「薔薇園があるって聞いてきたんだが・・・」

不審げに俺の顔をジロジロと覗きこむおっさんに、『怪しいものじゃない』と
両手を挙げ、降参のポーズを取って見せる。

すると。

「なんでぇ、また女に贈る花探しかよ! まったく、近頃の若いもんは
すぐに女の尻に敷かれちまうんだからなぁ」

何が面白いのか、カラカラと豪快に笑うおっさんに釣られて
オレの顔にも新しい微笑が浮かぶ。
そうだ、尻に敷かれて何が悪い?
惚れた女にならば、それもまた幸せなんだぜ?

「で、聞きたいんだが。 今、薔薇は咲いているのか?
あんたのお察しの通り、オレは今晩心底惚れた女に
プロポーズしようと思ってるんだ。
だからどうしても今夜、とびっきり綺麗な花を。
あいつに相応しい花を贈りたい。
会ったばかりの奴に頼む事じゃないが、協力してもらえないか?」

パンっと、拝むように両手を合わせて、
中に入れてくれるようおっさんに頼み込む。

こういう田舎では、余所者がむやみやたらと訪れる事を快く思わない。
ましてや、こんな時間に旅の傭兵がやってくるのは何か厄介事が
起こった時か、そいつが災厄を起こす張本人って事が多いから、
特に敬遠される風潮があったりするんだが・・・。

「で、あんた。薔薇を探してるって言うが、ここの事を誰に聞いた?」

「隣の・・・今日泊まってる村の調香堂ってんだっけ?
あそこの店員の男に勧められた」

おっさんは、どうも軽くいっぱい引っ掛けているらしい。
ここで機嫌を損ねて「怪しいから入れてやらん」とか、
難癖つけられたら堪らないが。

「そうか、レックスか!」

どうやら杞憂に終わったようだ。

おっさんはあの店員を知っていたようで
「あいつの紹介とあっちゃ、飛び切りの奴を出してやらなきゃな!」
そう言って空いた方の手で嬉しそうに顎を擦り。

「よしっ! 今から俺ん家に来い!!
あんたが気に入ったのを分けてやるからよっ!!」

おっさんは持っていた槍を門の脇に立てかけると、腰から
小さなラッパを取り出し『パパパッパパッ!!』
景気良く吹き鳴らしたと思ったら、
「おら、ジェームス!! さっさと見張りを代わりやがれ!!
俺は今からちょいとした野暮用片付けてくらぁ!!」

ラッパを戻したおっさんは、片手をブンブン振り回しては門の奥、
暗がりに向かって早く来いだの、トロいだのと叫び散らしている。

「お、おいおい。いいのか? 今晩の見張りはあんたなんだろ?」

オレの浮かべた困惑顔をおっさんは鼻で笑って
「ま、いいって事よ。 元々今夜の見張りは奴の番だったのを
『愛しい彼女と会いたい、少しだけでも見張りを替わってくれ〜』って、
ベソベソ泣きつかれただけなんでな」肩をすくめて見せる。

暗がりの方角からは、ラッパの音かおっさんの声なのかは判らんが
とにかく音を聞きつけて、慌てた様子で駆けてくる人影一つ。

「・・・っ、はあっ。親方、どうも、すみませんっ、したっ!!
で、その人はっ、ふうっ、どちらさん、で?」

ヒイハアと荒い息のままへたり込んだのは、まだ若い・・・
オレと同じ位の年齢の男だった。

「なぁに、去年のお前と同じってこった。てめえも応援してやりな」

オレの背中をバシバシ叩きながら
心底楽しそうににやけるおっさんと。

「ああ、そりゃしょうがないですね。
また一人、尻に敷かれ仲間を増やす手伝いってんなら、ね」

男は息が上がったまま、さっきおっさんが見せたのと同じ
どこか哀れむような顔で笑むと、そのまま軽く頭を下げて
槍を受け取り、一目散に持ち場へと向かっていく。

「俺達もさっさと行くか。その娘にどの薔薇を贈るのかは、
じっくり実物を見てから決めりゃいい。 赤白ピンクにワインレッド、
おっと、黄色い薔薇は贈るんじゃねえぜ?
女ってのは花言葉にも五月蝿いから、綺麗だからと贈った花で
思いがけず仲が壊れる、なんて事もあるからな」

