待っててくれよ。
 
お前さんにふさわしい花を探してくるから。






マグノリアと共に ガウリイサイド






息を切らし夜道を駆けて。

隣町にあるバラ園の管理人に頼み込んで、
あいつの瞳と同じ色の、大輪の花を手に入れた。

来た時と同じ位急いで元来た道を辿り、帰り着いた
オレを待っていたのは。

もぬけの殻の部屋と、粗末なテーブルの上にと
置き去りにされた皮袋が一つきり。

外では賑やかな祭りのお囃子が流れ。

あちらこちらで乾杯の声や歓声が響き渡る。

どうして、こうなっちまったのか。

あいつはどこに行ったのか。

リナは、どこだ?






「ぅわあっ!!」

ゼェゼェと荒い息を吐く。また、あの夢を見た。

あの夜の夢、悪夢のような過去の現実。

こんなに手を尽くして探しているのに、彼女に関する情報は欠片も集まらず
日々、ただ焦燥だけが募っていく。

額を伝う汗を拭いながら、ここが一人部屋でよかったと
大きく息を吐いた。







緋寒桜舞う村を後にして、オレ達が次に訪れたのは
花と香油でちょっとばかり有名だという村。

特に何か目的があったわけでもなく、ただ、前の村からこの村までが
一本道で繋がっていた、それだけの理由だった。

その村についた日は、ちょうど年に一度の村祭りが
行われるという事で、そこここに出店や花飾りが溢れかえっていた。

見物客で満室になる前にと、早々と宿を取り荷物を置いて。
身軽になったと思ったらすぐに
「ガウリイ! お昼は外の屋台で食べましょうよ!!」って
リナが部屋まで誘いに来て。

それに乗ったオレも一緒に、買い物がてら散策に出かけた。






「ねぇ、この辺りって今の時期、持ち回りでお祭りしてる気にならない?」

目に付いた店で早速買い求めた肉まんを、ハフホフと齧ってリナが笑う。

「ああ、そうだな」

のんびりと返事をしながら、オレも手持ちの肉まんに齧りつく。

「ねえ、ちょっとガウリイ。 あれ見てよ!!」

ほらほらと、物珍しそうに指差した先には一件の店。

店先の看板には「調香承ります」の文字。

「さすがは香油でちょっと名の知れた村ね。
普通はもっと大きい街にしか調香堂なんてないわよ?」

小さな茶色いガラス瓶が並ぶ店内をチラリと眺めて、感心したようにリナが言った。

「そうなのか?」

オレは香水なんて興味がないから知らなかったが、やはりリナも女の子、
そういう物にも興味を持つ年頃なんだろうか。

「あっ!! 見てよガウリイ!! あそこすごいわね〜
『祭り用衣装、承ります。 即日お直しいたします』だって!!
あそこで扱ってるドレスってけっこういい生地使ってるのに、
お祭り用にしちゃうんだ。
やっぱり王侯貴族とかにも香油を卸している村だから
みんな懐があったかいのかしらね?」

