マグノリアと共に 10







しばらく安静にしていたら、少しずつ身体に血が巡り出して
何とか起きられそうだ。

 ゆっくりと身体を起こして、少しばかりよろめきながらも
ベッドサイドに腰掛ける。

 そのままベッドヘッドに手をやって支えにして何とか
立ち上がって、部屋の外へと歩き出そうとした時だった。

 バタバタと大きな音を立てながらこちらに向かってくる足音一つ。

バンッ!!

 「リナっ!!」

 勢いよく扉を開けたのは予想通り、ガウリイ。






 「やっと気がついたか!!」

大声で叫ばれた言葉と共に、バフッと視界が遮られ、身体を
温かい何かにぎゅむっと包み込まれて。






 気がついたら、あたしはガウリイの腕の中にいた。

 「リナ・・・リナ・・・お前さん、こんなになるまで無茶するなよな・・・」

 何が何だか判らなくて、動けないままのあたしの背中を
ガウリイの大きい手が抱き締め、優しく擦ってくれていて。

 「・・・ガウリイ」

 「なんだ?」
 打てば響くような返事。

 「・・・どうして、追っかけてきたの?」

 こんな薄情もんの事なんて、得意の忘却術で忘れちゃえば良かったのに。

 「オレは・・・」
あたしの質問に口篭り、困ったように笑うガウリイは
 先ほどまでの激しさは何処に行ったのかと思うほどのハッキリしない態度で。

 実は『いなくなったから探した』って程度なのかもね。

 ・・・もしそうなら、ここできっちり引導を渡しておかなくちゃ。
 それであたしの事は、すっぱり諦めて頂戴。

 「あたしと一緒に居ると、これからすごく大変な事になるの。
  ・・・だから、あたしは一人になったのよ」

 「大変な事って、何だ?」
怪訝そうに首をひねるガウリイ。

 あんたには何が何だか見当もつかないわよね。

 「あのね。多分あたしはこれから拘束される事になるの」

 「・・・なんでだ?」

ガウリイにしては、珍しくも真面目に話を聞く気があるらしく
あたしを抱えたままベッドの上に腰掛けて、ジッとあたしの顔を見つめてくる。
その目にはもう怒りの感情は感じられず。

・・・それだけは、純粋に嬉しかった。

 「あのね。今まであたし達が関わってきた魔族がらみの事件に関して、
大陸中から説明を求められてるからよ。
 一体何がどうしたのかって。

 あたしが所属している魔道士協会はもちろん、
各王室、諸国連合、エトセトラ。

 多少なりとも被害にあった国や町から『真実を知りたい』って
言う声が挙がっててね。
 実際、ここの魔道士協会にはあたしを某所に召還する為の
書類が届いてたわ。
 でも、あんたに頭脳労働は無理だし元々は巻き込まれたようなもんでしょ?
 今まで長い事あたしに付き合ってくれた事、感謝してる。
 でも、これ以上の面倒事には関わらせたくないから、だから・・・」

 「だから、黙っていなくなったのかよ」

かなりムッとした顔になりながらも、
 ガウリイは寝る事もなく、真剣に話を聞いてくれている。

 「あたし。ね、この間の依頼の時にクラウスさんに教えてもらってたの。
 『リナ殿、これからチト面倒な事になるやも知れない』って。
 『しっかりと護りを固めて置きなさい。
私も出来るだけ力になるが、敵は魔族ではなく君と同じ『人』だから。
 動けるうちに協力者を募りなさい。なるべく弁の立つ者や力を持つ者を』
 そう言われて何となく察しが付いたの。今までの釈明を求められるって。
 そんな状況下で、あんたからの申し込みを受けるわけには
・・・行かなかったのよ」

 下手をすれば大罪人と呼ばれるかもしれない女となんて。

 「どうして一言、言ってくれなかったんだよ!!」

 もどかしげな声と共に、更に力を込めて抱き締められる。

 こんなあたしをそんな風に心配してくれるだけでも、もう。

もう、充分だから。

 「・・・言った所でどうにもなる話じゃないわ。
 あんたは確かに剣の腕は超一流だけど、頭脳労働はまったくダメ。
それにあたしと居ればあんたまで法廷に引きずり出されるかもしれない。
そしたら、被害の責任を擦り付ける相手を欲しがってる
百戦錬磨のジジイ共の餌食にされるに決まってる」

