結局、オレは黙って横になり、炎が弱まるたびに薪を放り込む位で
あとはひたすらぼーっとしていた。

さすがにそうそう気安く眠れるもんじゃないし
ま本来野宿時に揃って寝るようなまねはよっぽどの事情がない限り
するべきではないし、これが本来のオレ達のありかただよな。

それにしても・・・さすがに落ち着きがなさ過ぎないか?

赤々と燃え盛る炎の向こうでは、寝付けないリナがあれやこれやと
何度も寝る場所を変え、姿勢を変え、やっぱり違うと起き上がる。

荷物袋を抱えてみたり、木の幹に凭れて膝を抱えてみたりと
忙しないことこの上ない。

宿では眠れないからと、昼夜の寒暖の差が大きいこの時期に
あえて野宿を選んだのはリナ自身だし、眠りを誘うハーブも
手製の抱き枕も一向に効果なしって判ってるくせに、
昨夜実際に効果のあったオレの腕を借りることはおろか、
傍に近寄ろうともしない。

昨日みたいに熟睡したいなら、素直にこっちにくればいいものを、
ほら、そうやって難しい顔しちまって、どうにかしてオレに頼らず
一人で寝られないかって考えてるんだろ。

そんなもん頭で考えるだけ無駄なんじゃないか?
昔から言うだろ?考えるんじゃない、感じるんだって。

だいたい最初からオレはなんでも協力するって言ってるんだし、
リナさえその気になりさえすれば、総てはうまく行くってのに。



・・・ま、いくら相棒のだからって、年頃の女の子がおいそれと
恋人でもない野郎の腕を借りるってのも、それはそれで問題だが、
オレとリナはとっくの昔にそれ以上のことも済ませている気がするんだよな。

必要に駆られてとはいえ人前でのおんぶに街道でのお姫様抱っこ、
毎度の食事の奪い合いなんかじゃ間接キスとかも普通にある。

やっちまったあとで我に返って照れたり、誰かにからかわれて怒ったりはあった。

けど、こんな風にそうなる前から身構えられるってのは今までなかったことだ。

つまり、逆に考えれば、だ。

今、そうやってぎこちない態度を見せたり近寄るのを躊躇うってことは
オレの事を保護者とか相棒ではなく、異性として意識してるって事だろ?

なら、意識する相手に恋愛感情を持つことや触れたいと思うことも
ごく自然な事だと思ったりしないのか?






元々あんまり物事を考えるのは得意じゃないオレは
あれこれ想いを馳せているうちに、ついうたた寝をしていたようだ。

 
ゾッ!!

  刹那、嫌な感覚に襲われたオレは、とっさに身体を転がしてやり過ごし。

慌てて剣を抜き、膝立ちのまま顔をあげた視線の先には・・・
敵はおらず、膨れっ面をしたリナがいた。

  「今、オレに呪文使うつもりだったろ?」
あれだ、盗賊いぢめに出かける時に仕掛けてくる奴。

 「リナ、幾らなんでも今のは流石にシャレにならんぞ!
言っとくが、今度同じ手を使ったらオレは二度と腕を貸さんからな!」

不機嫌をあえて隠さずに吐いた言葉を受けて
リナはバツが悪そうに何かを呟くと、ぷいとあっちを向いてしまった。

さっきからあんまり焦らすのも可哀想かなーとか思い始めてたんだが
そっちがそういう態度なら、オレから助け舟を出すのは止めだ。



その後もしばらく一人でもぞもぞとしていたが、結局リナはあっさり白旗をあげた。

  「まったく、はじめっから素直になればいいのに」

改めて場所を作り、ポンポンと軽く叩いて「ここにこいよ」と誘う。

  ふっかふかの乾いた落ち葉を敷き詰めた上に毛布を敷いて、
更に被るようの毛布と安眠用抱き枕兼湯たんぽにもなるオレがいる。

ほら、最初からリナに勝ち目なんてなかったろ?

