季節は秋!ここは山!とくれば答えは一つ!!ニギタケさんっ!!!
   と訳のわからん理由でリナに連れられてこんな山奥まで来てしまい。
   やっぱりと言うか、お約束通りに道に迷った。

あっという間に日は暮れて、このまま今夜は野宿に決定。

場所が森の中の場合、特に獣や不意の奇襲に対応する為に
かならず交代で仮眠を取り、起きているほうが見張りをする。
大抵の場合、リナが先に寝て、オレが後。
いつの頃からか暗黙の了解になっているこの順番は、
男女差以上に基礎体力の差ゆえの決定だ。




   「・・・ぅんっ・・」

夜も更けた頃。
暇を持て余して、小枝を折りながらぼーっと焚き火を眺めていると
かすかなリナの寝言が聞こえた。
目を向けると、さっきまで大人しく眠っていた筈のリナが
横に寝返りを打つように身を捩り、何かを探すように腕を伸ばしていた。
  
なんとなく近寄ってリナの隣に腰を下ろし、ふらふら彷徨っている白い手を握ってみる。
すると、ぐるんと身体ごとオレの方に寝返りを打つと
無造作にギュッと、身体ごとオレの腕に抱きついてきた。
ほんとはリナは起きていて、オレをからかっているんじゃないかと
疑いたくなるような自然な動作と、大胆な行為。
驚きの声をあげそうになったが、なんとか奥歯でかみ殺した。
健やかな寝息を立てているリナを起こしたくなかったからだ。

「・・・っふ、ぃ・・・」
オレの腕を愛しげに抱きしめながら眠る彼女の表情を眺めるうちに
なんとなくその手を離せなくて、結局その日は
見張りの交代時間が来るまでずっとそのままでいた。

   それから已む無く野宿になるたびに、
   先に眠りにつくリナの横に寄り添って、
夢うつつのリナに求められるがままに腕を貸し。
   いつしかリナは、野宿の度にオレを抱き枕にして眠るようになっていた。

   オレはリナが目覚める少し前に身体を離し、何もなかったように振るまう。
   彼女はまったく気が付いていないし、当然覚えているはずもない。
   昼間のリナは、夜の甘えた様子など微塵も感じさせることもなく
まるでいつもどおり。
眠りについている時の彼女が何を求めているのか分からないまま、
野宿の度、求められる度に何も聞かずにリナの隣に添い続けた。

  






   「ガウリイ、じゃ、あとで食堂でね!」
   そう言って、今日の自分の部屋に消えて行く。

  何日か野宿が続いた後に見つけた宿を逃すリナではない。

  本当なら急げばギリギリ次の大きな町に辿り着けるかもしれなかったが
  「もう野宿は嫌!ふっかふかのベッドで寝るっ!!」と
  リナが吼えたのでまだ昼過ぎだというのに目先の宿を取ったのだ。

 





  ・・・隣の部屋で、リナがコロコロと寝返る音が聞こえる。
  夕食時まで昼寝するって言っていたのに、寝付けないのか?

  パタン、と扉が開く音を立て、リナが出て行く気配。
  やっぱり眠れなかったらしい。
散歩にでも行くのか?もしそうならオレも付いて行こう・・・
そう思い、身支度を整えて扉を開けたところに
  何か大きな物を抱えたリナが戻ってきた。


両腕で抱えたもったりとしたでっかい布の塊。
ふかふかとして、重ねて使えば確かに快適だろうが・・・

  「なあリナ?お前の部屋にも布団ってあったんじゃなかったか?」
  そう、リナはフロントに言って、もう一枚掛け布団を借りてきたらしい。

  「ん、あるんだけどね。ちょっともう一枚欲しかったから」
  そう言って、さっさと自分の部屋に引っ込んでしまう。

ドア越しにゴソゴソする音が聞こえてきたが、しばらくすると静かになった。
  どうやらやっと眠れたらしい・・・。



  
  夕食までだいぶ時間があったので小さなこの村の中を散策してみたが
  これと言った名物があるでもなし、ほとんど見るものもないまま
小一時間ほどで帰ってきてしまった。
  
部屋の中でベッドに寝転がってみても、一向に眠いとも思えない。
  何となく、手荷物を広げて不足がないかチェックしたり
  何やかやとする内に、そろそろ食堂が開く時間になっていた。

  「そういえば、リナが起こしてくれって言ってたなぁ」
  ・・・壁を叩いて起こしてやれ。

  何となく思いついて、そろそろとベッドに乗る。
  この壁がリナの部屋とこの部屋を隔てている壁。
  
  軽く拳を握り、さて、と腕を振り上げた時。
  壁を構成している板と板の隙間から、リナの栗色の髪が見えた。
「おいおい、隙間位塞いどけよな」
雑な作りに苦笑しながらも、握った拳もそのままに。
つい出来心で隣のリナの部屋を覗いてしまった。
 