 あたしは幾度となく世界の危機を救ってきた。それは間違いのない事実。

 でも、それはあくまで結果論であって、違う見方をすれば世界に
危機をもたらしたのはあたしだって事にも成りかねない。

 魔道士協会の中一つ取ったって、全ての人があたしに好意的な訳ではなく、
 あたしを疎んじる者だって多く居るはずだから。

 「だから、あんたの元から去ったの。それがあんたの為になるって信じて」

 うそだ。

 あたしは自分が楽になりたかっただけだ。

 「なのにこんなして追っかけて来られちゃ、
せっかくのあたしの苦労も水の泡だわ」

 せっかく、面倒事から逃がしてあげたのにって、勝手に思いこもうとして。

 「そんな事されても、オレは全然嬉しくない」

 頭の上でキッパリと言い切る、やや拗ねたようなガウリイの声。

バカよ、あんたは!!

 「なによ。 あんたは難しい事考えるとすぐ寝ちゃうじゃない。
 これからあたしは長い間面倒な立場に立たされるのよ?
なのにわざわざそれに付き合いたいっての!!」

 こんな事に好き好んで付き合う必要なんてまったく無いってのに。

 「ああ、当然だ」
 きっぱりと、即答したガウリイ。

あんた、絶対何も考えずに返事してるでしょ!!

 「なんで? そんなのあんたが一番苦手とする事じゃない!!
 それに、あたしといたら今迄みたいに旅なんてできなくなる。
 ・・・自由じゃ、いられなくなるのよ。
 そんな事にガウリイ、あんた耐えられるの!?」

 はっきりと聞いた事はなかったが、ガウリイは自分の過去の話をした事がない。

 彼にだって触れられたくない事、知られたくない事があるはずだ。

 なのに、
 「ああ、どんな事だって耐えられるさ。リナと一緒に居るためなら」って。

 こんな時にまで、どうしてあんたは笑えるのよっ!!

 「なんでよっ!?」
半分悲鳴のような声で問い詰めたあたしに返ってきたのは
 「ばかやろ。 ・・・そんな事も判らないのかよ」
静かな、そして限りない優しさの響きが込められた、たった一言の叱責。

 「・・・・・」

 判んないよ。

 さっきまで無茶苦茶怒ってた癖に、どうして今はこんなに優しくしてくれるのか。

 何で急にプロポーズしようなんて考えたのか、とか。

 そもそもあたしとあんたって、そういう意味で付き合ってもいなかったのにとか。

 グルグルと思考の堂々巡りを繰り返しているあたしに
 ガウリイは、そっとあたしの頬に手を添えて。

 「それは、オレがお前さんに無茶苦茶惚れてるからだよ」って。

 今までに一度も見た事無いような真剣な顔で、告白された。

 「ほ、惚れてるって・・・」
そんな事、今初めて聞いたわよ、あたしわ。

予想外の言葉に呆然としてしまってるあたしに
 「で、このままいつまでも只のパートナーじゃ我慢できなくなったから、
 思い切ってあの日にプロポーズするつもりだったんだ」って。
あっさりと言ってくれちゃってるけど。
ちょっと、ねぇ!!

 「あ、あんたねぇ、それ以前にあたし達はそういう意味で
お付き合いもしてないのよ?
 どうして一気に結婚話にまで飛躍するのよ!!」

 普通は恋人同士になって、それから結婚を考えるものじゃないの?

 「憶えてないのか? 昼間買い物に行く時に
幸せそうに歩いてた夫婦者を見て「ああいうのも、いいかもね」って
 言ったのはリナの方だぞ!!」
あたしの返事に、ガウリイはあからさまに不満を表すけど。

 「全然、まったく、憶えてないわ」
そんな昔の事聞かれたって、憶えてるわけないじゃないの。

 そうしたらガウリイの奴、今度は自分の額に手を当てて
「だから、リナはお子様だっていうんだよ」って
思いっきり溜息をついてくれちゃって。

 「ちょっと。あたしのどこがお子様よ!」
その態度に余計にムカついて、口調を荒げて言い返したけど。

 「その超鈍感な所だよ」って、一言で切って捨てられた。

 「ついでに言うと、これもその時リナが言ったんだぞ?
 『この先いつまで二人で旅してるかしらね?』って!!
 その流れで行ったら、男としてここは押しまくるしかないって思うだろ!?」