「そうなのか?」

花だけじゃなくて、色でも意味が違ってくるとは知らなかった。

「ま、この俺が付いてるからにゃあ、変なもんは掴ませないけどよ」

肩を揺らして豪快に笑いながら「ほれ、もうすぐだ」
前方のレンガ壁を指差した。

「あの奥がそうだ。 うちは特に品種改良を進めた
珍しい株をたくさん揃えてある。
きっとあんたのお眼鏡にかなうのがあるだろうよ」






カシャン。

金属製の扉の鍵が開かれて。

キィィィィ・・・。

ゆっくりと内側に開いていく扉の奥から、
フワッと濃厚な芳香が流れて来る。

「ここが俺自慢の薔薇園だ。 どうだ、綺麗だろうが!」

バシッとまた、オレの背中を叩いておっさんが笑った。






「・・・で、そいつでいいのか?」

案内された園内を隈なく歩き回ったオレは、最奥の花壇の中でも
一際色濃い株に目を止めた。

夜なお深い葉の緑と、鋭い棘に守られながら
そいつはカンテラの明かりに照らされて
真紅の花びらを一際美しく、鮮やかに輝かせていたんだ。

その赤色を見た瞬間「これしかない」そう思った。

「こいつにするよ。持ちやすい花束にしてくれないか?」
後ろのおっさんに声を掛けると。

「ああ、ちょっと待ってな。すぐに準備してやるよ」
腰に提げた皮袋の中から綺麗に手入れをされた鋏を取り出し
パチン、パチ。と、七分咲きの花を選んで切り取っていく。

「持ちやすいってんなら、この位でいいか?」
棘を取り、長さを整えた薔薇を束ねるのは、純白のリボン。

「俺はなぁ。ほれ、単なる田舎の親父だがな。
綺麗なもんは綺麗だって、ちゃ〜んと知ってるんだぜ?」

オレに話しかけているようで、しかしおっさんの視線は手の中の薔薇に
落とされたまま、花束の最終チェックに余念がない。

「ほれ、出来たぞ! 彼女に渡すまでに萎れられちゃかなわんから
茎には濡らした綿を包んである。握るんならここら辺にしな」

粗雑な口振りとは裏腹に、優しい手つきで花束を
差し出されて、そっとそいつを受け取った。

「いいか? 今からまっすぐ隣村まで帰るんだぞ。
それから、間違っても全力疾走なんかするんじゃないぞ?
そいつを散らさないように、細心の注意を払ってくれんと
せっかく丹精込めて育てた花が可哀そうだからな、頼むぜ?」

「なぁ、これは幾らなんだ?」
そういえば、と、礼金を払おうとしたオレの腹に重い拳がめり込んだ。

「てめぇ、野暮な事言ってんじゃねぇよ。
俺にとっちゃあここの薔薇達は娘も同然なんだ。
親は娘の幸せを一番に考えるもんだろ、え?
そんな大事なうちの娘を、見ず知らずのあんたに分けてやったんだ。
これでもし惚れた女に振られて見やがれ、
その時はこの俺が只じゃあ置かねぇぜ?」

「随分痛い激励だな。・・・ありがたく受け取っとくよ」
殴られた箇所を擦りながらおっさんに礼を言い頭を下げる。

「精々うまくやんな。 んで、成功したら酒の一本でも
寄越してくれりゃあそれでいいさ」

じゃあ、頑張れよと。
おっさんは満足げに笑って、薔薇園の奥へと消えて。

オレも元来た道へと足を向ける。






リナ。

すぐにお前の元に帰るから。

今夜オレが言う事に『柄じゃない』って笑わないでくれよ?






リナの待つ村へと走りながら、オレの脳裏に浮かんだのは。

驚きと喜びに頬を染めるだろうリナの顔。

早くそれを現実にしたくて、オレはしっかりと薔薇を抱えこみ。

真っ暗な夜道を駆け抜ける。






リナと歩む、明るい未来を想いながら。