真夜中過ぎの森の中、饐えた臭いと充満する殺気。

「一番、リナ=インバースっ!! 火炎球、唱えますっ!!」

「ぎゃあああ!!」
「のひぃぃぃぃ!!」
「なんでこうなるんだ〜!?」

……どうしてこうなった。
なんて溜息を吐いてもしょうがない。
そもそも装備をつけるよう促された時点で淡い期待なんぞ木っ端微塵だ。

「うおおおおっっっ!!」

斬りかかって来る残党どもを殺さない程度に蹴飛ばし倒して転がして。
持たされた縄で一網打尽にしちまえば、上機嫌な笑顔満開のリナが
「じゃ、そっちよろしく!あたしはちょーっとお宝さん漁ってくるから!」
ひらひらっと手を振って穴倉の中に姿を消した。

あー、まー、ひっさしぶりだもんなぁ、盗賊いぢめ。

やることも無くなっちまって、リナの気が済むのを待ちながら
ぼんやりと曇天の空を眺めて過ごす。

元気なのは嬉しいが、このまま全部うやむやになるのだけは勘弁してくれ。






「あ〜、すっきり、した!!」

「おまえなぁ・・・」

やりたい放題し尽くして、先に立って歩くリナを追いかける。
当然お宝の詰まった袋は全部オレが背負って。

すっかりと夜は明けて、疲れた身体を爽やかな朝の光が照らし出してかなり眩しい。
くそ、太陽が黄色く見える。

「だって、良い情報聞いちゃったんだもん♪」

心身ともに疲労困憊状態のオレとは対照的に
疲れていようと高揚する気持ちがリナの瞳をキラキラ眩しく輝かせていて、
うっかり見惚れちまってからは小言を言う気力も削がれちまった。

元気なのはいいことだし、ストレスがないのもいい事だ。

だから昨日、宿についてからずっとうきうき落ち着きがなかったのかと
十二分に納得しながらも内心で「オレの純情返せ」と項垂れる。

あの展開ならそのままうにゃうにゃしたって自然だろうが。
ああ、リナに普通とか自然とか求める方が間違ってたってことか。

黙って歩くオレの様子をおかしく思ったのか、一応気を使ってくれたのか
「いーじゃない、これでしばらくは懐もあったかいし」
今日はご飯奮発するから!と背中をバンバン叩かれ励まされちまった。

なぁ、リナ。しょっちゅうオレの事天然扱いするけどな、今のお前さんこそ
極悪で天然だって分かってくれよ……。






結局宿に戻れたのは昼前で、チェックアウト時刻寸前の帰還に宿の主人は渋い顔。
もう二日程連泊するからと前金で払うと、渋面からホクホク顔だ。
まったく、根っからの商売人だよなぁ。

ついでにチップを握らせて、昼食と湯浴みの支度を頼み込む。

オレはどうでもリナは身奇麗にしたいだろうという純然たる気遣いのつもりだったんだが
疲れている時に飯食って風呂に入ったら次に来るのは当然。

「ガウリイ、ちょっと仮眠したいから腕貸してくれる?」
戻ってきて開口一番告げられたお願い事に喉を鳴らした。

ゆっくりしてきたのかほんのり色付いた頬やら透き通るような項の白さやら
濡れ髪の艶めかしさに石鹸の匂い。
何もかもがオレの心をざわめかせる、否が応でも期待が膨らんじまって
柄にもなく心臓がばっくんばっくん暴れまくっている。

「お、おう!」

内心を悟られないように、気取られないようにと必死で隠して
オレも寝巻きに着替えてベッドに誘った。

意味はない、今リナが頼んできてるのは抱き枕の依頼であって
オレが欲しいとかそういうんじゃない!

鎮まれ、鎮まるんだ。ここで大人しく役目を果たせなきゃまた生殺しの日々が。
あれ、どっちに転んでも生殺しか!?