 「ごめん、全然思わない」
あっさり切り返したあたしの一言で。

 ズベベベベベ。
 あ、ガウリイが壊れてる。

 「お、おまえなぁ・・・」

 「だって、それはあんたの捉え方で、あたしのじゃないもん。
 それを言うなら、あんただって悪いんじゃない。
 人がせっかく珍しくも大枚つぎ込んで服誂えたのに、全然褒めてくれない所か
 『そういうのは、もっと出るとこ出てから着るもんだ』って言ったじゃない!!」

 あれは本当に悔しかったのだ。
祭りの夜に開かれるパーティーの時に、
お年頃の女の子らしい姿を見せてやろうと思ったのに!!

 「・・・あれはだなぁ。
 あれは俺だけに見せて欲しかったから、つい憎まれ口言っちまったんだよっ!」

 何よ、そんな赤い顔して逆切れしないでよ!!

 「そんな判り難い嫉妬の仕方しないでよ!!」

 「んなこと言ったって、オレは口が上手くないんだからしょうがないだろ!!」

 「何よ、人には素直になれって言うくせにっ!!」

 「オレが素直になったら困るくせにっ!!」

 「誰が困るですって〜っ!!」

 「リナがだよっ!!」

 「何で!!」

 「何でもっ!!」

さっきまでのシリアス場面は何処へやら、二人して顔をつき合わせて
噛み付かんばかりにギャンギャン言い争っていると。


 
 
とたとたとたとたとたとた。

 ばたん。

 「にーちゃん、ねーちゃんっ!! もうちょっと、お・だ・や・か・にねっ。
 二人ともいい年した大人なんだから、れーせーに、きっちり話つけなよねっ!!」

 開いた扉から顔だけ出して、言いたい事を言うだけ言って
イリーズ、退場。


 ばったん。


 「ごめん」

 「すまん」

 勢い良く閉じた扉に向かって、二人同時に謝ってた。

 「なら、今ちゃんと言うからよく聞けよ。 
オレはずっと前からリナに惚れてて、他の男になんかに指一本でも
触れさせたくなかったんだ。 
んで、今まで言わなかったのは一度口にしたら歯止めが利かなく
 なりそうだったからで。
お前さんに気持ちをちゃんと伝えたからもう隠す必要もないし、
今度からは堂々と言ってやるよ。
 『ンな可愛い格好、他の男になんか見せたくない』って」

 ガウリイ・・・。
あんた、本気なの?

 「もっと正直に言えば、オレはそういう意味でリナを抱きたい。
 キスして、抱き締めて、二人っきりの部屋で服を脱がして、
 リナの全部を見たいんだ」

 が、ガウリイ・・・?

 「そんで、一日中裸で抱き合ったままイチャイチャして、
オレなしじゃ満足できないように色々手取り足取り教え込んで」

 あ、あの・・・もしも〜し。

 「それから、どこかで所帯を持って、子どもはできるだけたくさん作って
それでもオレ達はラブラブで。
 お互いヨボヨボの爺さんばあさんになるまで一緒にいるんだ。
 そんで、一緒の墓に入って死んでからもずっと一緒にいたい。
 ・・・これが、オレの本音だぞ」

 ギュッとあたしの両手を取って、真剣に将来設計までしてるし。

 途中、かなりきわどい事も言っていたような気しなくもないし・・・。

 「で、リナ。 お前さんの返事は?」って
 この流れでいきなりそんな重要な返答を求めないでよっ!!

でも。
ガウリイの一人勝手な将来設計を聞いてしまったあたしの心は
何故か、胸が苦しくて、声が出せなくなりそうで。
そして、胸から喉に向かってせり上がってくる、熱い塊を感じ。

 「・・・あたしといたら、これからも。面倒な事、多いわ・・・よ?」

震えそうになる声を抑える為に、一言一言を
大切に伝えなくては。

 「ああ」

 そんなにきっぱり言い切っても平気なの?

 「・・・下手したら、あたしは。お尋ね者になるかもしれない」

 「そしたら、オレも同罪だ」

そんなあけっぴろげに微笑まないでよ。
 たとえそうなっても、あんたはあたしと一緒にいてくれるっての?

 「う、上手く事が運んでも、今迄みたいに気ままな旅を続けられないかも
しれないし、一生監視がつくかもしれないわ。」

 それでもいいの? 安受けあいして、後で後悔しない?