  見えたのは、掛け布団に抱きついて眠るリナ。
頑是無い子供のように無邪気な姿。

  もう一枚の布団は哀れにも蹴り飛ばされたのか、リナの足元に蟠っていた。
  こちらから表情は見えないが、きっと、野宿の時の様に幸せそうなんだろう。
  
  しばらくそのまま覗いてしまったが、いい加減にしないとリナに怒られるしなぁ。

  ようやく『コンコン』と壁を叩いて「リナ、時間だぞ〜」と声を掛けた。

  返ってきたのは「ん〜っ、先降りといて〜っ」とまだ眠そうな声。

  「分かった、ある程度注文しとくから」
  そう言って、オレは先に食堂に向かった。





  「ねえ、ガウリイ」
  いつも通り大量の空き皿の山ができた後。
  何気ない調子でリナが聞いてきた。

  「あんた、さっきあたしの部屋覗いてなかったでしょうね!?」

いきなりの指摘に心臓が跳ねる。
なんでこう、なんでもない振りして不意討ってくるんだよ!

  「や〜っぱり」
内心の動揺は、あっさりと見破られた。

  「・・・すまん、お前さんを起こすつもりで壁際に行ったら
  隙間から髪が見えたもんでつい・・・」

白状した瞬間、頭に馴染みの衝撃が襲う。
目から火花が出そうになって、たまらず椅子から転げ落ちた。

  「痛いって!」
くゎんくぁんする頭を擦りながら再び椅子に腰掛ける。

  「乙女の部屋を覗いてそれで済んだ事を幸運に思いなさい!!」
気恥ずかしかったのだろう、
リナは少し赤い顔をしたまま『乙女の必需品』を握ってそっぽを向いた。

  「悪かった。後で隙間は塞いどくから」
  「きっちし塞いどいてね?でないと今度はスリッパじゃ済まないからね!」

何とかお許しをいただいて食事を済ませ、
食後のデザートを注文した頃合いで
  ふと、気になった事を聞いてみることにした。

  「なぁ、ここってそんなに寒いか?」
  唐突な、それでいてあえて的を外したオレの質問を受けて
リナは変な顔をしてオレをみた。

  「昼寝するって言ってた時さ、布団借りていたから何でかなと思って」
  すると今度は少し恥ずかしそうな。

  「・・・ちょっと必要だったのよ」
  ま、深い意味とか無いから気にしないで、とあっさり話を打ち切ると
  香茶を一気に飲み干して、そそくさと階上に消えていくリナ。

  「・・・なんか、気に障ったかなぁ」
  オレは頭を掻きながら、遠ざかる背中を見送った。




  部屋に帰って最初にした事は、持ち合わせの蝋と布切れを使って
さっきの隙間を塞ぐ事だった。
あくまで応急処置だが、どうせ一泊だけの宿だ。
後はここの主人がどうにかするべき問題だろう。

それほど大きな隙間でも無かったので作業はすぐに終わった。
  「おーい、リナぁ。ここ塞いでみたけどどうだ〜っ?」
  隣に向かって呼びかけると「ん、オッケ〜」と返ってきた。
やれやれ、これで機嫌直してくれるといいんだが・・・。



  「んじゃお休み、リナ」
壁越しの相棒にそう告げて明かりを消してベッドに転がる。
  この辺りには目ぼしい盗賊も居ない様だし懐具合も悪くない。
リナも今夜位は大人しいだろう、そう判断して早めに眠りに着く。
意識していなかったが、オレも結構疲れが溜まっていたらしい。
  
  



 
  
・・・ぅうっ・・・だあっ!!

  「うおっ!なんだなんだ?!」

うとうとと浅い眠りの波間を漂っていたオレは、聞こえたリナの叫びに飛び起きた。
とっさ剣を手に取り、壁を叩いて声をかける。
  「大丈夫か?」
  
  「・・・ん、なんでもない」
  
  返ってきた声はまるで緊迫感もなく、気配にも特に異常など感じなかったので
  「なら、オレは寝るぞ?」と再び布団に転がることにした。
再びあっさりと眠りの精がオレを夢の世界に誘って・・・。

  
  
・・・もう、なかなか決まらないったら・・・このっ・・・
  もうっ、お昼はこれでいい感じだったのに・・・



  ・・・今度はぼそぼそと聞こえてくるリナのボヤキ声に目が冴えてしまった。

  仕方ないな、と起き上がり、その足でリナの部屋へ。

  コンコン。

  「ちょっといいか?」

こんな時間に年頃の女の部屋に男が訪れるといったら普通は
  色っぽい想像をするもんだが、あいにくオレとリナはそんな関係じゃない。
  オレとしてはいずれそうなりたいと考えてはいるのだが、
リナの方がいまいちそういう方面に鈍いというか、初心というか。
ったく、いつになったら気が付いてくれるのやら。
  思わずため息を付いてしまう。

  「ちょ、一寸待って」
  
  少し慌てたリナの声を聞きながら、ドアノブを握る。
  「入るぞ」と宣告しながらドアを開け、既に身体は部屋の中だ。
  おいおい、鍵も掛けてないなんて無用心にもほどがあるぞ?

