過去からの声 1



     今日も今日とていつものように、のんびり旅を続ける二人。

     今日一日歩き詰めで、夕暮れ時にようやくたどり着いたのは、
     アトラスシティから少し離れた、とある山村。

     この村の名物は、山に放牧をして育てた牛の乳から作るバターにチーズ、ヨーグルト。

     二人は、いわゆる乳製品尽くしを堪能する為だけに
     わざわざ遠回りをしてまで立ち寄ったのでした。
 





     『ホエィ村』と書かれた門をくぐった彼女の第一声は、
     「あー、疲れた。 今日はず〜っとずーっと!!
     歩きっぱなしだったからしんどいわ〜。
     早く今夜の宿を決めて、さっさとご飯にしましょ!!」だった。

     しかし口では『疲れた』と言いながらも、今夜の食事が楽しみな彼女の足取りは軽い。

     「なぁ、あそこの看板、宿屋って書いてるぞ。 隣は食堂みたいだし、あそこでどうだ?」
     自称保護者な彼が指差す先には、中規模の宿屋と、併設された食堂らしき建物。

     「んじゃ、とりあえず空きがあるか聞いてみましょ。
     ま、今頃の時期に満室なんて事、あるわけないんだけどね♪」
     言いつつ足はもう宿屋に一歩踏み込んでる。

     さっそく受付のおじさんに「一人部屋を二つ、お願いね。」と言った後、
     「隣の食堂はこの宿の?」とおいしい晩御飯のための情報収集を忘れない。

     あたしたち、この村の名物を食べるためにわざわざ遠回りしてきたのよ!と
     指をピコピコさせながら、
     「で、この村でいっちばんおいしいご飯を出す食堂って何処!?」と、問いかける。

     聞かれたおじさんはウーンと唸ってから
     「飯ならうちの食堂が一番だって自信を持って勧めるんだが
     食後のデザートに関しちゃ、ここから5軒向こうのラディーの店がお勧めだ!!
     なんてったって、あっちは甘いものの専門店だからなぁ。
     あんたみたいな若いお嬢さんにはぴったりってもんだ!」

     自信たっぷりな物言いに「じゃ、ご飯はおじさんのとこで食べさせてもらうわね♪」
     と、言ってから「正直なのはいいけど、ここもデザート位置いてるんでしょ? 
     商売敵に塩を送るようなまねをしていいの?」と聞く彼女。

     「ああ、実はその店はうちの息子の嫁がやっててな。 
     だからうちではデザートは一切作ってないんだ」
     何なら食事の後にこっちにいろいろ見繕ってこさせるが、どうするね!?」
     にこやかに笑いながら返事を返す親父。

     じゃ、そうさせてもらうからと「さっさと荷物置いてごはんにしよっ!」と、
     にこにこしながら今夜の寝床に向かう彼女。

     「おうっ!楽しみだな!」と後を追う彼。

     この二人にとって、目下の最重要事項は『おいしいご飯を食べること!』なのだ。






  

     荷物を置き、重い装備を解いて食堂に降りた二人は早速、
     がばっ!!とメニューを開き。

     「おっちゃ〜ん、この『ホエィ村特産乳尽くしフルコース』、5人前お願い!!
     あと、『旨さ爆発!! 骨付きステーキ』3人前と、
     『山のハーブたっぷりのミックスサラダ』も3人前よろしく!!」

     「オレは『乳フルコース』5人前に『骨付きステーキ』を5人前、
     『じっくり煮込んだビーフシチュー』を2人前に
     『ミートスパゲティ』3人前な!」

     「あーっ、ガウリイずるいっ!! 
     それなら『子牛のカルパッチョ』4人前追加!あとこの赤ワインも一瓶よろしく!」

     「そういうリナこそ頼みすぎだぞ!!
     ならオレは『旨味の坩堝!きのこホワイトグラタン』を追加するぞ!!」



     まだ一品目も手元に来ていないのに追加注文をする辺り、この二人の食欲は只者ではない。



     「アッ、それ一口もーらいっ!」

     「これはオレのだ! そっちこそ右ががら空きだぞ!! ていっ!!」
 
     「ああーっ、それは大事にとっといた腸詰さんっ!! 何すんのよ!」

     キィン! ガキッ!!カツーン、ガチガチガチッ!!
     ナイフとフォークのつばぜり合いの音を辺りに響かせながら
     控えめに表現して『にぎやか』な食事を楽しんだ後。









     「あ、あのー。うちの食事を堪能していただいてとてもうれしいのですが、
     この後デザートはいかがいたしましょうか?」

     やや引きつり顔で聞くおじさんに、
     「もっちろんいただくわよ♪ デザートメニューってどの位あるの?」とにこやかに聞くリナ。
  
     「オレはデザートそんなに要らないから、おやじさんのお勧めのを
     2・3個持ってきてくれればいいよ。
     それとさっき飲んでた赤ワインを後3本ほど頼む」陽気に答えるガウリイ。