「ねぇ、やっぱり、抵抗ある?」

唐突にリナが零した言葉にハッとする。
よくよく見ればリナの表情が冴えない。
風呂に行くまでの上機嫌からあの不眠の日々の頃の顔に戻りかけている。

「なんでだよ、ほら、こっちこいよ」
ぽんぽんとベッドを叩いて座るように促すと、リナはホッとした顔で隣に座って。

座って、まっすぐにオレを見て。

「ガウリイ、あなたあたしに隠し事、してない?」
はっきりと、そう言った。









締め切った密室に男と女で二人きり。寝巻きで並んでベッドに腰掛けといて
何が悲しくていきなり尋問されなきゃならんのやら。

これがリナでなかったら愛想を尽かすか押し倒してるかの二択だぞと
バカな理屈を捏ねくり回して、焦る気持ちを他所に反らそうとして失敗する。

真剣な表情で迫ってくるリナに対して、不実なマネはもうできない。

「隠して、っていうのとは違うんだけどな」

どこからどう話せばいいのか見当もつかん。
けど、全部を包み隠さず話す必要もないだろう。

諦めて、肩から力を抜いてリナと向かい合わせに座りなおす。

今までの経緯やらオレの気持ちを話したところで、リナ自身にその気や自覚がなければ
冗談を言うのも大概にしろとやりこめられるのがオチだが
オレが欲しいか?とか、ストレートに聞けるわけもない。

何もかもリナの心一つの関係なんだと、この土壇場で思い知る。

大の大人が、しかも大の男がびびってるとか、他人事ならとっくの昔に笑ってる。

けど、当事者なんだ。万が一でもリナに拒絶されたら嫌なんだ。
オレ自身が自分の価値を信じられないからこそ臆病にもなる。




「言いにくいんだったらさ、あたしの話から聞いてくれる?」

これはあたしだけが悪いんじゃないんだからねと前置きをして、
覚悟を決めたと息を吐いて、ゆっくりと話し始めた。







「あのさ、ガウリイもあんたなりに色々不安だったり……する?
今朝、いつもの交替の時間に目が覚めてね。
交替前にガウリイが寝こけているなんて珍しいなって、ちょっと観察してたわけよ。
まぁ、動こうにもどこかのクラゲの所為でろくろく身動き一つ取れなかったわけだけど」

そこで一旦言葉を切ると、リナの手がオレの手の上に触れてきた。

「自惚れてるわけつもりじゃないんだけど。
たとえばここで、あたしを手放すのって、恐かったりする?
あたしは、いつの間にかガウリイといるのが当たり前になってたみたいで、さ。
ほら、旅を続けるのに理由は要らないって、前に言ってくれたでしょ。
あの言葉が嬉しくて、ちょっと前までそれでいいやーって思ってた。
だけど、それって別れる理由が出来ればもうそこで旅を続けられなくなるって、
そういうことだって気付いちゃったの。
あたし、自分で思ってたよりも情けない奴なのかもしれないわ。
あんたがいない旅がどんなものなのか想像できないのよ。
一人で食べる食事も、一人で受ける依頼も一人で歩く道のりも。
何をするにも、もうあたしはガウリイがいる前提でしか物事を考えられない。
だけど今のあたし達には旅する目的もなければ理由もないわ。
とうとう光の剣の代わりも見つけちゃったしね」

はふ、と、息をつく事で緊張を逃がしたのか、リナは微笑んで
あたし、どうして眠れなくなったのか判ったの、そう言った。



正直、ここまで好意的な言葉を貰っていながら答えを聞くのが恐かった。

リナをだまし続けていた事、リナの弱みに付け込むようなまねをした事。

試すような悪戯を仕掛けたことも、隙を狙って欲を押し付けたことも。

賢い彼女の事だ、一つ解決の糸口を掴めばあとはそれこそ
毛糸球を解くように今回の件の全容を看破するに違いない。



「恐がらないで、ちゃんと聞きなさいよ」
項垂れるオレの肩に凭れかかって、甘く囁くような声で話してくれる。

「ガウリイはね、あの朝あたしを抱きしめたままずっと魘されてた。
リナ、ごめん。オレが悪かったって。
あたし、どうしてガウリイが魘される程詫びてくるのかちっとも判らなかった。
でも、あたしがあんたの腕から抜け出そうとするたびに
すっごく悲しそうな顔してあたしを引き止めるんだもの。
行くなって、離れるなって、寝てる癖して何度も何度も繰り返して。
朝日が昇っていくのを眺めながら、ずっとあんたの腕の中で寝言を聞いているうちにね、
胸の奥にずっとつかえていた重石みたいなものが、ゆっくり溶けて消えていく気がしたの。
もし、あたしの仮説が間違っているのなら、今の話は全部忘れてくれて構わない。
あたしがずっと欲しかったのは。あたしの腕に抱かれて安心しきっていられたのは、
ガウリイ、あんただからでしょ」