  「やだっ、待ってって、ガウリイっ!!」
部屋に入ったオレの目に飛び込んできたのは

  ベッドの上にリナ。

  その横には丸めた布団。

  更に布団に絡まる細くて長いロープ???

  「いったい何やってんだ?」
  オレでなくとも疑問に思うだろうこの状況は。

  「んとね、その・・・」
  リナの答えは歯切れ悪く、なかなか要領を得ない。

  丸めた布団、眠りたいリナ。
ロープは布団を括る為?
  もしかして・・・。

  「もしかして、これ、抱き枕か!」
  おお、そうかそうかとポン♪と手を打って言った途端。

  「な、何で判ったのよ〜っ!!」と
  真っ赤になって叫ばれた。

  「しっ、リナ。真夜中」
小声で囁きながら後ろ手でさり気無くドアを閉め、鍵をかける。

  「・・・なんで判ったの?」
もごもごとバツの悪そうに呟くリナと
  「いや、昼にチラッと覗いた時に布団に抱きついてるのが見えたから」
  まさか、野宿のたびにオレの腕に抱きついてるから、なんて言える筈も無く。
  差し障りの無い答え方をしたオレ。

  「また「お子様だなぁ」とか言わないでよね!」

  「そんな事は言わないけどな、何でまたこんな面倒臭い事してるんだ?」
  リナが最近何かを抱きしめていないと熟睡できないのは知っていても、
理由までは知りようがないし、それ以前にオレがどうしてそれを知っているのかを
リナに知られるわけにも行かないし。
さて、どうしたもんか。

  「最近、夢に出てくるのよ・・・モーリーンが」
  
おいおい、誰だ、そのモーリーンって奴は!!
確証はないがそれ、男の名前だよな?
  内心パニックになってるオレを見て、リナはオレが何を考えたかを察したらしい。
  「あのね、勝手に勘違いしてるようだけど。モーリーンは人じゃないわよ」
まだ赤い顔のまま「笑わない?」と聞いてきた。

  「笑わない」
  神妙に答えて「で、そのモーリーンって誰だ?」と聞いてみる。
頼むから昔の・・・・・・とか言わんでくれよ。

  「モーリーンは・・・熊よ」
  妙に恥ずかしそうにリナが言う。

  「熊?」
よし、違った!って、なにぃ!?
  リナの奴、熊に友達が居たのか?

  「言っとくけど、本物じゃなくてテディ・ベアよ。
  最近夢によく出てくるのよ、金色のふさふさした毛並みが。
  きっと、あれはモーリーンなのよ。
  モーリーンはあたしが小っちゃい時に父ちゃんがくれた熊でね、
  姉ちゃんにおしお・・・じゃなくて特訓された後とか良く慰めてもらったり
眠れない時はずっと抱いて過ごしてたのよ。
  で、久しぶりにモーリーンのことを思い出してからというもの、
寝る時に何かを抱いていないと落ち着かなくって」
  照れて、ポリポリと頬を掻きながらリナが告白してくれた。
  

  「そっか」
  リナの奴、たまーに郷里の姉ちゃんがどうとかって言っていたが
怒られた後、安心して逃げこめる大切な場所だったんだろう。
それであの顔だったのか。
  あの、心底安心しきったあどけない顔。
  夢の中できっと、リナは子供の頃に戻っていたんだろうな。

  「ガウリイ?」
  黙りこんでしまったオレを不審がってリナが声を掛けてきた。
 
「や、すまん。ところでそれはその、モーリーンの代わりに布団を抱いてたのか?」
  
 「ん、まぁ、そんな感じね。でも駄目なのよ。
  お昼は何とか眠れたんだけど今はぜんっぜん駄目。
何度やり直してもいい具合にならないのよね」

  「モーリーンってそんなに大きな熊だったのか?」
  掛け布団一枚を使ってたらかなり大きな抱き枕ができるはず。
サイズ違いで寝られないとか。

  「う〜ん、今のあたしの体格からすれば、この位で丁度いい筈なんだけど
どうにも落ち着かないのよ。野宿の時の方がよっぽど良く寝られる位だし」
不思議よね、野宿の時は何もなくても熟睡できるってのに。
コトンと首を傾げるリナと、ギクリとするオレ。
  うっ、野宿の時はオレに抱きついてるからだ、だなんて言えないしなぁ。

「久しぶりの屋根つきの寝床だからぐっすり心行くまで眠りたいのに
どうにも、こう・・・落ち着かないのよ」
 
ふぅ、と深々とため息をつくリナをみているうち
  「なら、代わりにオレの腕ってのはどうだ?」
つい、口を滑らせてしまった。
これは、ちょっと・・・まずったか!?

案の定、ぎぎぎぎぎっ、とぎこちない動きでこちらを向いたりナは、
  「何考えてんのよ!このくらげ〜っ!!」
真っ赤な顔で叫びながら、ボスッと布団を投げてきた。
  「おわっ、すまん、つい・・・」
終いには「いいから出てけ〜っ!!」と部屋から追い出されてしまった。