     この人たち、いったいどんだけ食べるんだ!? と首をひねりながらも、てくてく
     注文の品を取りに向かうおっちゃんを、チラリと横目で見ながら一息入れたその時、
     少し離れた席の会話が聞こえてきた。

     「なぁ。この村から少し離れた森に、変わった追いはぎが出るんだとよ」

     「追いはぎ? 盗賊じゃないのか?」

     「なんでも、一般人はまったく相手にしないで、
     剣士だの魔道士だのを専門に狙ってくるらしい。
     しかもたった一人で、一騎打ちを持ちかけてくると来た」

     「どちらかと言うと、腕試しって感じだな」話を聞かされている男は首をひねる。

     「で、そいつが勝ったら相手の持ち物を身ぐるみ剥いじまうんだ」

     「もしそいつが負けたら!?」

     「さぁな、今まで一人も勝ったやつがいないらしい。
     もしもそいつに勝てたなら、逆にそいつの身ぐるみ剥がすってのはどうよ」

     「今までがっぽり溜め込んできた分を、根こそぎいただくってか!?
     いい話だとは思うけどな。俺たちにはそんな力はこれっぽっちもない、無理無理!」

     見た目からして、肉体労働にはまったく向いていないように見える男は、
     わはは!! と大声で笑いながらブンブンと手を振りまくっていた。
  





     『こ、こりはもしかしてお宝さんに出会えるかも♪』

     小耳に飛び込んできたおいしい話に心はウキウキ、うずうずなリナを、
     「お前、今夜出かけるつもりじゃ無いだろうな!?」とジト目で見つめるガウリイ。

     「え、えーっと。 行かない、行かない」パタパタと手を振り答えるリナだが。

     うわー、行く気満々なのバレてるわ、と、冷や汗をかきながら、
     何とか自称保護者殿を丸め込もうとするが。

     「どうしても行くってんなら、オレも付いて行くから」と、意外な程あっさりとお許しが出た。

     「うわー、ガウリイどういう風の吹き回しよ。 いつもなら絶対止めるのに」
     心底意外そうな顔で聞くリナに、
     「いつもみたいに一人で行かれる位なら、オレが付いていった方が安全だしな」との答え。

     ま、これで今夜は堂々と出かけられるからいいかな?

     やっと運ばれてきたデザートの山に、思わずにんまりとしながら、
     彼女は今夜の獲物に思いを馳せるのでした。
  











  
     月が天頂にかかる真夜中に、二つの人影が村はずれに向かってひた走る。

     一人は金の髪の男。

     一人は栗色の髪の女。

     まるで重さを感じさせない足取りで、森に向かって駆けていく。

     月明かりに照らされて煌めく紅と蒼の瞳。

     ただし、これから二人が向かう先は。

     とてもじゃないが、年頃の男と女が楽しげに向かう場所ではないはずなのだが・・・。









     「ねえ、そろそろ出会ってもいい頃じゃない?」囁くリナに、
     「いや、まだ人の気配はしない」 もう少し先だろう、と答えるガウリイ。

     村を出てから既に一時間は経っていた。

     すでに道は無く、うっそうとした森の中を、枝や下草を掻き分けサクサクと歩いて行く。

     「ねえ、ガウリイ。今日に限って何であたしに付き合ってくれるの?
     ・・・まさか、ガウリイもお宝目当てなんじゃないでしょうね!?」
     チロリ、と隣を歩く男の顔を見上げると、「リナじゃあるまいし」と返される。

     「ただ、ちょっとばかし興味が湧いてなぁ」と、
     ぽりぽりと頭をかきながら話す男の顔には、のほほんとした表情。

     「ガウリイにしては珍し、」言いかけて、『シッ!』とガウリイの発した合図に口を閉じた。
  







     『人の気配が近づいて来る』

     リナにも聞こえるギリギリの声で囁くガウリイは、既に剣の柄に手をかけている。

     パキッ、ペキキッ、ガサガサッ!

