真夜中の宿から馴染みの気配が一つ出て行くのを感じ、オレも剣を手に窓から地面に飛び降りた。

もちろん全身を猫のように柔かくして音を消す事、気配を殺す事も忘れずに。

さて、あいつの事だから今捕まえても絶対素直には帰ってこんだろうなぁ。

ここ最近ストレス溜めまくってたし。

今回は隠れ保護者同伴という事で、まぁ目を瞑ってやらんこともないなぁ。

そうこうしている内に飛翔呪文を使ったのか、急速に彼女の気配が遠のいていく。

これはマズイとオレも慌てて彼女が飛ぶ方角に向かって足を走らせた。







ちゅっど〜ん!!

ドタドタドタ。

「ぎゃあ〜っ!! で、でた〜っ!!」

「破壊の申し子っ!!」

「噂どおり、チビの胸なしっ!!」

「栗毛のチビで胸無しと言えば・・・ロバーズキラー、リナ=インバース!!」

「「「ドラまただ〜っ!!」」」







声だけでもわかるむさくるしい野郎の集団が、蜘蛛の子を散らすかのように四方八方に
逃げ惑う姿は、原因を知っていても滑稽でしょうがない。

それも、奴らを恐怖のどん底に落としいれ涙目で必死の遁走をさせているのが
10代の女の子一人だというのがまた。

まぁ、あいつはただの女の子じゃないけどな。

「さぁ、あんた達!! 大人しく出すもの出したら許してあげなくもないわよ♪」

心底楽しそうな声が、暗い森の中に響き渡る。

腰に手をやり楽しげに微笑む少女の眼前にはガタガタとみっともなく身を震わせる野郎が3人。

あ〜あ、逃げ遅れたな。可哀想に。

『許してあげなくもない』と言う事は、許してやるかどうかは自分の腹一つ、というのと同義語だ。

奴らがそれを素直に受けて彼女の機嫌を損ねないように出来れば、まだ被害は少なくてすむだろうに。

・・・まぁ、既にアジトと思しき建物は壊滅状態でブスブスと煙を上げて周りの地面は穴だらけ、
周囲の木々まで氷漬けになってるわ、仲間があちらこちらで焦げた姿で呻いてるわじゃあ、
とてもじゃあないが逆らう気にもならんだろうが。

ジャリ、とリナが一歩を踏み出すと、体格のいい強面のおっさん達が一斉にびびって
身を寄せ合い、一層激しく震え出す。

「さてと。お宝の隠し場所はどこ? あの中にはなかったって事は他に隠し場所があるって事よね?」

にっこりと、可愛らしい微笑みを浮かべるリナに向かって。

「「「お、御見それいたしましたっ!! どうか、命だけはお助けを〜っ!!」」」

涙ながらに土下座して命乞いをする盗賊共。

おーお、今まで周りで伸びてた奴まで無理やりたたき起こされてら。

「んじゃ、もいっぺん聞くけど。お宝さんは何処かしら?」

「は、はいっ!! そこの馬小屋の地下に隠してありますっ!!」

あくまで楽しげな詰問に弾かれたように答えた男はこのグループの頭なのだろうか。

その後ろで「うっうっ、おかぁちゃ〜ん」だの「もうやだよ、こえ〜よ〜」等々鼻水をすする音と
恐怖のあまり錯乱した涙声がそこらで聞こえ始め。

「んじゃ、チャッチャと白状してくれたお礼に命だけは助けてあげましょう♪」

リナはそう宣言すると早口で呪文を唱え始め・・・。

「フリーズ・ブリット!!」

氷を生み出し、あたり一面を氷漬けにした。怯える盗賊どもも一緒に。

「寒いかも知んないけど、役人が来るまで我慢なさいね♪ 寒い位じゃ死にやしないし、ね」

ウ〜ン、リナちゃん優しい♪
とか何とか言ってるけど、アレは真夏でも結構辛いと思うぞ・・・。







まぁ、あいつらが付近の住人達に何をやって来たかを考えれば
確かに優しい処置なのかもしれんが。








「さてと。 後は生意気にもあたしから盗もうとした男だけなんだけど・・・」

馬小屋の中から出てきたリナは一人呟くと、懐の中から小さなオーブを取り出した。

小さな声で紡がれる呪文の作用なのかオーブが淡く光り出し、ある方角を挿して光の矢を放った。

「あっちに逃げた・・・か」

ペロリと下唇を舐めて、獲物を追う狩人の顔で彼女はゆっくりと走り出す。

その後ろでオレは、ガサガサと茂みを掻き分け去っていくリナの背に向かって、
氷漬けにされていたはずの野郎の一人がナイフを投げようとしている事に気がついた。

「こら」

気配を殺したままそいつの背後に回りこみ、今まさに投げようとしていたナイフをそいつの手ごと
握ってやる。で、そのまま力を込めるとだなぁ。



「ぎゃあっ!!」



めきょし、と耳に不快な音が響き。

不届き者は不自由な身を丸めて呻き声を上げるのみ。

「お前らなぁ、リナに目をつけられて命があっただけめっけもんだと思っとけよ? 
今までの行いを振り返ってみれば、お前らが置かれた状況って奴は
お前らの被害者に比べればマシってもんだろう?」