はくんっ、と最後の一口を豪快に放り込みつつ楽しげに笑うリナ。



だが、オレはどこかに違和感を感じていた。



『どこがおかしい』と、言い切れる要素はまだ見つかっていなかったが
こう、項の辺りがチリチリと小さく疼くような。

「ねえ! ちょっとあれ、微笑ましくない?」

くいっと、袖を引っ張られて指された先を見ると、新婚夫婦だろうか
一組の男女が仲良く微笑みあい、手を繋いで通り過ぎていく。

男は身振り手振りも大げさに、彼女を楽しませようと
一生懸命に話し続け。

彼女はコロコロと笑いながら、男を愛しげに見つめて何度も相槌を打って。

「ああ・・・幸せそうだな」

同意したオレの方なんて気にもせずに。

彼らを見つめながら、リナもまた眼を細め微笑んでいた。

「ねえ、あたし達って他人から見たらどういう関係に見えるのかしらね?」

急に、リナが前に出てそんな事を言い出した。

悪戯っぽく笑いながら、瞳はどこか揺れていて。

「そ〜だなぁ・・・。ま、兄妹とかってのはないだろうな」

何も考えずに返事をしたオレに向かって
「あたしがあんたの妹だなんてぜんっぜん似てなさすぎよ!!」って
不満げに鼻を鳴らす。

「まったく、もうちょっと気の利いた事言えないのかしらね〜。
でも、ガウリイだし、しょうがないかな」

タタタ・・・と先に走って行くリナ。

楽しげに零された言葉は風に流され消えて。

「ねえ、この先いつまで二人で旅してるんだろうね!」

くるんっと振り返ってリナが言った。

『そんなの、ずっとに決まってるじゃないか?』

そう答えるつもりで開いた口からは、結局声は出てこなかった。
いつの間にか、リナの姿が見えなくなっていたからだ。






「まいったなぁ・・・」

それほど広い村ではないのに、オレはリナを見つけられないでいた。

ただ、この近くにいるのは何となく感じるし、嫌な感じとかはしないから
心配する事もないだろう。

もしかしたら買い物でもしに、店の中に入ってしまってるのかもしれない。

ブラブラと広場横に並ぶ店を横目で眺めながら歩く。

出店は簡易テントや板を組んだだけの物が多かったが、道の両側には
観光客向けなのか、住宅の一階部分を店舗にしている所も少なくない。

何度か道を往復していると、爽やかな香りが鼻をくすぐった。

どこから・・・?と、香りの源を辿ると。

そこはさっきリナが興味を示していた調香堂。

もしかしらここにいるのか?

カランとベルを鳴らして、オレは店のドアをくぐった。






「いらっしゃい!」

カウンターの中にいたのは、一見猟師か?と思うほどがっちりとした
体格の男だった。 手にはなにやら小さな器と練り棒のような物を
持っていて、グリグリと中身を捏ね繰り回している。

「お客さん、何をお探しかな?」

オレを見て、ニッと無骨な営業スマイルを浮かべる。

「ここに連れが来なかったかな、と思って寄ったんだが・・・」

「連れって、女かい?」

男はビッと小指を立てて見せながら
「今日は女性客お断りの日だから、たぶんここには来ていないぜ」と笑った。

「女性客お断り?」

普通香水とか香油ってもんは女が使うもんじゃないのか?

店主の返答を不思議に思ったのが、顔に出ていたのだろうか。

「兄さんは旅の人だから知らんのだろうが、今日の祭は実質
近隣の村合同のお見合いパーティーみたいなもんなのさ。
まっ、若い連中の為の祭だって言っても過言じゃねぇさ」

「それと、女の客お断りってどういう関係があるんだ?」

普通に考えれば、そういう時こそ稼ぎ時だろうに。

「そりゃあこの村独特の慣習の所為さ」

そう言うと、男はその『慣習』とやらを説明してくれたのだった。

「この村じゃあ、祭の夜には女達はとっておきのドレスで着飾って、
男共は意中の娘に相応しいと思う香水を渡して告白する事になってるのさ。
ま、娘達はそれで未来の旦那の仕事振りを推し量るんだろうなぁ。
何しろこの村の人間は殆どが主にしろ副にしろ生業として
香油に関わる仕事をしているんだから。
ま、惚れた女に似合うような香りもわからん野暮な野郎は
こっちから願い下げ、って事だろ。 さて、いいからまずは嗅いでみな?」

スッと差し出された器に、興味本位で鼻を近づけると、
かなり濃厚で甘ったるい香りがする。

「う〜ん、こういうのはリナには合わんなぁ・・・」

思わず呟いてしまったのを、おっさんは聞き逃さなかったようだ。

「なら、その娘の特徴を言ってみな? 
バッチリ似合いの香水を作ってやるからよ」

器の中身を小さな缶に移し替えラベルを貼ってしまうと
おっさんは紙とペンを片手に身を乗り出した。







「その娘の年は?」

「え〜と、そろそろ18か9になったと思うんだが。
外見は実年齢よりもけっこう幼く見える方だ」

いつの間にこうなったんだか、オレは聞かれるまま質問に答えていた。

「んじゃあ性格特徴は? 嫌いな匂いってのは知ってるのか?」

「う〜ん。リナは普段匂いのするものは身につけないからなぁ。
なんせ、あいつも旅の魔道士だし、面倒事に巻き込まれる事も
しょっちゅうだから「自分の居場所を知らせるようなもんだ」って言って
普段は何もつけないんだ」

そう、リナは何もつけていない。
いや、たまに風呂上りに顔をあわせたら石けんの香りがするくらいで。

「ほうほう、じゃああんまり強すぎないで残らないもんがいいか。それから?」

おっさんは手元の紙にがりがりメモを取りながら先を促してくる。

「あいつは小柄なんだがやる事はトコトンでっかくておっかない。
オレが間の抜けた事を言うとしょっちゅうスリッパでどつかれるし
怒らせるとすぐに呪文が飛んでくるしなぁ・・・。
まぁ、そんじょそこいらにいるような女じゃないってのだけは確かだな」

だけど、オレは知ってる。

強いだけじゃなくて、弱ったり泣いたりもする、
護ってやらなきゃならない奴だって。

「気が強くて手が早くて小柄。 イメージとしちゃ猫みたいな娘っこだなぁ」

ペンの尻で頭を掻きながらおっさんが言う。

「ああ、そんな感じかもしれん。 もうずいぶん長い事一緒にいるが
クルクル表情が変わったり、かと思ったら状況に合わせて
行動するのもすごくうまいし何でも知ってて頭もいい。
照れ屋ですごく意地汚い所もあるけど、お人好しでもあるからなぁ」