声には出さずににこりと笑って見せたら、
なぜかリナは胸の前で両手を組んで唸ってる。

  オレは自分の被っていた毛布をぴらりと捲りあげて、もう一度
早くおいでと促した。

「う・・・あ、あの。お邪魔します」

  おずおずと、遠慮しぃしぃ隣に滑りこんできたリナの顔は紅葉よりも真っ赤で。

  「こんなに色づいちまって、かっわいいよな〜♪」

「枕は黙っててよ!!」

ぽぎゅっ!と、きっつい一撃。
からかいの代償は鉄拳制裁ときた。

ちょっと茶化しただけなのに、何も拳骨で殴る事ないじゃないか。

じんじん痛む額を擦りながら、一瞬苛めてやろうかとも思ったが、
身を縮こまらせたままのリナの背中に、やりすぎたかと反省もして。

彼女が眠りにつきやすいように腕や身体の位置やらを調整する。

「すまん、できたらこっち向いてくれる方が楽なんだ」
こればっかりは協力してくれんと厳しいんだよな。

「ん、わかった。・・・悪いわね」

やっと羞恥心をふっ切ったのか、お互い向かい合う形で横になって
一枚の毛布を分け合って被り、今度こそ寝る態勢を整えた。

片腕をリナの頭の下にやって枕代わりに、
もう一方はリナの腰辺り。

さすがに足は絡めなかったが、そのままだと明らかに寒そうで
あとでどうにかしてやろうと心に決める。

万が一の敵襲に備えて剣は手の届く場所に置いているが、
正直、反応に一瞬の遅れが出るのは致し方ない。

まぁ、邪魔する奴がいたならいたで、精々有効活用させてもらうがな。





「どうだ? 眠れそうか?」

労わりの声をかけながらそろりと間合いを詰めて、更に身体を密着させる。
さすがに一人用の毛布を大人二人で分け合うのは無理があったか。

背中ががら空きになるのを承知で、リナを毛布ですっぽりと覆って、
腰に置いた手で、トン、トン、と規則的なリズムを意識して叩いてやると。

「・・・あったかい。 ガウリイ、おやすみなさい」

ようやっと睡魔が訪れたのか、リナはポゥッと頬を染めて幸せそうに目を閉じた。






今夜のリナは、昨夜とはどこかが違っていた。

初々しさと照れと遠慮と、それから掛け値のない安堵が絶妙にミックスされた、
こう・・・何とも言えない、手放しに安心しきった顔で。

・・・こんな顔されちまったら手なんか出せないよな。

惚れた女と同衾しといて手も出さないなんてと、
昔の知り合い達なら腹を抱えて笑うだろう。

しばらくすると本格的に眠りに落ちたらしいリナの身体から力が抜けて、
薄く開いた唇から、ふうっ、という吐息が零れ落ちた。

ころん。と、頭が動いて、腋のくぼみに小さな頭が嵌る。

むずかるようにオレの服を掴んで頬を摺り寄せてくるリナを眺めながら
すっかりオレは娘を見守るオヤジのような心境に陥っていた。



年頃になった大事な娘がこんなことになってるって知ったら、
きっとリナの親御さん、特に父親の方はめちゃくちゃ怒るだろうな。

早くに家を出たとはいえ、リナを見ていると大切に育てられたのだろうとわかる。
オレはそんなリナが好きで、ずっと大切にしたい。
だから、今はこれでいいんだ。

枕になっている方の手で柔らかな髪を何度も撫でているうちに
内なる欲望が静まっていく。






夜も更けて、すっかり深い眠りに落ちているはずなのに、
リナの手はオレのシャツをしっかりと握り締めたまま
まるで離れる気配がない。

何がリナの心を苛んでいるのか、大元の原因ははっきりしない。

けど、彼女を休ませるために何をすればいいのかは判っている。

自称保護者に戻る気などさらさらないが、もう少しの間だけ
気のいい相棒でいる方がいいのかもしれないな。

「やれやれ、もうしばらく忍耐の日々が続くのか」

はははっ、と、零した自嘲混じりの笑いに肩が震えて、その拍子に
リナの頭が動いて顔が良く見えるようになった。

「・・・リ、ナ?」

見たものに、思わず息を飲む。

焚き火の明かりに照らされた頬の丸みの上を幾つも転がり落ちる透明な雫。
穏やかな寝顔はそのままに。

リナは、静かに泣いていた。