 「そんな事、どうでもいいんだ。 オレはリナとずっと一緒がいい。
  リナと共にいる事が、オレの望みで幸せなんだから」

  ぎゅぅぅぅっ、って、改めて温かな抱擁を受ける。

 そのままジッとしていると、ぽふん、と頭に馴染みの感触が乗っかった。

 「本当はな、オレも知ってたんだ。これから起こる事。
 最初の晩、クラウスさんに聞かされた。
 だから、お前を逃がさないようにって、突然すぎるって判ってたけど
プロポーズしようって思った。
そしたら、この先どんな事があってもリナの側にいられると思ったから」


 ワシャワシャと髪をかき混ぜながら、ガウリイが囁いてくる。

「オレの方こそ素直に言うべきだったんだ・・・。
 どんな事があっても離れたくないから、傍に置いてくれって。
 オレが役立たずでも見捨てないでくれってさ。 
確かに頭を使うのは苦手だけどな。でも、できる事はなんでもやるさ。
それに、なんの遠慮もいらないでリナを泣かせてやれる場所はさ。
ほら、オレの胸以外に無いだろう?」

 「ガウリイ・・・」



 いいの?

 本当にこんなあたしでいいの?

 あたしは、あんたの隣にいてもいいの?

 「リナがオレを護ろうとしてくれたように、オレもリナを護りたいんだ・・・」

 額に柔かいキスを受けながら、あたしは「じゃあ、遠慮なくこき使うわよ」って
全然可愛くない返事をしたんだけど。

 ガウリイは今まで聞いたどれよりも嬉しそうに
「ああ、愛してるよ」って。

あ、あんた、臆面もなくそんなセリフ言わないでよねっ!!

 「じゃ、これで話は纏まりましたね♪」

 唐突に横から聞こえた声は・・・「アメリアっ!?」

 「リナさんっ、お久しぶりですっ!!」

 いつの間にいたのか、開いた扉からひょっこりと顔を覗かせていたのは
かつての仲間で聖王都セイルーンの第二皇女、
アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。

 「一体なんでこんな所にいるのよっ!!」
 さっき感じたもう一人の気配って、アメリアあんただったの!?

 「ねーちゃん、良かったね♪」
 その横からイリーズまでちゃっかりと顔を出してたりして。

 「あ、あんた達どうして?」

 いきなり登場した面々に驚く暇すら与えられずに。

 「さ、もうこんな所は引き払って、とりあえず
イリーズさんのお家に行きましょう♪」

 きっぱり言われたその言葉を合図に
「おうっ」「はいっ」とあたし以外の二人も動き出し。

 現状に付いて行けずあたしが呆然としている間に、
3人の手によりテキパキと荷物を纏められ、運び出されていく。

 「そろそろいいですかな?」

 外から別の声が掛けられて、まだ誰かいるのかと
窓からそちらを見て見れば。

 そこには一台の荷馬車とコッフェルさんの姿が。

 「ささ、こういう事は早い方がよろしいですからのぅ」

「リナ、もう忘れ物はないな?」
荷物の積み込みを手伝いながらガウリイが聞いてくる。

 「書類は全部、没原稿らしき物まで一枚残らず積み込みましたし、
戸棚の中身もクローゼットの中も確認しましたから、まず大丈夫だと・・・」
アメリアが指差し確認しながらガウリイに答え。

 「あっ、これこれ。これはリナねーちゃんが持っててよ」
にゅっとイリーズに差し出されたのは、小さな缶。

 「これってガウリイさんからのプレゼントなんでしょ? 
大事にしなきゃダメだよ」ってイリーズはパチンと
 ウインクしながら、あたしの手にそっと握らせてくれて。

 横でアメリアまでが「リナさんもいつの間にか、香水の似合う大人の
女性になってたんですね♪ さ、せっかくの贈り物なんだから
ガウリイさんの前でつけたげなきゃダメですよ?」
なんて、からかいにかかってくるし。

 そう言って微笑んでから「後の事は何も心配しなくても大丈夫ですよ。
 我がセイルーンは、国を挙げてリナさんを支持していますから。
 だから安心してうちの王宮に来て下さいね」って。

 だから何も心配しなくても良いんです、と言ってにっこりと笑った。


 そうしてみんなで馬車に乗って山を降り。

 一ヶ月以上に渡る、あたしの隠遁生活は突然幕を下ろしたのだった。