次の朝。
やけに朝日が目に沁みるのは気のせいじゃあないだろう。
あの後、リナと気まずくなりはしないかと悶々としながら夜を明かして
明け方、ようやく仮眠しただけだもんなぁ。

食堂の隅のテーブルに陣取ったはいいが先に食事をする気にもなれずに
ぼーっとしていると、背後から聞き慣れたブーツの音が近づいてきた。

  「おはよう、リナ」
  
  「・・・ぉはよぅ・・・」

一目で寝不足とわかる顔のまま、横をすり抜け向かいの椅子に。
  「あの後寝れなかったのか?」

  「・・・まあね」
  返事の声にまるで張りがない。

  いつもなら軽く10人前はいくだろうモーニングセットも
結局5人前しか食べてなかったし。
 
「大丈夫か?」

調子が悪いなら無理をすることはないだろうと言ってはみたが
  「平気だってば。それより今日は隣町まで一気に歩くからね!」と
あっさりリナに却下された。まぁ、何もない村だしなぁ。

そして、とりあえず次の町を目指して出発したのだが・・・。




  てくてくてく。
  地図を片手に黙々と前を歩くリナ。
村を出てしばらくして、近道しようと街道をはずれて随分経つ。

  「お〜い。まだ町に着かないのか?」
  
  てくてくてくてく。
 相変わらず返事はなし。

  「おい、リナぁ。この道で合ってるのか!?」

  てくてくてく・・・。
  オレの問いかけにピクッ、と肩を揺らし、何も答えずすぐにまた歩き出す。

 
 「・・・間違ったなら素直に間違ったって言えばいいのに」

  ボソリと呟いたのが聞こえたのか。

  ぴたっ。 
  あれ程急いでいた足がピタリと止まり。 

  くるぅり。
  少し俯いたままこちらを振り返る。
 
  じーっっっ。
  上目遣いにこちらを見つめて。

  「・・・ガウリイ、ごめんっ!」
リナは、勢い良くパンッ、と両手を合わせて頭を下げた。

  ・・・やっぱり。
  
  「・・・迷ったなら気が付いた時点で言えばいいのに。
こういうことで別にオレは怒ったりしないだろ?」
  しょうがないなぁ、ととりあえず周りを見回して
「ここらで今日は野宿だな」と判断した。


 

  「そっち、焼けたぞ」
  「ん」
  今夜の寝床を確保してから二人で辺りを散策し、茸と山鳥数羽を確保して。
  そこに手持ちの携帯食料を足せば、結構贅沢な食事になる。
  
「ガウリイ、塩取って」

  ホイ、と岩塩を手渡すとさっそくナイフで削って鳥肉に振りかけかぶりつく。
骨にこびりついた肉も残さぬよう、こそげるように齧りながら
  しばらく無言で食事に集中する。

ずっと様子のおかしかったリナが動いたのは
デザート代わりの干しブドウを摘んでいた時だ。

  「・・・ねぇ。あたし、寝てる時に変じゃない?」

唐突に聞いてきた。

  「変とは?」

  「んとね、野宿の時っていっつも先に休むでしょ?
  その、あたしが寝てる時、寝言言ったりしてるのかなって気になって」
  
  「いや?別に寝言は言ってないと思うが」
  いつもオレに抱きついてくるけどな、とは決して言わない。

  「ならいいけど」

  お、意外とあっさりと引き下がったな。

  「んじゃ、あたし先に寝かせてもらうわね♪」
  そう言うと、火の番をするオレの隣に乾いた落ち葉を寄せ集めて
即席マットを作り上げて腰を下ろすと、
  マントを掛け布団代わりにして目を閉じた。
  
