人でなしの恋と呼ばれても




今日は朝から妙にガウリイが無口だ。

野営の後始末をつけて、さあ出発だと街道に足を向けたあたしを押し止めて、
ちょっと脇道に逸れないかと、誘われて承諾して、
今歩いているのは人気のない森の中。

風に揺れて擦れあう葉音と鳥の囀りが時折聞こえる程度で、
あとは二人の足音しかしない。

ずっと、手を繋いだままだった。

朝起きて、向かい合って座って食料を分け合い
食事を終えてからというもの、片時も離れることなく。

こうしているだけで幸福満ちるはずの心は、どうしてか今日に限って
奇妙にざわめき治まらない。



黙ったままのガウリイの背中を見つめて歩く。

ゆれる長い髪の向こうであんたは何を思って、どんな顔をしているのだろう。

足場の悪い地面を踏みしめて延々歩き続けていると、
どこからか水の流れる音が聞こえた。

「ちょっと休憩しましょ」

「……おう」

生い茂る枝葉に遮られて太陽の位置すら読み取れない、森の奥。

人里は遠く、大型の獣の生息域でもなさそうだしと、手持ち無沙汰を
紛らわせるように辺りを観察してみている。

昨日立ち寄った街で入手した資料を取り出して、ざっと目を通していると。

「こら、ライティング使わんと目ぇ悪くなるぞ」

軽い口調でだけど、たしなめられてしまった。

最近のガウリイは口うるさい。

けれど今はその過干渉を嬉しくも思う。

手を繋げない時は、彼の関心を得ることで安心できるからだ。

・・・まったく、あたしってどんだけ弱ってるんだか。

急ぎの用でもないので資料を戻す。

荷袋の中には各地で集めた資料がぎっしり詰まっていて、
そろそろ容量いっぱいになりそうで。

これは一度セイルーンに戻ってアメリアに保管を頼まなくちゃだめかな。
なんてぼんやりしているうちに、いつしか深く考え込んでしまっていた。

「・・・誰の事を考えてるんだ?」

はっとして上を向くと、ガウリイがあたしを見下ろすようにして立っていた。

心配げに眉を寄せた顔。

まただ、と内心驚きながら、資料を預けないとと口にする。

無意識にアメリアの名前を出さなかったのは、彼の目にほんのちょっぴりだけど
不愉快そうな色が浮かんでるような気がしたからだ。



「なら、次はセイルーンだな」

どっか、と重いものが背中側に落ち、逞しい両腕がぬうっと両脇から伸びてきた。

そのまま抱きしめられて、呼吸が止まる。

こんなこと今までだって何度もあった。

人前で、街中で、酒場で、一度なんかこともあろうにフィルさんの前でさえ。



なのに、今。

一瞬で、あたし達の周囲の空気が、変わった。



背中に密着したガウリイの身体が熱くて、早鐘のようなつ鼓動があたしを叩く。

あたしはただジッと身を硬くして、次にガウリイがどう動くのか待ちわびる。

待って、待って、お互い無言のままどの位待っただろう。

実際には短かったろう、体感としては気の遠くなるほど長かった時間の果てに。



項の上に濡れた感触と、柔らかな圧迫感。

ガウリイの唇が、あたしの肌の上にいる。



ひくんっ!

たったそれだけの行為で、あたしの全身に電流が走る。

待ち焦がれ、求め続けた、この感覚は。

今までと同じようでいて、絶対に違う、一線を越えようとするガウリイからの初手。

辛うじて声を出すことはなかったけれど、次がきたらもう、堪え切れない。


だけど、堪える必要も、ない。

胸の前で交差する逞しい腕に両手を重ねて、あたしは
全身の力を抜いて、愛しい人に総てを委ねることにした。