     枯葉を踏み、小枝を折りながら近づいて来るひとつの気配を、程なくリナも感じ取る事ができた。

     敵意や殺気は感じない。

     ただ、人が歩いてこちらに向かっているだけ。

     ただし、普通に歩いているように聞こえるが、戦いを知っている者特有の癖は隠しようも無い。

     いや、隠すつもりなど無いのだ。

     用のある者に出会ったなら、そいつは堂々と闘いを申し込むだろうし、
     もし森で迷っただけの人ならば、相手にせずに通り過ぎればいい。

     足音の主は、間違いなく食堂で聞いた追い剥ぎだろうと見当をつけた。
  






     やがて、がさっ!!と少し先の茂みが揺れて、一人の男が姿を見せた。

     年の頃なら35・6といった所か。

     短く刈り込まれた髪は真っ黒で、口の周りには髭がぼさぼさ生えている。

     その目は濁ってはいないけれど澄んでいるわけでもない。

     背が高く、ガタイがいい。

     ガウリイより背が高いんじゃ・・・と思うほどの長身と、横向きに転がしておいたら
     マッチョ好きな女の子が失神しそうな位ムキムキッとした肉体(ズゲゲッ)。

     はっきり言って、リナの苦手なタイプだ。

     そいつはこちらを見るなり懐かしそうにつぶやいた。







     「あんた、黄金の撃墜王じゃねーか」
     こんな場所にこんな時間に一体何やってるんだ!!と。

     「きんのげきついおうって・・・もしかしなくてもあんたのこと?」
     リナは首をかしげて相棒を見た。

     ・・・そう言えば、あたしに出会う前のガウリイの事って全然知らないのよね。

     こいつ、こんな大そうな二つ名持ってたんだ・・・。

     当のガウリイはと言えば、しばらく考えていたようだが、相手が誰なのか
     中々思い出せない様子。

     しばらく考え込んだ後に、ようやく「おおっ!」ポンッ、と手を叩いて
     「お前は確か・・・マクロードじゃないか!?」と言った。

     「・・・やっと思い出したのか。 あんたも薄情もんだよなぁ!」
     最後に見かけたのは何年前だったかなぁ、と語り掛けながら、
     ゆっくりと、こちらに歩いてくる。

     「俺はよぅ、ずっとあんたに憧れてたんだぜ? 
     一度戦闘となれば、一人で一騎当千の働きをする撃墜王、その上
     顔までバッチリと来ちゃあ、言い寄る女も山のようだ」
     にこやかに喋り続ける声に、何かが混じる。

     「おまけに仲間内にゃあ隠してやがったが、あの伝説の光の剣の所有者様とは、
     ほとんど詐欺ってモンだよなあ!!」



     ガキンッ!!剣と剣のぶつかる音!



     「お前がこのあたりに出るって噂の追いはぎか!?」
     ギリギリッ!! 金属同士の擦れ合う不愉快な音が響き。

     押し切ろうとする相手の剣を、ブラスト・ソードの腹で受けながら、ガウリイが問う。

     「そうとも!! ここの所世の中平和になっちまって、傭兵の仕事ってのも減っててなぁ。
     あんたみたいに器量良しなら、幾らでも仕事に有りつけるんだろうが、
     俺みたいな強面には汚れ仕事しか回ってきやしねぇ!!」

     ババッ!!と一旦後ろに引いて、お互い間合いを取りつつ、睨み合いを続ける二人。

     「これもその汚れ仕事ってやつなのか!?」

     ハァッ!! と斬りかかりながらガウリイが叫ぶ!!

     「いや!! これは俺の趣味と実益を兼ねた生活手段さ!!」返す言葉は乱れない。

     ガウリイと互角に遣り合いながら、息を切らさず喋れる奴なんてめったに見かけない。

     ・・・こいつ、なかなかいい腕してるわ。

     激しい二人の戦闘に割り込めずに、只の見学者と化しているリナ。

     出番が無いので、仕方なく端っこの木の根元に腰掛けて
     事の成り行きを見守るしかないのだが・・・。



     ガキッ!キィンッ!!ずざざざざっ!!ぴしゅっ!!だだだだだっっっっっ!!



     いい加減、暇になってきたなぁ・・・。

     「あんたの剣! 光の剣じゃないのか!!」
     幾度目かの剣戟の合間にマクロードが叫んだ。

     「ああ、あれはもうオレの手を離れたよ!!」ガウリイが叫び返す。

     「ならその剣は何だ!!
     伝説の光の剣の次は又、伝説級の魔法剣でも手に入れたってのか!!
     畜生、何だってあんただけそんなに恵まれてるんだよっ!!」
     悔しそうに顔を歪めながら吐き捨てる。

     「これは・・・」一瞬戸惑いを見せるガウリイ。

     そこに。

     「なーに言ってんのよ!!」と、唐突に割り込む声。

     「さっきから黙って聴いてりゃ、随分言いたい放題言ってくれるわね!!
     ガウリイはねぇ、人の何倍もハードな人生送ってんのよ!
     あんた、魔王と差しで戦ったり、しょっちゅう魔族とやり合ったりしたい!?」
     見れば、腰に手を当てながら、リナがこちらを見ながら声を張り上げる。

