「……うりぃ、がうりいってば!!」

肩を揺さぶられて、眠りの底から浮上する。
くぐもった声でオレを呼んでいるのは……一人しかいないな。

「あのねぇ、これじゃあ立場が逆でしょうが! さっさとその腕どけてったら!
重いし暑苦しいし、おまけに人が寝返りを打とうとするたんびに手加減なしで抱きしめにきて!
とてもじゃないけど熟睡なんてできなかったわよ!」

怒りながらさっさと腕を除けろとぐいぐい胸の辺りを押してくる。

「・・・え、うわ。わりぃ!」
慌てて腕の中からリナを逃がしてやると、ごろんと寝返りを打って
人一人分の距離が開く。

「ったく、ガウリイったらいくら何でも寝すぎよ、寝すぎ!
もうお昼過ぎちゃってるじゃない!!」
びっ!と天を指差した彼女の言う通り、既に太陽は天高い位置にあった。

「とにかくご飯にしましょ、寝すぎた所為でもうお腹ぺこぺこよ!」
や〜っと自由の身だわ〜!! 背筋を反らし大きな伸びをして、
ん、しょ!の掛け声も威勢良く起き上がると
リナはちらりともこちらを振り向かずに、さっさと泉の方に歩いていく。

オレはというと、不機嫌です!と書いてある気がする背中を眺めながら
やっぱり抱きしめていたいなーとか考えていた。

寝乱れた髪を手櫛で整えている様はなんとも色っぽいし
チラチラ射す木漏れ日に照らされた項の白さと細さについ、ごくりと喉が鳴る。

改めてすっかり女らしくなったなぁなんて、しみじみと感じ入ってしまう。

それにしても幾ら寝不足だったからとはいえ、ここまで見事に
寝坊するとは我ながら情けない。

どの位ああやっていたのかはわからないが、リナが起きてからはずっと
オレを起こさないように見張りをしていてくれたってことだしな。
これじゃあどっちがどっちの心配をしてるのやらわからん。





帰ってくるなりすっきりした顔で、てきぱきと食事の仕度を整えていくリナは
昨夜の様子が夢だったかのように元気そうに見えたが、
夢でなかった証拠に彼女の瞼はほんのり腫れたままだった。

不眠による隈と引き換えだとしても、まだまだ良い状態とは言いがたい。

リナの不安を解消するといっても、口でどこにも行かないと言ったところで
どこまで信じてもらえるやら。
リナ自身が自分の抱える不安の形を分かっていない可能性が高い以上、
いきなり核心を突いたところで何を寝言言っているんだ
とか何とか奇妙な物を見るような顔をされること請け合いだ。

かといってこの状況に陥るきっかけになったとこからありのままを話すわけにもいかんしなぁ。
まず野営のくだりで制裁が来るのは確実だな。

それから、キスしちまったこととか。

うーん、言っちまった方がいっそスッキリするのかもしれんが、
説明下手な自覚があるだけに、妙なことを口走ってこれ以上ややこしいことにはしたくない。

炙り肉を齧りながらさてどうするかと考え込んでいたら、食事の手を止めたリナが
オレの目を真正面から見つめて、言った。

今日、街に下りるわよ、と。

「お、おう!」

ついつい声が弾むのを押さえられない。
堪えようとしても奥歯を噛み締めても、勝手に口角が持ち上がっちまう。

二人の関係についてひとまず脇に置いてでも、リナが普通に眠れるようになったのなら一安心だ。

さっさと荷物を纏めながら、横目でチラリとリナの様子を伺ってみると、
火の始末をしているリナの頬がほんのり桜色に染まっていた。

「ん?なんか火照ってないか?」

まさか風邪引いたとか?

大丈夫か?と聞くと、少しの間答えあぐねる様子を見せた後、
「……あの、さ。街に下りても好きにさせてくれる?」
そっぽを向いたままで尋ねてきた。

「ああ、かまわんさ」

さらっと答えたつもりだが、オレの心臓は勝手な期待を反映して
さっさか鼓動を強めだす始末。

なぁ、もしかしたら眠れない理由に気付いたか?







夕方、リナは麓の街につくなり最初に目に付いた宿に飛び込んで二人部屋を確保した。

宿帳にあれこれ記入している間中、頬が赤らんでいたのは可愛かったが
さて、どこまで腹を括ったのやら。



せっかくの美味そうな夕食にも全然意識が向かず、
とりあえず腹を満たす為に手早く口に放り込むようにして平らげた。

珍しい事にリナもいまいち食が進んでいないようで
フォークもナイフもそれぞれの皿の上で役割を果たしている。

結局、普段よりかなり量の少ない食事を終えて、部屋に戻ることになった。

何気なく見回した宿の廊下は人気もなく、シンと静まり返っている。
眠るにはまだ早い時間帯だが……それにしても静か過ぎる。

人の気配も階下に幾人か分を感じる程度で、このフロアにいるのはオレ達だけのようだ。
そういえば宿泊の手続きをしていた時、壁にかかったままの鍵が多かったような。

これは、もしかして千載一遇の好機なのか。
天はオレに味方してくれるのか。



いつもと同じように並んで歩いているだけなのに会話はなく、
どこかぎこちなく振舞うリナと、同じくぎこちなさを隠せずにいるオレと。

先に仕掛けるのがいいか、それとも。

さてどうしたもんかと逡巡しているうちに、宛がわれた部屋が見えてくる。
打つ手を間違えれば、今夜は望み薄かもしれない。
だからといって強引に迫るわけにもなぁ。






通された部屋は思ったよりも広く、ベッドの脇には寝るのにちょうど良さそうな
ソファがあって、宿の主人とあれこれ話していたのはこういうことを確かめていたのかと納得する。

同じ部屋で寝た経験なんて数え切れないほどだし、
一枚の毛布を分け合ったことだって何度もある。

さて、リナは今夜はベッドを独り占めして眠るつもりなのか、そうではないのか。
密かな期待を胸に秘め、普段通りを装いながらじりじりとその時が来るのを待った。




「あの、さ。今晩、付き合って欲しいの」

ついにきた! 恥ずかしそうにしているリナの言葉に心臓が跳ね上がる。
年上の余裕?んなもん知らん。

おずおずと伸びてきた手に手をとられ、導かれた先は。