猫のようなリナ。

じゃれて人の指を噛んだり腕を引っかいたりするんだろうが
ふと気がつくと横で寝息を立てていそうな、そんな感じか。

リナの事を話し終えると、なぜかおっさんは
「兄さん、まったく同情するよ」と肩をすくめて笑った。

「いやいや、何も言うなって。その年でもう尻に敷かれてるたぁ
よっぽど恋人にほれ込んでるんだなぁ、あんた」

ウンウンと訳知り顔で頷かれる。

「い、いや・・・その。まだ恋人とかじゃないんだ。 
なにせ長い事「保護者だ」って勝手に名乗っちまってたから、
そういうのも今更のような気もするし」

「なんでぇ! 保護者が被保護者の尻に敷かれてたって
なんとも情けない話じゃね〜か!
よしっ、ここらで一発、バーンと決めて男になれよ、兄ちゃん!!」

ドスッと重い拳がブレストプレートにぶつけられ。

「じゃあ、そのおっかない娘っ子に似合いの香りを俺が調合してやるから
てめえは今晩バシッと決めやがれ!!」

らんらんと眼を輝かせ、妙に張り切りだしたおっさんは。

 「ほら、ボサッとしてないでそこの扉閉めろ。
他の客何ざ邪魔だ邪魔だ! 男の一世一代の告白に相応しい
とびっきりの香りを作ってやるよ!!」
うりゃっと腕まくりをして、店の奥へと駆け込んで行った。






それからしばらくの間、おっさんは棚からあれこれ小瓶やら何かの塊やらを
取り出してはあーでもないこーでもないとやっていたが。

「よしっ、これならどうだ! 嗅いでみな!!」

ずいっと差し出された乳鉢の中からはふわりと香る
少しだけ甘くて爽やかな香り。

「これは・・・外で嗅いだ匂いと似ている気がする」

ボソッと言ったオレにおっさんは「そうだろ!」と
笑いながら説明を始めた。

「こりゃマグノリアの香りをメインに調合したのさ。
その娘は元気なお転婆娘と見たが、そろそろ女らしくなってもいい頃だろ?
だからフルーティーな香りはあえて避けて、なおかつ色気を漂わせるには
まだ早そう感じだから、爽やかさの中に少しだけ甘さを持たせて
なおかつピリッと全体を引き締める為のエッセンスを一滴。
あまり香りが持続するのも困るってんで液状じゃなくて
蜜蝋に香油を練りこんで控えめに香るように作ってみたが、どうだ?」と。

どうだ、と言われてもう一度匂ってみる。

ふと、脳裏に浮かんだのは。

さっき見た、揺れる瞳のリナの顔。

「これくれ!!」

気がついたら叫んでいた。

「ああ、うまく行くといいな」

おっさんは満足げに笑いながら、乳鉢の中身を小さな缶に移していく。

その手をふと止め、「それに、マグノリアの花言葉は『自然への愛』って言うんだ。
どんなにおっかなくても手が早くっても、あんたはその娘がいいんだろ?
なら、「ありのままのお前が好きだ」って意味も込めて
こいつをその娘に贈ってやんな」と言い。

え〜と、あの香油とこれを使ったから・・・と、勘定の計算を始めたおっさんを
横目に、オレはカウンターの上の小さなプレゼントを見つめた。

リナは、これを使ってくれるだろうか。

「そうだ!」

急におっさんが顔を上げて、にやりと笑って言った。

「・・・あんちゃん、どうせなら花の一つも付けてやりなよ!!
 今日はマグノリア祭だからすぐに手に入るのは木蓮だが、
男一世一代の告白ってやつなら相手に贈る花はやっぱり薔薇だと俺は思うね。
 いくら長年連れ添ったパートナー宛だって言っても、
こういう時にゃあ花の一つは必要だろ?
 手ぶらで告っちゃ、悪い冗談だと思われるかもしれんしなぁ。
 それに歌でもあるだろ? 『情熱の赤い薔薇〜♪』って言うくらいだ」

そっか、花か。
そういや普段リナに花なんぞ贈った事もなかったなぁ。

しかし・・・「こう、なんか照れくさいなぁ」
いや、改まってそういう事をするのは柄じゃない気もする。

「馬鹿だなぁ、こういうのは雰囲気が大事なんだって。
どんな女だって、綺麗な花束をもらって悪い気になる奴はいねぇよ!」

「ああ、わかった。ありがとな」

代金を払って品を受け取り礼を述べると、「薔薇なら隣町に
専門の農園があるから、いいのが欲しけりゃ行ってみな!」と
背中に激励を受け。

「その位しないと、あいつは絶対信じてくれないだろうから」
と、軽口を叩きながらドアをくぐる。

まずはリナを捕まえなきゃなと、オレは真っ直ぐ宿へと足を向けたのだった。