  「お休み、ガウリイ。なんかあったら起こしてね」
  「ああ、判ってるって。お休み、リナ」

昨日の寝不足が祟っていたのか、リナはあっという間に眠りに落ちた。
  出会った頃は、どんなに言ってもこんな風に手放しで眠ったりしなかったのに、
今じゃあ多少のちょっかいをかけても起きやしない。
寄せられる信頼は嬉しいものだが、あくまでそれは仲間に対してのもので
相手がゼルやアメリアでも、たぶんリナは変わらない。
だが、オレは。
オレは、リナ以外の奴の前ではここまで無防備にはなれない。
心の奥底に、ピンと一本張り詰めた最後の線。
そこを越えられるのは、リナただ独りだけだ。
ストレートな言い方をすれば、ただ単にがら空きの背中を
預けることのできる気の置けない相棒ってだけじゃない、
存在そのものを独占したい唯一の女ってことなんだけどな。

  もしリナが今のオレの胸の内を覗いたなら、
  絶対にこんな風には寝てくれないだろうな、きっと。

年齢のわりには物知りなくせに、その手の事柄にはかなり弱い。

特に自分が関係するとなると途端に動揺しまくっちまうとことかは
見ている分には可愛いんだが、いざ攻めるとなると場慣れしてない分
思いもよらない反応を返されたり照れまくった挙句吹っ飛ばされたりと、
初心なだけに返って手ごわい。
さらに出会ってから仲間として過ごした短くない時間が邪魔をして
中々そっち方面に打って出にくい状況にもなっている。

ややあって。
  ゴソゴソと、いつものようにリナの手が何かを探し始める。

  いつもならすぐにその手を握ってやるのだが、
  しばらく動かずに様子を伺うことにした。

ぱたぱたと地面を探っていた手が止まると、キュッとリナの眉間に皺が寄り。
  探し物を掴めない苛立ちからなのか、ウウ〜ッと不機嫌そうな声が漏れる。

  
「・・・・・」

小さくリナが呟いた言葉。
  ・・・聞き間違いだろうか。

  
「・・・ぅ、りぃ・・・」

  オレの耳が拾った音は、「モーリーン」ではなく「ガウリイ」。

もしそうなら、リナが探しているのはオレなのか!?

試しにそっとリナの手を握って「リナ、オレはここに居る」と小声で囁くと。
リナの呻きは止まって、ふわん、と幸せそうに微笑んだ!

もしかしてリナもオレのことまんざらじゃないってことか?

柔らかな手を取ったまま悶々と妄想に耽るオレと
すやすやと心地良さそうに眠るリナ。

幾らガキみたいにがっつく気はなくても、心底惚れた相手が
隣で寝ていて平気で居られるほど枯れてもいない。

  幸せそうに眠るリナとは対照的に、オレはどんどん落ち着かなくなっていく。

パチンと炎が爆ぜた。

その音に反応したのか、スリッ、とリナがオレのほうに転がってきた。

細い身体がぴとっ!とオレの身体に密着して
細い腕が極自然な動きでオレの腰に回される。

  「・・・ん・・・ぅりぃ・・・」
鼻にかかった、甘ったるい声がオレの名前を呼んだ。
まるで恋人を呼ぶようにも聞こえる声。

触れている部分をどうしても意識せずにはいられない。

眠っているために余分な力の抜けた柔らかな腕の感触と
ゆるく開いた柔らかそうな唇。
どこからどう見たって据え膳だろ、これは!!

いや、だめだだめだ!
いきなり手を出そうものならリナに吹っ飛ばされて総てが終わる。
第一、オレはまだリナに何も伝えていない。
こんなとこで今まで積み重ねてきた信頼関係を潰す気か!?
  理性はそう告げるのに、本能は『抱いてしまいたい』と暴走しそうになる。

一人煩悶するオレの心を知ってか知らずか、駄目押しみたいに
  トスッ、と。リナの足がオレの足に絡んできた!!

「〜〜〜にゅ」
寝心地が悪かったのか、ずるりと身体ごと伸び上がるとリナの右手が
オレの腕を抱え込み、左手はそのままオレの脇腹に。

半ばオレに乗りあがるような体勢になったリナの左足が
オレの脚の上をまたいで乗っかっている。
これは抱きつかれて・・・る、よな?