近隣の村や街で聞いたこいつらの手による被害状況はけして軽いものではなかった。



念の為に手持ちのロープで氷から突き出している手や足をぐるぐる巻きにして近くの木に括りつけ。

「さてと。 さっき逃げて行った男の隠れそうな所を知っていたら教えてくれないか?」

リナがやったみたいに、俺もにっこりと笑いながら聞いてやると、あっさりとここから少し離れた場所の
崖の切れ目がそうだと教えられた。

「さてと、お前ら役人が来るまで大人しくしていないと・・・どうなるか判るな?」

脅しの止めとばかりに殺気を込めて睨みつけてやると、一同借りてきた猫のようにコクコクと
首を縦に振った。振れない奴も、身体を捩じらせて意思表示しているからまぁいいだろう。



オレはリナの進んだ方角に向けて、全速力で走り出す。






「見つけたわよ、覚悟なさいね♪」

森を突っ切ってやや走った場所には素手では登れそうにもない絶壁。

その固そうな岩肌の裂け目に彼女の獲物が潜んでいる。

彼女よりも離れた場所にいるオレにも感知できるほど動揺した気配。

恐怖と嘆き、興奮と怯えがミックスされたやつだ。

そいつは、リナの宣戦布告を聞いた途端、憐れな程飛び上がったに違いない。

完全に硬直したのが手に取るようにわかったからだ。







その後、必死で死地から逃れようとする男にリナは
「ファイアーボール!!」「ディル・ブランド!!」「モノヴォルト」
「アイシクル・ランス」「フレア・アロー」「ついでにデイミルアーウィンっ!!」

「お〜お。今日はヤケに張り切ってるなぁ」

まぁまぁ、コレでもかという位の呪文のオンパレード。

しかも、一撃で止めを刺さないように着弾点をワザとずらしているのが
リナの怒りの度合いを示していて。

「・・・あいつも、星が悪かったかな〜」

最後の止めとばかりにリナお得意の飛び蹴りを食らって男は撃沈。
リナの足は小さいから力が集中して余計に痛いんだよな。

そうは言っても男に同情する気はサラサラないが、そろそろケリを付けないと
朝食の時間に遅れちまう。それだけは避けたかったので。

「おーい、そろそろ帰らないか〜?」

そろそろ自分がいる事をリナにアピールして帰り支度を促してみるが、
「ん〜こいつらのアジト漁ってから帰る〜。
だって、ここまで手間掛けさせられたんだからそれなりの
実入りがなきゃ納得行かないし」という返事。

まぁ、そういう答えも予想のうちだったが。お前さん、オレがいる事も知ってたな?

声かけても全然びっくりした素振り見せなかったし、
あわよくば荷物持ちにしようと思ったんだろ?

リナは伸びている男の懐からなにやら取り出して、中身を改めていたが
「よっし♪こっちの中身は減ってないっと♪」
嬉しげに呟くと袋の口を閉めてそいつを投げてきたから
片手で受け止めると、見掛けよりも重い感触が。

こりゃ、でっかいトカゲの人にもらったオリ・・・なんとかだな。

邪魔にならないようにそれを懐にしまい、手っ取り早く帰りを促す
言葉を掛けてみるが。

「んじゃ、美味しいモーニングの為にも手早くパパッと仕分けしなきゃ〜ね♪
ガウリイ、あんたも手伝ってよね。
労働の後の食事は一段と美味しく感じるわよ?」

・・・リナの方が一枚上手だった。
まぁ、今回は好きにさせてやろうと思いながら近づいて来る彼女に手を差し伸べて。

「じゃあ、さっきの場所まで空飛んでいくから手伝いよろしく♪」

二人手を繋いで宙に舞いながら、たわいもない会話を楽しむ。

どうせさっきの下見で目ぼしい物の見当がついてるんだろうが、
頼むからあんまり欲張らないでくれよ? と胸のうちで願いながらも
上機嫌なリナと食べる、一仕事の後の食事はきっとうまいんだろうなぁと
こっそりと思ったのだった。