ずっと、一緒にいられると思ってたんだ。






マグノリアと共に ガウリイサイド2





宿に戻ると、隣室にリナの気配があった。
どうやらオレより先に買い物を済ませて帰って来ていたらしい。

ちょうどいい、今夜の予定を確認してから
リナに贈る花を探しに出かけよう。

荷物の中から予備の金貨を取り出し、部屋を出ようとした時。

扉越し、小さく聞こえたのはノック音。
どうも、リナの部屋に誰かが尋ねてきたようだ。

一体誰が何の用事だ?と聞き耳を立てていると、
カチャリと扉が開く音に続いて、二言三言ボソボソ会話が交わされている。

もしかしたら仕事の依頼かもしれないな。
もしそうだったら、今晩の祭りで・・・って計画はオジャンになっちまう。

特に今は路銀に困っていないって言っていたが、話の内容によっては
依頼を受けちまうかもしれないし・・・どうしたものか。

盗み聞きってつもりはなかったんだが、何となく外に出るのは憚られて
オレはドアノブを握ったまま、ボーっとつっ立っていた。

しかし、予想に反してすぐに客は帰ってしまい、リナもそのまま部屋に
引っ込んで、何やらゴソゴソ始めたらしい。

廊下に出て、耳を澄ますとシュッという衣擦れの音が聞こえた。

どうも依頼じゃないようだな・・・?と思いつつ、
「お〜い、いるかぁ?」と声を掛けながらドアを開いて・・・。

「きゃあっ!! な、何いきなり開けてんのよっ!!」

「す、すまんっ!!」

慌てて扉を閉めたが後の祭り。

さっきの音で気がつけよ、オレ!

冷たい扉に背をつけて、バクバクいっちまってる心臓に手を当てる。

リナは着替えの真っ最中だった。

チラリと見えたのは白い生地の高そうな服と、
背中のホックを止めようと身体を捻る、リナの滑らかな素肌。

あれは・・・肉まん食ってる時にリナが見ていたやつじゃなかったか?

「ガウリイ! 迷子になるのは構わないけど、乙女の部屋に顔出す時は
ノック位するのが礼儀でしょうが!!」

ドア越しにリナの怒声が聞こえてくるが、そんな事より眼を閉じても
浮かんでくる、リナの白い素肌の方が問題で。

普段マントに隠されて絶対に見えない部分の肌は、日に当たる事もなく
輝くような肌理の細かさと柔らかな白さを保ち、
そして成熟する寸前の若々しい肢体は、艶かしくオレの劣情を誘う。







 たった今、強烈に自覚した。いや、させられた。

リナが欲しい。

リナの全部が欲しい。

これ以上『相棒』の位置には、留まれないし留まりたくもない。

今までだって誰よりもリナの近くにいたつもりだったけれど
だが、もうそれだけじゃ足りないんだ。

もっと、もっと近づきたい。

どこもかしこも触れて確かめて、全部さらけ出して混ざり合って。

オレはリナの、唯一無二の存在になりたいんだ。

一度もはっきりと言った事はなかったが、今日この夜に伝えよう。

「ずっとお前の傍にいたい」って。

この先どんな事が待ち構えていようと、オレはリナを護っていくからと。

たとえ世界中が敵に回ろうとも。

オレはリナと共に在りたいんだと、伝えよう。






着替えを終えたらしいリナは、少しだけドアを開いて顔だけ覗かせたのだが。

「で、一体何の用なの?」

まださっきの事を怒っているのか、リナの表情は固いままだ。

だが、また誰かが来る前にリナに約束を取り付けておかなくては。

 「リナ、今夜の祭りが終わったらな」

 「何?」

 「話が、あるんだ」

 「・・・今じゃだめなの?」

 「ああ。 ちょっと落ち着いて聞いて貰いたいから。
 だから、準備が整ったら茶化さないで真面目に聞いてくれよ?」

 「・・・なんか知んないけど、とりあえず楽しみにしておくわ」

 「ああ、約束だ。忘れるなよ?」

何となく、オレより低い頭に手を伸ばし。

髪に触れた時、眩しいものを見上げるようにオレを見たリナの顔は
どうしてか、いつもよりも大人びて見えた。





普段よりも少しばかり。

 いや、かなり女っぽい表情のリナに後ろ髪を引かれながら、
オレは部屋に帰ろうと背中を向けて一歩を踏み出した。

すると「じゃあ、あたしもちょっと散歩してこようかな」と、後ろから
聞こえたリナの声と、続けて扉の開く音が。

まて、お前さんあの服着てるんだろうが!
そんな女らしい格好をむやみやたらと見せるんじゃない!!