  ゆっくり、ゆっくりとリナを起こさないように足を抜き、身体をずらして
改めてリナの横に転がった。

  「う・・・ん・・・」

位置がずれたのを不快に思ったのか、追う様にゴソゴソとリナも
  身体の位置を微調整して。

  結果。

「・・・なんて拷問だよ」
いや、天国と地獄両方いっぺんに味わってる気分だな、こりゃ。

なんてったって密着度合いは過去最高をマーク。
今度こそべったりとオレに抱きついて、オレの腕を枕に眠っている。
薄い胸が上下するたび、首筋にリナの吐息がかかるし
リナの足がオレの足に絡まってる。
夜気に体温を奪われたのか、触れた手足が少し冷たかった。

至近距離で見るリナは、本当に綺麗でかわいい。

少し肌寒いのか長いまつげが時折フルッと震えて、
薄く開いた唇がまるでキスを待っているように見えて。

「このくらいは、いいよな?」
もし今、リナが目覚めたらどんな顔するんだろうな。

リナに向き合って、オレはそっと細い身体を抱きしめた。
すると、リナはすっげぇ幸せそうに微笑んだんだ。

  
もっと、近づきたい。・・・抱いてしまいたい。

安心しきった顔で眠るリナを目の当たりにしておきながら
雄の本能全開なのが我ながら浅ましいとは思うけど。
長い間隣にいながらあれこれゴタゴタが続いたせいもあって
気持ちを伝えることも、ましてや手を出すこともできなかった。
今までは状況が許さなかったってのもあるが、この先いつまで経っても
リナに一人の男として見てもらえないかもしれない、
そんな状態にいい加減うんざりしていて。

  ・・・欲しい。

  リナが欲しい。

オレは、リナの全部が欲しい。



このまま強引に抱いてしまうのはきっと簡単だろう。
  呪文さえ封じてしまえば力の差は歴然としている。

・・・駄目だ。身勝手な想いをぶつけて強引にリナを抱いたところで
なんにもなりはしない。
惚れた女を傷つけるようなことはしたくないし、意味もない。
せっかくリナの方もオレのことを意識し始めてるらしいのに。

  なら、リナの方からオレに触れたくなるような状況を作れば?

彼女の自覚がもう少し深まってくれれば、こっちからだって手の出しようも
でてくるだろうし、そうなれば何の不安もなくなる。

  幸い状況はオレの味方だしな。

  無意識に、ペロリと乾いた唇を舐めた。

  獲物を手に入れたければ、逃げられないような罠を張れ。

  昔、誰かに教わった言葉が脳裏に浮かぶ。

何が何でも欲しいのなら、獲物に気付かれないような罠を・・・






  その日はいつもと同じように交代時間ギリギリまで添い寝して
何事も無かったようにリナを起こした。
朝までの僅かな仮眠時間の殆どを寝たフリをしながら
ずっとリナの様子を伺っていた。

迎えた朝。

簡単な朝食を済ませ、欠伸をかみ殺しながら
  「これからどこに向かうんだ?」と聞いてみた。

  「そうね、昨日はレシェルの村に行きそびれちゃったから
  今日行ってみたいんだけど、ダメ?」
リナは昨日よりはすっきりした顔をしていたが、昨日道に迷った原因が
自分にあるからなのか、低姿勢気味に問い返してきた。

  「そこに何があるんだ?」
  オレはそこに何があるのかを知らないし、行き先について普段は聞く事も無い。
けど、無理な近道までしてリナがその村に行きたがるんだ。
何かがあるに決まってる。

  「あら、目的を聞いてくるなんてガウリイにしては珍しいわね。
  あそこに眠りを誘うハーブがあるっていうから一度試してみたいなって」

  「・・・なら、今日はレシェルに泊まりだな?」

  「うん、そうなると思うけど。ガウリイ、何か気になる事でもあるの」

  オレが行き先を気にするのが、そんなに不思議か?リナ。
それよりもどうして昨夜は良く眠れたのか、そっちの方が不思議じゃないのか?

  「いや、何となく聞いてみただけだ」
  じゃ、今日こそ迷わないでくれよ、と軽口を叩くと、
  判ってる!と、不機嫌そうな声が返ってきた。