     「魔族って言ってもレッサーデーモンなんて可愛いモノじゃないわよ?
     中級クラスのがポコポコ湧いて来るんだから!!
     そんな生活してて得物が普通の剣じゃ、命がいくつあっても足りないわよ!!」
     そのほとんどに自分が関わっている事実はこの際置いといて、更に続ける。

     「そんな人生が恵まれてるですって!? ふざけるんじゃないわよ!!
     あんたの顔が悪いのも、良い仕事にありつけないのも。
     全然ガウリイとは関係ないじゃない!!」

     きっぱりと言い切るリナを、驚きの表情を浮かべたまま見つめるマクロード。



     「それが本当なのなら・・・イヤ・・・それでも・・・」今度は彼が戸惑う番だった。

     「なあ、もう止めないか。こんな事をしてても何もならんだろ」
     そう言いつつ、ガウリイはゆっくりと剣先を下げる。

     「ああ、とりあえずあのお嬢ちゃんに免じて、今夜は休戦としようぜ」
     男二人が合意した所で、リナがトコトコと近づいて来る。

     「やーっと終わったわね。
     あなた、ずいぶん腕が立つのにどうしてどこかの騎士団とかに潜り込まなかったの?」
     ガウリイとこれだけ遣り合って無傷だなんて、と感心するリナに、
     「騎士団なんて御大層なとこに入るにゃ、傭兵時代の匂いが染み付き過ぎちまっててな」
     と苦笑いが返ってきた。






     「まぁ、入ってくれ」

     出会った場所から歩くこと暫し。

     そこにはきこりが使うような古い小屋があった。

     マクロードは頭を掻きつつ「ここが今の俺の寝床さ」と、中に入る。

     リナとガウリイも続いて中に入ると、そこには粗末なベッドが一つに囲炉裏があるのみ。

     「ああ、そこの床は踏むなよ。 抜けかかってて危ないからな」
     マクロードはどっかりと囲炉裏端に腰を下ろして、火を起こし湯を沸かす。

     「なあ、何でこんな事をしている?」話を切り出したガウリイに、
     「まあ、茶位なら出せるから、一息入れてからでも遅くはないだろう?」と、
     無骨そうな手で香茶の入ったカップを渡してくれる。

     ・・・匂いはなんともないけど、すぐ飲む気にはならないわね。

     リナは手の中のカップを弄びながら、じっと相手を観察する。

     「おいおい、お嬢ちゃんもも疑り深いなぁ。 何も入っちゃいないって、ほれ」
     マクロードは笑いながら、リナの目の前で、カップの中身を一気に飲み干して見せた。





  
     「なぁ、いつごろからここに住んでる?」

     リナと同じく、カップには口をつけないままで、ガウリイが口を開いた。

     「その前にそのお嬢ちゃんの紹介位してくれてもいいんじゃないか!?」
     ええ? お前のコレか?と小指を立てて、何を想像したのかニヤニヤ笑いながら
     「しかし、お前はそんな女が好みだったとはなぁ」一人で決めて掛かってウーンと首を捻る。

     「違うっての!!あたしとガウリイはそんなのじゃないわよ。
     あたし達は、只の旅のパートナーってだけよ!!」

     やや真っ赤になりながら噛みつくリナに、「ほう、あたし達、と来たか」と、
     更にからかおうとするマクロード。

     「止めとけよ、そいつを怒らせたら只じゃあ済まないぞ?」
     リナは見かけとはだいぶ違うんだぞ、と、のんびりのたまうガウリイ。

     うーん、多分噂くらいは聞いたことあると思うんだけど、と前置きして。

     「あたしはリナ、リナ=インバース。 ま、よろしく」と言った途端に、
     「なにーっ、あんたがあの盗賊殺し、ドラまたのリナ!!
     噂に聞く限りじゃ、へたな魔族よりもタチがわ・・・」
     驚きで取り乱す男の頭に、リナの怒りのスリッパが炸裂した。

     ばしぃぃぃっ!! どべしゃーん!!

     彼女の雷光の突っ込みに思いっきり床にめり込むマクロード。

     「んっんっんっ、このあたしの目の前でそういう口を利いて、無事だった奴は独りしかいないわよ。」
     愛用のスリッパを懐にしまいながらジト目でマクロードを睨んで言い捨てた。

     「お前、何だってこんなド・・・、い、イヤ、こんなすごい女と旅をしてるんだ?
     しかも魔族としょっちゅう戦わにゃならん生活ってのも本当の話なのか!?」
     かなり驚いた顔でガウリイに問うマクロード。

     それに対してガウリイはいつものようにのほほーんとした顔でこくんとうなずく。
     「まぁ、こいつと旅をするうちにいろいろあってな・・・」それよりもおまえの話だ、と促した。