「そうだ、リナ。 そういうのはもっと、出るとこ出てから着るもんだ」

「なっ!?」

「馬子にも衣装とは言うが、その格好じゃ気軽に美味いもん食えないだろ?
一人で出かけるんならいつものに着替えて行けよ〜」

何気ない風に聞こえるよう、ボソッと棘のある言葉を落として、
オレはそのまま部屋に戻る事にした。
しばらく機嫌は直らないだろうが、あとでちゃんと謝るから。

『頼むから他の男に見せないでくれ。一瞬でも、
誰かがお前さんに付け入る隙を与えたくないんだ』

そう、素直に言えればよかったのに。







外出の支度を整え、そっと部屋を出る。

普段ならそろそろ飯の恋しい時間帯だが、今はまったく気にならない。

そんな事より、いかにしてリナを口説けばいいのか、どうすればこの気持ちを
本物だと信じさせられるのか、そればかり気になって仕方なかった。

リナの部屋に向かいノックをと手を振り上げ・・・ふと、止めた。

何を柄にもない事をやろうとしてるんだ?
今ここで、リナに言ってしまえばいいじゃないか。

さっきは悪かった、本当はすごく綺麗だったって。
そのままリナに告白して、一生傍にいさせてくれと言えばいい。

いや、焦りは禁物だ。

女にとって、愛の告白だの結婚の申し込みは男以上に重要なイベントだと
昔の傭兵仲間に聞いた事がある。
特に、相手はあのリナだ。日頃無茶苦茶やるくせに色恋沙汰には
とびきり初心な奴だから、きちんとムードとかを大切にしてやらなきゃな。

ならば、やはり焦って事を仕損じる訳にはいかない。

今は、逸る気持ちを堪えて腹を括る。

まだ例の件をオレが知っているとは思っていないリナに
洗いざらい全部ブチまけさせたくてしょうがない。

そしてそれでもオレはリナの傍にいたいんだと、
オレの生き筋は、リナと共に歩く事しかありえないんだと、
そろそろ本気で知らしめたくなった。

いや、単純にリナに信じて貰いたいんだよな、オレって男の事を。

今度こそ、どんな事もあいつと分かち合いたい。

苦楽を共にし、波乱万丈確定だろう生涯を、なんだかんだ
言いながら離れる事なく旅を続け。

いつか、どこかで落ち着いて暮らすのもいい。

この先にどんな未来が待ち受けていようともオレは
最後の瞬間を迎えるその時まで、お前と一緒に生きて行きたいんだ。

だからこそ、新しい関係に踏み出す一歩は、思い出深いものにしたい。

ふと思い出すたび、二人で。

どんな時でも、二人なら「そんな事もあったね」と笑えるように。

意を決して、オレは扉をノックした。






 「すまん、リナ。ちょっと野暮用が出来ちまったから、悪いけど
夕食は一人で食べてくれ。
 帰って来たら部屋に寄るから、必ず大人しく待っててくれよ」 






その時のオレは。

リナがこんなに早く、一人で決断してしまうなんて思わなかった。

いや、リナの態度に僅かな違和感を感じていたのに、
それがなんなのか判りたくなかっただけだ。






 「・・・何があるのか知んないけど。 
 ちゃんと待ってるから、しっかり探していらっしゃい」

「ほらっ、待たせる詫びだ。これやるよ!!」

本音はさっき言ってしまった事への詫びにと、
先に小さなプレゼントをリナに投げ渡して。

オレはそのまま暗い道へと踏み出した。







この道の先に、リナとの新たな時間が待っていると信じて。

そして、一度も振り返らなかった事を後悔し続けるとも知らずに。

何も知らずにオレは、真っ暗な道へと踏み出したんだ。