「おい、ほんとにどうしちまったんだよ・・・」

恐る恐る声を掛けても、リナが目覚める様子はなかった。

規則正しい寝息はやがて深く、胸の動きが目に見えるほど
大きくなってもリナはぐっすりと眠ったままだ。

すぅ、はぁ、と、腕の中で響く苦しげな呼吸音と
ひっきりなしに目尻から転がり落ち続ける涙の粒が
彼女の異常を知らせている。

ぽろぽろと零れる雫を指先で掬い取った。

「・・・こんなに泣いちまったら、明日は瞼が腫れちまうぞ?」

聞こえていないと知っているからこそ、独り勝手に呟くことで
動揺する心を落ち着かせようとしている自分に気付く。

「・・・ぅ、りぃ・・・・・・か、な・・・で・・・」

うわ言のように繰り返されるのはずっと同じものだ。

リナはオレが離れていくのを恐れているのか。
そんな話は一度だって出ちゃいない。
旅をするのに理由はいらない、そう二人で決めたばかりだ。

「や・・・め、て・・・やめ・・・て・・・」

シャツを掴んだリナの手はか細く震え、指先は白く色を失うほど力が篭り、
途切れ途切れの拒絶の言葉と共に、新たな涙が転がり落ちる。

・・・思い当たることはあった。

仕事を引き受ける形で知り合った娘と、その娘の為と同行を申し出た男。
そして彼女が自らの命を賭しても救いたいと願った、彼女の姉と。
彼らの死を目の当たりにして、リナは随分と落ち込んでいた。

そして、数ヶ月前。

リナの目の前でオレは敵に殺されかけたらしい。

それを知ったのは全てが終わった後のことで、それもリナの口からではなく
その場に居合わせた仲間からだった。



彼女一人に圧し掛かったモノを思えば、結局ただの足手まといでしなかった
オレから、彼女にかける言葉など見つかる筈もなく。
独りよがりな焦燥感を胸の内に押し止めたまま、ここまできた。



「・・・・・・ガウリイ様を失ったリナさんは、傍にいた私達まで
辛くなるほど追い詰められていらっしゃいました。
確かに私にとってリナさんは恋敵ではありましたけれど、
同時にかけがえのない大切な仲間でもあるんです。
ガウリイ様。もう・・・二度と、あんな顔をリナさんにさせないでくださいませ」

優しい仲間からの忠告が頭の中に甦る。

「・・・がう・・・り・・・」

迷子の子供のような頼りない声がオレを呼ぶ。
愛しい女が、オレを探して呼んでいる。

「ひとりに・・・な・・・で・・・」

リナをこんなにしてしまった原因を、心から理解した瞬間。
何のためらいもなくオレは行動を起こしていた。

シャツを握り締めるほっそりとした手。その上から無骨な自分の手を重ねた。
今にも震え出しそうな身体を抱き寄せ、耳元に唇を寄せて
「オレはここにいる。ずっと、リナと一緒だ」と、本心を曝け出して囁く。

お前さんが信じてくれるまで何度でも誓う、だからもう
こんな風に一人で全部抱え込んで泣くのは止めてくれ。

手だけじゃとても足りなくて、足の間にリナの足を挟みこむ。
濡れた頬を胸の中心に押し付けて両腕で抱き込んでも全然足りなかった。
握ったままの手の中でリナの手が、全部の指と指を絡めようと動く。
すかさず自分から手と手を、指と指を絡め合わせた。

そうするうち、いつしかリナの涙は止んでいた。
健やかに眠ったまま、嬉しそうに口元を綻ばせている。

「おまえさんしか、いらないんだ」

繋いだ手を口元に持ってきて、すべらかな手の甲に唇を押し付けた。
今、リナが目覚めたら。
いや、いっそこの瞬間に目覚めてくれればいいのに。
この際どつかれても吹っ飛ばされても構わない。
抱きしめて、愛していると伝えたい。
こうやってずっとリナと生きていきたいのだと。

けれどオレはあえてリナを起こそうとは思わなかった。
その身を苛なんでいた悪夢からようやく逃れた彼女に
一秒でも長く、安らいだ時間を過ごさせてやりたかったからだ。

「・・・・・・りぃ」

体温を分け合い互いに抱き合うことで、リナの状態はゆっくりと安定していった。
いずれくるかもしれない喪失を恐れ、ずっと眠れずにいたのだろう
愛しい人を、心ゆくまでゆっくり眠らせてやりたい。

ゆっくりと燃え尽きていく焚き火を横目に、眠れる彼女の耳元で
素直な心情を囁いては華奢な身体が辛くないように計らって。

夜明けが近づく頃、ようやっとオレも瞼を降ろした。