細い両腕がオレの身体に回って、やんわりと抱きしめられる。

「無防備でいられるのも無条件で安心していられるのも、ガウリイだから。
そりゃあ人が悩んでるとこにつけ込んで試すようなことをされたのは腹が立つけど。
もし、もしもガウリイも、あたしとこうしていたいのかって思ったらね。
すごく、嬉しかったの。
もし、あたしが思っているほどでなくても、少しでもガウリイの中にある
気持ちがあたしの想いと合致しているのなら。あんたの手を、取っても」

「オレもだ。オレもリナが欲しくて、こうしたかった!」

最後まで言わせず、思いっきり抱きしめ返した身体からゆっくり力が抜けていく。
リナも緊張していたんだな、とか、当たり前の事にすら気付かないオレは
本物のバカ野郎で、根性なしだよ。

「ごめんな、全部リナに言わせちまった」

腕の中の小さな頭に唇を押し付けて、そのままの姿勢で囁きを落とす。
賢いリナの頭にオレの声が染み渡るようにと願いを篭めて。

そのまましばらく抱き合っていたんだが、リナに胸を小突かれて
しぶしぶ身体を離すと、寝るから、と宣言されて。

大胆な誘い方だと興奮したままリナの服に手をかけて……どつかれた。

「寝るって言ったの、聞こえなかった?」

「だから、寝るんだろ?」

雰囲気が足りなかったかとキスを仕掛けて、もう一度ぶったたかれた。




「だ、か、ら! 寝るの!そういうのじゃなくてスリープ、睡眠、就寝!!」
ぼかすかと真っ赤な顔で拳をぶつけてくるとこも可愛くて愛しくてたまらない。

「なぁ、好き同士で同衾するなら違う方の『寝る』じゃないのか?」
すりすりと火照って熱くなってる頬に頬を押し当てて、角度を変えて
耳の縁を甘噛みしたら、ひゃうっ!?と色っぽい悲鳴が上がる。

「寝ないとあたし死んじゃうから! 今度こそしっかり寝るんだから!!
あんたと一緒にゆっくり眠って、あたしからあの夢を追い出すの!」

協力する?それともしないと聞かれてオレは、当然すると頷いた。
そんなことならお安い御用、だけどな、一つ問題がなぁ。

「理性がもつか分からんぞ?」

「ガウリイだから信じてる」

打てば応じるリナの言葉とまっすぐな眼差しに、了解したと諸手を揚げて
シーツの上に横たわり、ほらここだよと示してやれば
赤い顔のまま大人しく横になってくれる愛しい彼女。

被せた毛布に潜り込んだのを腰を引き寄せて、置いた頭を収まり良い位置に誘導する。

腕にかかる重さと温もり、密着する柔らかな身体に沸き立つ欲が牙を研ぐ。

ちょっとだけ仕掛けてみようかと思いついて、
リナの体に添えた手をじりじりときわどい場所にずらしてみると
途惑ったように身を捩って逃げようとする。

「逃げんなって」
寝るんだろ?

「寝るんだから」
大人しくしてて。

持て余した愛情分を取り立てたくてうずうずするオレの手に、
リナの手が重なって、指と指を絡ませあう。

……ね、これ、恋人繋ぎっていうの。
今はね、これで……。



すうっ、と、重みを増した身体。
オレを置いてけぼりにして眠っちまったらしい。

幸せそうな、安らぎに満ちた寝顔を見つけて尖った牙を引っ込める。

眠りたいだけ眠ればいい。

今だけリナ専用の寝具になって悪い夢からお前さんを守ってやる。

夢と現実を一緒くたにしちまえるように、オレも、そろそろ。

欠伸を一つ、それから腕の中のリナを抱えなおして目を閉じる。

お休み、リナ。

今度こそ良い夢を。