くらげのようちえん 2







「はぁ……。 やる気があるだけじゃダメなのか。
 仕事を見つけるって、結構大変なことだったんだな。 あ〜あ、リナ……」


大きなパンもついに食べ尽くし、ガウリイが重い荷物を引きずりながらとぼとぼと道を歩いていると。


「おおい、そこの人!」


ふいに後ろから声を掛けられた。


「オレのことか?」
「そう、あんただ」


髭をたくわえた赤毛の男が駆け寄ってきて頷く。


「ちょいと訊ねるが、あんた、子供は好きか?」
「へ? そりゃ〜、いずれは欲しいと思うけど、まだ式も挙げないうちからそれはマズイだろ。
 それに、そーゆーことはやっぱ、リナともよく相談して決めんと……」
「だああああっ! あんたの家族計画の話じゃねーよ!!
 単純に!子供は好きか嫌いか!どっちだって訊いてんだっ!!」
「なんだ。 それなら、うん、好きだぜ」
「そうか、そりゃ良かった。
 スマンが、ちょっとだけ留守番を頼まれちゃくれねぇか?」


男はランツと名乗り、自分は幼稚園バスの運転手なのだと言った。


「この通り園長先生がギックリ腰になっちまってな。すぐに病院へ運ばなけりゃならねぇんだ。
 ところがうちはこの間先生が一人辞めたばかりで、もう一人の先生も今日に限ってお休みだし、
 残って子供らを見ててくれるヤツが誰もいねーんだよ」


ランツの背中の上では、小さなおばあさんが苦しそうにうんうん呻っている。


「そりゃあ大変だ。 分かった。オレで良ければいいぞ」


人の善いガウリイは二つ返事。


「おおっ! ありがとよ。助かった!」
「親切なお若い方、お名前は?」


おぶわれたまま園長先生が弱々しく訊ねる。


「ガウリイです。 どうか後のことは心配しないで、早く診てもらってきてください」


二人はガウリイに何度も礼を言うと、


「それじゃあ、園長先生、参りやすぜっ!」


慌ただしく、風のように走り去っていった。


背中の園長先生を気遣ってか、ほとんど揺れていないランツの後ろ姿を感心しつつ見送って、
ガウリイは二人がたった今出てきた門の中へと入っていった。








    * * * * *








そこは頑丈な石の塀と鉄の門に囲まれた、ちょっといかめしい昔風の幼稚園だった。


「こんにちはー! ごめんくださーい!」


ガウリイは大声で呼ばわった。
けれど入り口の扉は固く閉じられたまま、返事がない。


「おかしいな、人の気配はあるんだが……。
 お〜い、なんで誰も出てこないんだ〜?」



   ガラッ!!



「誰だっ!?」


不意に廊下の窓が開いて、額にバンダナを巻いた見るからに生意気そうな男の子が顔を出した。


「あ、オレはガウリイってゆー者だが、園長先生とランツにここの留守番を頼まれてな」


すると。


「帰れっ!!」



   ひゅんっ!!



いきなり怒鳴り声と共に三角の積み木が飛んできた。
ガウリイはそれを片手で受け止め、


「おいおい、乱暴なことするなよ」


苦笑しながら歩み寄ろうとしたが、今度はパチンコで狙われて仕方なくホールド・アップする。
しかしそれでもまだ男の子は戦闘モードを崩さない。


「おーかた、園長先生たちがいないスキを狙って、ここのチビどもに悪さしよーって魂胆なんだろう! そーはさせるかよっ!」
「いや、オレは本当に頼まれて……」


あらぬ疑いをかけられ、困ったガウリイがどうやって宥めようかと頭をひねっていると、


「留守番役が来るなんて、俺たちは聞いていない。
 お前の言葉だけで信用しろというのは無理な話だな」


今度はいかにも賢そうな男の子が顔を出し、冷静に答えた。


「……お前たち、大人より危機管理意識がしっかりしてるんだな。
 けど、なんだってオレをそこまで警戒するんだ?」

「前例がありますから」
「万一の用心のためです!」


続いて銀髪の女の子と黒髪の女の子が顔を覗かせる。


「先月、保護者のふりをして園内に入り込み、マゼンダちゃんのスカートの中を盗撮しようとした輩がいたんです」
「もちろん、そんな悪人は私たち“正義の年長組”が成敗して、警察に突き出してやりましたけどね!」


二人の話を聞いて、ガウリイは思わず眉をひそめた。


「そうだったのか。 そんなことがあった後じゃ、いきなり訪ねてきた初対面の大人が警戒されるのも無理ないよなぁ」
「そーゆーことだ! わかったらさっさと帰れっ!」
「いや、それじゃあ尚更お前たちだけ残しておくのは心配だ。
 オレになにか出来ることはないか?」
「ねーよ! 余計なお世話だ!」
「お気持ちだけで十分です」
「先生たちがいない間、幼稚園の正義と平和は私たちが守ります!」


その意気や良し!と言ってやりたいところだったが、やはり心配なものは心配で。


「けどなぁ……」


と、ガウリイが口を開きかけた、その時だった。



   ぐうぅっ……☆



子どもたちのお腹の虫が、一斉に鳴いた。


「「「「……………(////)」」」」

「もうすぐ3時か。
 なぁ、お前ら、腹が減ってるんだろ? おやつ欲しくないか?」
「い、いらねーっ!」
「私たちの正義はおやつくらいでは屈しません!」
「じきに園長先生もお戻りになるでしょうし」

「……いや、それはどうかな?」

「ゼル!?」
「「ゼルガディスさん!?」」


賢そうな男の子がぽつりと漏らした言葉に、バンダナの男の子と女の子二人は驚いて振り返る。


「現時点では、園長先生の帰りがいつになるかなんて誰にも分からん。
 もし3時を過ぎても戻らないとなると、俺たちはともかく、年少組のチビどもが騒ぎ出すぞ。
 今はただでさえ皆不安がっている状況だ。 仮にそうなった時、オレたちだけであいつらを抑え切れるか?」
「う……(汗)」
「悪人退治はかまいませんが、小さい子たちに腕力は……」
「全員で泣かれるのは、ちょっと……」

「お前ら、なんの話してるんだ?」


子どもたちはガウリイの方をちらっと見て、それからまた頭を寄せ合い ひそひそひそ。


「?? おーい……?」
「よし、決まった!!」


バンダナの子が向き直って大きな声で言った。


「ガウリイっつったな。 おめーがそこまで言うんなら、おれ達に協力させてやってもいいぜ!」
「ほんとかっ!?」
「……ルークさん、なんか偉そうです」
「るせーよ、アメリア!
 いいか、ガウリイ。 あと30分で3時だ。
 3時までに、園児30人分のおやつを用意しろ!」
「それができたら、お前のことを信用してやってもいい」
「建物の中にも入れてあげます」
「超爆戦隊スレンジャーごっこの時、正義の役をやらせてあげてもいいですよ。……レッド以外なら」


他の3人も次々に畳み掛ける。

ガウリイは窓辺に並んだ4つの小さな顔を見渡し、それからにっこりと笑って頷いた。


「わかった。なんとかしよう!」